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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
338/874

不運

6


 一言で言えば、それは不運だった。

 ディエゴは確かに居場所を把握していたけれど、まずは挑戦状に応えた三人を、と考えていたし、その三人のなかに彼女は含まれていなかった。

 彼女はそろそろ空中庭園での修行を切り上げて大陸に帰ろう、そんなことを思って発着場に向かっていた。当然、ディエゴの挑戦状に不吉な予感を覚えたこと。さらに〈光質〉アズミの父親が挑戦状に応えたことを知っていた。

 恐れを抱いたわけでもない、それでも得体の知れない冒険者に挑まれる覚えも、返り討ちにしようという度胸もない。

 だから彼女が仲間を引き連れて帰ろうとするのも当然だった。

 そうして出会う。

 アズミを取り逃がし、最後の挑戦者のもとへと移動しようとしていたディエゴへと。

 彼女はディエゴの顔を知らない。しかしディエゴは資質者全ての顔を知っている。

 彼女――〈炎質〉のシャアナ・ジジ・ヲンヴェはディエゴがこちらを見てうすら笑ったのを警戒して身を翻す。

「姐さん、どうかしたんですか?」

 ラインバルトが急変した態度に気づき、問いかけると、

「逃げよう、なんかイヤな予感がする」

 シャアナはそう囁く。

 見送りに来ていた闘球専士たちも不吉な予感を感じ取る。シャアナはヤマタノオロチ討伐後、仲良くなった彼らと修行をしていたのだ。

「どうしたん?」

 一番仲が良い山崎烝が戻ってきたシャアナに問いかける頃にはディエゴが走り出していた。

 さらに速度を上げるシャアナに全員が追従。

「たぶん、アイツ……ボクに挑戦状を送ってきた人だ」

「それって……姐さんを殺しに来たってことかよ?」

「無視したのが悪かったってこと?」

「いや、もしかしたら〈光質〉のついでか、それの前かもしれないね」

 憶測を飛ばすシメウォンとヒルデ。

「なんにしろ、今はあそこに逃げるしかないよ」

 シャアナの言葉に烝が頷く。

「おっけー、けー。今はおふやから、使える。って言わんでも知ってるな」

「そうだよ。なにせ昨日まで使わせてもらってたんだから」

 今日も使うとは予想外だけど、そう言いながらもシャアナたちは争技場へと逃げ込んでいく。

 ディエゴも本気を出せばシャアナに追いつくことはできたが、往来の多い場所で目立ちたくないのも事実。

 戦いやすい場所に誘導していると悟ったディエゴはそれに素直に従っていた。

 争技場は自主練していた数十人の闘球専士がいた。歳三や鴨もいる。先行していた何人かが彼らにも事情を話しているため、シャアナが逃げ込んでくると察している。

 シャアナが争技場の中央に立ち、ラインバルトたちが守るように前に立つ。

 その横にはずらっと闘球専士が待ち構え、ディエゴを待ち構える。

 ディエゴは争技場をまるで観光客のようにゆっくりと見上げ、そしてゆっくりと入った。

 シャアナがここに入っていったということは待ち構えて自分を倒すつもりだろう。

 だから逃げない。ディエゴはそう考えていた。

 気配を追うように場内に入り、待ち構えるシャアナを見てその考えが確信に変わる。

「わりィが、一気にケリをつけるぜェ」

 すでに臨戦態勢のシャアナに告げて【加速】による体当たり。

