確率
10
ポトン、と球が落ちてくる。
白。また回す。白。また回す。白。白。白。白。白。
白が続く。また回す。結果はどうでもいい。
アルルカは丁寧にゆっくりと回していく。
黒。ちょっとだけどよめき。映像投影機とは離れているアルルカにはそのどよめきすら分からない。ただ回す。白、白、白白白白白白白白黒白白白白白白白白白白白白白黒銅。
またどよめき。
どんどん白球の数が減っていけばあるいは、と考えている人もいるかもしれない。
でも球体から吐き出された球はすぐに回収されて、球体へと戻る。
つまり球の総数が五万個だとして金がそのなかにひとつだとしたら、常に五万分の一の確率でしか当たらないことになる。
けれどそんなに総数が少ないはずもない。
いったい総数はどのくらいになるのか、百万個は行き過ぎかもしれない。せめて五十万個。それでも多いかもしれない。
金球も極大当たりの景品が三つあるんだから三つはあるはずだ。
そうなると五十万分の三。0.000006%。
なんて邪推する。実際の数値は分からないし、実際にその確率だったとして現実に当たるかも分からない。
僕が見守るなか、アルルカは回していく。
白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白。
不運なのかそういうものなのか白が埋め尽くしていく。
気にしなくてもいいといったけれど、こうも白続きではアルルカも申し訳ないのか少し涙目。アルルカはそういう女の子だ。
黒。黒黒、と三連続続き、銅。
銀以上は出ない。
「確か、銀が出たのってまだ数人だよなあ、十人も言ってないよなあ」
「これ、本当に金が出るのか? 今更ながら疑わしくなってきたぞ」
再び、銅。そして黒。続いて銅。
「あのお嬢ちゃん、運気が上がってきてないか?」
七連続で白を引いてないアルルカに観客のテンションが盛り上がってきた。
「行けえ、金を引いてしまえ!」
「金、金、金!」
観客のテンションが絶頂のなか、アルルカが回す。球体が回る。
ポトン、とまるで口の中の飴を飛ばすように出た球の色は、白。
「ですよね~」
観客たちもわずかに冷める。
「でも、まだすげー回数あるんだ。これで当たらなきゃおかしいだろ」
が観客の期待を込めた一言が、また周りの観客たちのテンションを盛り上げる。
異様な熱狂とは反対にアルルカはあくまでも冷静に作業を進める。
白。時折、黒とモノクロな世界が続いていく。そこに時折顔を出す銅色の球。
一万回を超えたところでもう当たらないんじゃないか、という雰囲気が出てきた。
見続けていた観客の熱気ももう冷めていた。
白。
「こりゃあダメかもなあ」
ビールを片手に見続けていた冒険者もどこか諦めている様子で、それでも見続けるのは、見守ると決めた意地だろうか。
ポトン、と球体が球を吐き出す。
「どうせ、白だろ……」
諦めていた冒険者が映像投影機に目を見やる。
絶句。
「銀だ! 銀が出やがったぞ!!」
冒険者の叫びに周囲が反応する。
銀球、つまり極当たりですら珍しいゆえに熱狂は再燃した。
現在の回数は10034回。結果的には当たり(白)9914個、大当たり(黒)85個、大々当たり(銅)34個、極当たり(銀)1個。
排出率は実質の外れである当たりが99.8%、大当たりが0.84%、大々当たりが0.33%、極当たりが0.01%。
それが良心的な確率なのかどうか分からなかった。
再びの熱狂とともにモッコスが回す。ビジュアル的にはアルルカのほうが盛り上がっていたけれど、8000回ぐらいあたりから、さすがに疲労していた。
モッコスの回す勢いは早い。勢いが早いあまり、球が二個出てしまうこともあって、排出速度も上がっていた。
僕としてはもうちょっとゆっくり、とは思うけれど、モッコスは自由人だった。
「分かっていますのぢゃ」とか言いつつ、何にも分かっていない。
球は速度を変えずに出続ける。
白、白、白、白、白白、白、白、白、白白白白白白。
出てくる前に固唾を飲み、出てきた後にため息を吐く。
全員が同じような挙動。
居なくなっていた人々が再び集まり始めるが白白白白白白白、そのラッシュに期待が薄れていく。
銀球の排出率を見れば金球の排出率は0.01%よりも低いとおのずと理解してしまっている。
