極限
6
「魚露魚露っと見とけ」
ディエゴとぶつかる寸前キセルはイチジツとアズミのふたりにそう告げて、先行。
「そりゃァ、狙ってくださいって言ってるようなもンだぜェ?」
ひとり突出したキセルにディエゴは狙いを定め、【光線】を放つ。
ぐるんとキセルは前にではなく横に身体を捻るようにして、それを避けた。
イチジツの目にもアズミの目にも魔法が速過ぎて映らなかった。
それでもキセルは避けていた。
「ハーハッハッハ! なかなかにやれるようだなァ! お前はッ!!」
ディエゴは笑う。それなりの経験を積んでいるキセルは単体を狙う魔法の正しい避け方を知っているようだった。
キセルが迫る。
「頭蛾頭餓っと逝けや!」
「笑わせンなァ!」
「こっちにいること忘れるなし」
マツリが豪快に【低姿勢滑走】。ディエゴの脛を的確に狙っていた。
キセルの攻撃に合わせた完璧なタイミングでの奇襲。
ディエゴは跳躍。マツリの攻撃は小手で受ける。
棒術【貪我蛾頭鈍】の初撃がドンと命中。太鼓の縁をたたくように、ガガ、と小刻みの二撃の直後、キセルの鉄鎖杖が一旦後ろに退く。
それを見てディエゴは後ろへと大きく退いて、真下のマツリへと【落石】。
絶妙のタイミングだったがマツリもまたそれを避ける。
「てめェもかよォ」
後ろに退いたディエゴの肩をズドンと鉄鎖杖が射抜く。射程外に退いたつもりだったディエゴには予想外。
一方でさすが棒術の始祖と言うべきだろうか、キセルが杖に仕込んでいた鎖が伸び、射程を延ばしていた。
威力はわずかに落ちるがそれでもディエゴに初めて傷を負わせたことになる。
「避方仕組?」
ふたりの攻撃に加われずいたイチジツはふたりが退いてきたところで、あれほど避けれなかった魔法をふたりが避けれた理由を問い質す。
「お二人には見えているんですか?」
「見えてはないし。でも魔法の発動の仕方を考えれば分かるし」
「発動仕方?」
「なんとなく分かりました。杖頭のプリママテリアの輝きを見ているんですね」
「正解だし」
「理解」
「それを理解したところで、打蛇弾っと段取りの説明。イチジツ、アズミのお嬢ちゃんは頼んだぜ」
「理解不能」
「こういうことだ」
アズミを巻き込んでイチジツへと【蛾駕牙】が放たれた。滝壺のほうへとふたりは落下していく。
「何故?」
「あいつには敵わない。勝てるとしたら間違いなくあいつだけだし」
「全員で守蛸羅佐々と逃げてもあいつはアズミのお嬢ちゃんを追いかけてくる。足止めは必要だ」
「だからお前は撤退して、このことをあいつに、レシュリーに伝えろ。魔法の避け方もな。それでも五分以下だろうが、希望はあるし」
「それと謝っておけ。頭蛾頭餓と土足で踏み込むように巻き込むが悪かったな、と」
伝言が終わると同時にイチジツは滝壺へと落ちた。この滝壺は誰にも知られていないが、空中庭園から大陸へと抜け道だった。
抜け道という表現もおかしいかもしれない、落下先は海なのだから。
渦に巻き込まれるようにアズミとイチジツはブリト海へと落ちていく。そこは魔物も少なく、他の海域と比べて弱い魔物の棲む海。生存率は高い。
かつてトリプルスリーもアズミの導きでそこから大陸へと逃げていった経緯があった。
「さあてと、足止めにするし」
「今まで散々な目に遭ってきたが……これが一番悲惨かもしれない」
「悲惨は言いすぎだし。守りたいものを守るための戦いだし」
「それもそうか。ならば蛾駕牙岩と推して参る!」
「応!」
マツリとキセルはふたりで立ち向かっていく。
勝算は絶望的。ただし希望は見せた。レシュリー・ライブならばきっと。無理矢理にも自分たちよりも幼い青年へと希望を押しつける。