 射線上にいたラインバルトを巻き込んで、一気に片をつけた。

 なのに違和感。ぐるりと見渡すとシメウォンたちは逃げる気配がない。

 シャアナを守る、という目的を一瞬で潰すように倒したというのに、落胆した様子がない。

 違和感はまだある。

 その違和感はなんだ。

 向かってくるシメウォンとヒルデを【光線】と【弱火】で撃退。向かってきたのに殺意はない。憎悪はない。

 それが違和感か。いや違う。もっと何か根本的な。

 違和感。違和感。違和感。

 次に向かってくる烝の攻撃を避ける。ディエゴは手を抜いている印象を受けた。まるで自分を殺さないかのような……。

 ふと、気づく。周囲を見渡すとシャアナの死体がなかった。だけではない、ラインバルトのもシメウォンのもヒルデのもない。

 それが違和感。

 烝を【直襲撃々】で叩くと一撃に地面にひれ伏す。変化はそれから。まるで【転移球】を使ったかのように死体が消える。

 死んだら移動すると見るべきか……ディエゴはそう考えたが、そうすると周囲の人間の表情に違和感がある。なんであれ死んでいるのだとしたら憎悪するはずだ。

「なるほど、戦意を失ったらどこかに転移される。つまり死ンでねェわけだ」

 言うと、一部の闘球専士がバレたというような顔をする。

 無表情(ポーカーフェイス)になれない、まだ未熟さを持つ闘球専士がいたことにディエゴは感謝。身を翻し、入口へと戻る。

「止めろ」

 全員が必死の形相。シャアナを逃亡させるため、全員が攻勢をかける。

 だが気づいてしまえば止まらない。止めらない。

 超加速には追いつけず、前方を阻んでも光速すぎる数多の魔法の連射に、体当たりが闘球専士たちを蹴散らしていく。

 彼らたちは死にはしないが、敗者部屋に転移される。そこから追撃を、と考えるものは少ない。

 命のやりとりをしてこなかった彼らの多くはディエゴの圧倒的な、それこそ対峙したレシュリーたちよりも圧倒的な恐怖に心が折れていた。

 もちろんシャアナを助けたい気持ちはある。彼女に惚れた男だっているし、夜のオカズにしてしまった男だっている。

 シャアナを失いたくはないが、何よりも命を失いたくない。転移された敗者たちは、決して口には出さないが言い訳を見つけて追撃をやめた。

 情けないことに烝も一度はそう思ってしまった。

 けれどだけれどだ、自分よりも親密ではない歳三や鴨が、自分よりもあとに転移された直後、動き出したのを見て、自分の情けなさを恥じた。

 抱く想いは決して恋ではなく、愛にも昇華しないのだろうけど、それでも一番仲良しの自分がいの一番に助けに行かないと救いに行かないとダメなのだろう。

 一瞥だけした歳三や鴨はたぶんそう言いたかったに違いない。そしてそれが自分との差だろう。MVP48には選ばれなかった自分との。

 その差を埋めるべくして烝は走り出す。

 追いついたからと言って何ができると言い訳している者も追わない者のなかにはいるだろう。

 でも追っているこそ、こう思う。

 何かができる。

 一縷の望み、にも似たその想いを背負って、シャアナたちに追いつく。 

 当然、烝たちがシャアナに追いついたということは、ディエゴだって傍にいる。

 いやそれどころかもう戦いは始まっていた。

 そばにはシメウォンの死体。ヒルデもギリギリでしか避けれなかったのか、右腕が吹き飛ばされていた。右利きがほとんどの冒険者にとってそれは致命傷。その場にいた全員が理解していることを改めて烝は認識。