何せ、今の今まで、今日の今日まで金球は日の目を見たことがないのだから。
はてさて本当にでるのかどうか、もはや銅球が出たくらいでは歓喜すらない。
日が暮れるとともに排出は二万を超えた。半数はとうに超えていた。
観客は数えれる程度。僕とモココル、アルルカはそのなかで見守る。
「これも筋肉の修行ですぢゃ」と言って回し続けるモッコスは疲れ知らずにも見えるが、回転速度は段違いに落ち、排出速度も下がった。
そして20176回目。久しぶりに銀球が顔を出す。
銀はこれで2個目。銅が102個で黒が404個、残りは全部白の球。
銀は0.01%、銅は0.51%、黒は2.00%、白は97.48%の排出率。
黒の伸びはともかくとして他はさほど変わり映えもしない印象がある。
2個目の銀が出たことで若干、周囲の人々が足を止め、観客へと変貌を遂げたけれど、1個目ほどの熱狂はなく、どことなく冷めているどころか、まだ1万回程度残っていることに対して不満が出てきていた。
もうすぐ日が落ちる。落ちてもなお続き、遅くても明朝、早くて深夜にすべての回数を消費する。
それまで他の人々は課金籤をすることができない。
それが不満だった。
強靭なモッコスではなく店番のドーラスに当たり散らすものも少なくない。
確かに苦労して今日たどり着いたのに、明日にならなければ課金籤をできない冒険者や、ゆえあって明日にはこの街を出立しなければならない冒険者の不満は分からなくもない。
それでも、僕は心を鬼にして、ときにはドーラスを助けたりして、彼女が来るのを待った。
半日はかかると踏んでいたけれど、夜になっても彼女は来ない。
残りは五千回。観客はもういない。
苛立ちをぶつけるように酒場へと行き、今日使うはずだった籤のためのお金で自棄酒をしたり、明日に備えて宿屋で英気を養ったりしていた。
アリーやコジロウもとっくに修行から戻り、宿屋で寝ている。
いるのは僕と眠たげのドーラス、そして夜になって元気になったモッコスだけ。
異様な光景のまま、変わり映えのない色が出続ける。
白が中心に出続け黒と銅が時折顔を出る。まるで退屈な日常が続くように、時間稼ぎは続いていた。
33328回目。深夜。
酔いを冷ますべく夜風に当たるがてらの観客が増えていた。
33328回目の結果は黒。
今の結果は白が32997個、黒が732個、銅が207個、銀が2個。
白が97.177%、黒が2.196%、銅が0.621%で銀が0.006%の排出結果となる。
単純に考えれば100回やって黒が2個出ればいいところという結果には流石にため息しか出ない。
「あと5回だぞ」
ドーラスが言った。休みなしで回し続けるモッコスに付き合ったため、どこか疲れていた。
「だったらその5回で勝負を決めようじゃあないか」
僕の代わりに答えたのはジョバンニ。
「ごめん、大草原でまさか迷うとは思わなかったよ」
ジョバンニは謝りながらも、なんとか間に合ったことに安堵していた。
追加資金も考えたけれど、一千万円で結構顰蹙を買ったから追加するのも難しそうだと少し懸念していたところだった。
まさにナイスタイミング。
僕が連れてきて、と頼んだ彼女は息を切らせながらも、
「この大役、お引き受け、します」
そう言った。
「任せたよ、ムジカ。ドーラスさん、モッコスも疲れただろうから交代させるね」
「ええ、ああ……そうか……そうは見えないが……?」
「そうですぢゃ。ワシはまだまだ……」
「いいから。黙れ」
睨みを利かせて、これがアルルカのためなんだと言い聞かせる。
「ドーラスと言ったか、ワシは疲れたのぢゃ。というか2万回以上回して疲れないほうがおかしいぢゃろ。そうぢゃろ?」
「確かにそうだな。それに一回、あんたとお嬢さんの交代を認めてしまってるし……おっしゃ残りの5回は彼女でいいぜ?」
「ありがとう、ドーラスさん。残り5回は絶対に彼女から交代しませんよ」
「男に二言はねぇ。残り5回回しちまいな」
「じゃあ、ムジカ。お願いするよ」
「わかりました」唾を飲む。「これを当てないと大切なものをなくしてしまうんですよね?」
「うん」
強く頷く。
「では。ムジカ・メレル。行かせていただきます」
言ってムジカは球体の取っ手に手をかけた。