「オイオイ、てめェらに用はねェンだよ! どこに逃がしやがった!」
「臭いセリフだが、希望のもとに、だ」
「そりゃあ俺にとっては絶望的な言葉だ。無駄な殺生はしたくねェんだが素直に追わせてはくれねェんだよなァ?」
「当たり前だし」
「なら、面倒臭ェがぶち殺して探させてもらうぜェ?」
今まで手加減をしていたと言わんばかりにディエゴは【加速】を三重展開。
超加速状態での光速戦闘こそがディエゴの真骨頂ともいえた。
キセルではついていけず、最速の職業盗塁士であるマツリですら動きの把握で精一杯だった。
「避けてみろォ!」
音だけが聞こえた。瞬間、キセルの眼前にディエゴの姿があった。
「努加守鹿とやられるかよ!」
【努加守鹿】の構えを瞬時にとる。鉄鎖杖と黒金石の樹杖がぶつかる。力負けしたのは鉄鎖杖。構えによって耐久性を上げてはいるが、【直襲撃々】の威力には勝てなかった。
そのまま向かってくる黒金石の樹杖を前にキセルは【努加守鹿】を展開したまま、両手を向かってくる黒金石の樹杖へと向かわせる。
バシン。
勢いを殺すように黒金石の樹杖を止めた。真剣白刃取り。もっとも相手の武器は真剣ではなかったが下手をすれば殴打されて死んでいた。
一気に汗が噴出す。極限の状態でキセルはやってみせた。
一時的にであれ、ディエゴは動きを止められる。真剣白刃取りは空中庭園の人間しか知らない妙技。技能としては制定されていない、一種の技術だった。
それをディエゴは知らない。エンドコンテンツでは見ない技ゆえに戸惑った。情報として存在していたかもしれないが、不要な情報を手に入れるのはごく一部だ。
その隙を逃さずマツリが【正面衝突】。
間抜けに見えるかもしれないが、超加速からの頭突きである。ディエゴの後頭部へと痛烈な当たり。脳震盪を起こしかけるほどの衝撃がディエゴを襲った。
咄嗟に気づき動かなければ確実に脳震盪によって意識を失ったかもしれない。
練習を兼ねて、不得手の【直襲撃々】で攻撃を仕掛けたのは油断だったと反省する。
生半可な攻撃では避けられる。今までの相手とは違うと認識を改める。
踏ん張って【加速】で距離を開ける。
「これが俺のとっておきだ」
言って【加速】を四重展開。そのままマツリとぶつかった。
反応し防御したマツリだったが、そのまま後ろへと投げ出される。
光速詠唱できる利点を使って魔法を重ねただけのただの体当たり。それがディエゴのとっておき。
熟練度だけではなく経験がなければ使えない極限の一手。
マツリやキセルのような魔法の正しい避け方を知っている相手のようの奇策だった。
超加速のままキセルへと肉薄。真剣白刃取りすらもできないほどの光速を持ってしての肉弾戦。
武器を使うではなくあくまで速度を生かした体術でキセルを痛めつけていく。
「トドメだ」
ここまでてこずったという敬意を示して、動けないキセルを前にしてディエゴは詠唱を紡ぐ。
詠唱時間は平均的な魔法士系の詠唱と比べておおよそ三分の一の時間。
その程度で詠唱を終え、ディエゴは杖を掲げた。
プリママテリアが輝く。
「【慧狼雷奔】」
攻撃魔法階級10の雷属性魔法が杖頭から巨大な雷狼が出現。雷鳴のような雄叫びを上げると口から稲妻が迸り、周囲を抉る。その周囲を抉った全てを覆うように雷狼が飛び込む。その範囲には滝壺をも含まれていた。
吹き飛ばされたマツリ、その場で倒れるキセル。そしてイチジツとアズミが飛び込んだと推測される滝壺、その全てが蒸発。消失していく。
滝壺の底から現れたのは人ひとりが通れるほどの穴。
「そこから逃げたわけかァ。落ちた先は、海……だとしたら厄介だ」
後回しにするか、と考えてディエゴは雅京へと戻っていく。