 シャアナは立ち止まらない。ラインバルトが付き添っている。

 ヒルデは片腕でも立ちふさがる。そこで退きさえすればディエゴは追撃しなかっただろう。

「邪魔ァ!」

 それだけ言ってディエゴは杖を薙ぎ払う。同時に【光線】を発射。ディエゴが描いた杖の筋道――つまりはヒルデの右腰から左腋へを通り、ヒルデを斜めに分断。

「くそったれ」

 烝がその様に毒づく。シメウォンもヒルデも外界人でありながらいい奴だった。

 この世界はそんないい奴が先に死ぬ世界なのか? そんなことまで思ってしまう。

 シャアナたちは発着場へと向かっていた。あと少しで辿り着く。

 そこまで辿り着けばシャアナたちの勝ちだ。発着場には冒険者じゃない人間も大勢いる。

 巻き込めば、いや巻き込まなくともそこで何か問題を起こせば賞金首だ。

 ディエゴが聡明な男であれば、発着場で暴れることはない。

 烝のみならずシャアナもラインバルトもそう考えていた。だから立ち向かわない。

 ディエゴへと追いついた歳三が自分の右手を自ら切断。

 奥の手をいきなり使う。〈鬼ヶ棲〉。

 クルーォルライアーの右腕がディエゴの前の地面を抉る。

「なんじャァそりャあ!」

 初めてその姿を見るディエゴが足を止める。がその寸前でクルーォルライアーの右腕が凍りついていた。

 驚きながらもいきなり襲いかかってきたものにはとりあえず攻撃を加える。

 いわゆる反射だった。

 反射的にディエゴは【冷風】を展開していた。

 パリンとガラスが割れたように鬼の腕が一瞬で氷解。ディエゴの強力すぎる攻撃階級1の魔法を鬼の腕は耐えてみせた。

「ヒュゥ~♪」

 それには素直に感嘆。

 鬼の右腕がさらに連続で地面を叩く。

「でもよ、強いのはその右腕だけだろォが!」

 【加速】でディエゴが歳三に近づく。瞬間、ディエゴへと球が飛んできた。

 ひとつに見えたその球は近づくにつれ、無数に分身し、ディエゴへと襲う。

 本物はひとつ。鴨の繰り出した【魔球(フェイカー)分身スプリット】だった。

 その間に烝が歳三を救出。

「魔球まで使えンのかよォ。面倒臭ェ!!」

 いくら加速状態での戦闘が慣れているとはいえ、あまり戦ったことのない魔球士との戦闘は不慣れ。数打てば当たるの戦法で黒金石の樹杖を振り回す。

 全ての球に当てたはずが、その全てが分身。

「あァん?」

 いぶかしむディエゴに【魔球・分身】が直撃。本物の球は姿を消して少し遅れてやってきていた。

 そういう使い方もできンだな、と感心したディエゴの頭上には鬼の腕。

 粉、砕。

 板に釘を一発で打ち込むように、力いっぱい振り下ろした金槌のような強靭な一撃が、ディエゴに重く強くのしかかる。あまりの衝撃に砂埃が舞った。

「やった?」

 烝が見つめるなか、視界が晴れる。

 目の前には静かに佇む鬼の腕。だがディエゴはそのわずか後ろにいた。わずかに疲弊しているようにも見えるが外傷は見当たらない。

 ディエゴは鬼の一撃を【直襲撃々】で対抗していた。鬼の腕をわずかに浮かせ、その隙に逃げ出したのだ。ある意味でクレインのもたらした恩恵はディエゴには大きすぎた。

「それでもなんとかなったのか?」

 わずかに安堵する歳三や鴨。ディエゴはチィ、と舌打ち。

「やめだ、やめ」

 途端に武器を【収納】して、手をあげる。

 シャアナたちは無事に発着場に到着していた。

「そう言われて逃がすと思うか? このままで帰すわけがないだろう」

「確かになァ。こんな状況じゃ発着場も使えねェ。本当なら次の便で帰ってたはずなンだがなァ?」

 だけどもだッけど、ディエゴが軽口を叩くように笑って、崖のほうへと走り出す。

「別に手がないわけでもねェンだよ」

「逃がすな」

 歳三の言葉よりも早く鴨と烝が【速球】を繰り出していた。

 がディエゴはすでに跳躍。そのまま崖下へと落ち、球は虚しく空だけを切った。

 空中庭園の下はブリト海。落ちていったと思われるアズミたちも追えるが、ディエゴの中ではいずれ倒すということで後回しになっていた。

【収納】から滑空機(ハンググライダー)を取り出す。

 それは蝙蝠の翼を幾重にも織り合わせて作ったV字型の翼に自身を固定して滑空する道具だった。

 浮力を得たディエゴは空を滑るように飛空し、次の目的地――雪積もるウィンターズ島を目指していく。

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