遂極
5
小さい靄だった程度の闇が肥大。
【宵闇】が大地から遠く離れてもなお光と判別できるような強大な【光災陸離】を飲み込んでいく。
それをまじまじと間近で見たアズミは確実に動揺していた。
階級10の光属性魔法、自分の中で最強と呼べる魔法が、最弱と言ってもいい階級1の闇属性魔法に相打ちとなったのだ。
「驚くことすら無意味。俺を誰だと思ってやがる? 〈全質〉の持ち主、ディエゴさんだぞォ、オォイ!!」
〈全質〉、資質者であるアズミにも聞き覚えがあった。
八属性全てに愛された冒険者。
どんな攻撃魔法ですら、資質者以上の強化が施されて発動される。
まさに反則の才覚。挙句、破格のINT基礎値で、威力自体が底上げされている。
ディエゴの場合はさらに熟練度がありえないほどおかしいので、誰もが切り札として持っている得意魔法を一瞬で上回っていた。
自分の正体を宣言してアズミとの間を詰める。
「じゃあな、グッバイだ!」
「頭蛾頭餓とはやらせねぇよ」
キセルが棒術技能、乱打の【貪怒狐鈍】を放つ。
「その通りだし」
盗塁士のマツリが【低姿勢滑走】で滑り込む。
「肯定」
【冠位因縁流・大義愛】でイチジツが切り込む。
【低姿勢滑走】の滑り込みを避け、それに合わせた【貪怒狐鈍】の乱打を【硬化】で弾く。援護魔法階級1なのに異常な硬さ。
硬さゆえに鈍くなったところに【冠位因縁流・大義愛】が到達するも【追風】によって身体を無理矢理吹き飛ばして、回避する。
「見えなくなれ!」
ヴァンヴェが【視覚失】によってディエゴの視覚を奪う。
状態異常の暗闇には効果時間が定められているが、【視覚失】は使用者の精神磨耗が続く限り効果が続く。
「行けぇええええええええええ!」
クルシュリテを喪ったことに涙を流しながら、アビンガが創造しディエゴに向かわせたのは二十本の剣を持った【殺戮人形】。ツギハギだらけの道化師のような形でディエゴに向かう。
「人操士に物操士か。面倒臭ェな」
そう言ってディエゴはヴェンヴェを見た。はっきりと見た。
見えていないはず、はったりだ。ヴェンヴェはそう思いながらも距離も取る。
「遅ェ」
【加速】で近づいたディエゴははっきりとヴェンヴェを見ていた。
視線が合う。
「どうして見えている!?」
「備えはしとくもんだぜェ?」
ディエゴが持っていたのは魔巻物。PC戦でも使ったがディエゴにはかなりのストックがある。
命を一瞬にして落としかねないエンドコンテンツではあらゆる備えをしておくため、魔巻物を必然的に持っていた。
援護癒術階級3【操作無効】の魔巻物だ。
対処法を持つディエゴには力で勝たなければならない。【操作無効】は【殺戮人形】の近くで発動されたため、その効果は【殺戮人形】に及ぶ。
結果、二十連撃が繰り出されるまえに【殺戮人形】は糸を失った人形劇の人形のように操ることができなくなっていた。
同時に【視覚失】も無効化されている。効果が発動している間だけは。
ディエゴにとってはその間だけで十分。
ディエゴの舐めプレイにもほどがある拳を避けようとしていたヴァンヴェへと途端に脱力感が襲う。
人操術を維持するために磨耗する精神力の量は、対象と使用者のレベル差が反映される。
つまり一回の、たった一回の人操術でヴァンヴェは精神力を根こそぎ奪われていた。
頭痛の警告に合わせてヴァンヴェは【視覚失】を解除。無効化しても精神力は磨耗する。無効化されているのなら使う意味もない。そう判断したのは賢明。
だが幾分遅すぎた。手加減の拳はブラフ。わざと避けれるように仕向けたもの。
避けたのを確認したディエゴは杖頭をヴァンヴェに当てる。
途端にヴァンヴェの身体に電流が走り、体内の水分を蒸発、消滅させていく。
至近距離の【雷鳴】によってヴァンヴェが消滅。反転して【落石】。
【殺戮人形】が【操作無効】の時間切れによって起動していたが、【落石】によって生み出された岩石が人形を押し潰す。踏み台にしてディエゴは跳躍。アビンガへ向かう。
黒金石の樹杖〔低く唸るジーガゼーゼ〕を振りかぶって【直襲撃々】。
直撃する瞬間、ジジビュデがアビンガを救出するが、わずかに間にあわず、アビンガの右腕が強打される。それだけで右腕が骨折したが、生き延びたことを幸運と判断すべきだろう。
追撃を防ぐべくコロレラが長弓〔名手ザ・キッド〕で矢を放つ。
【命中精度向上】を重ねがけ精度はかなりのもの。
的確にディエゴを射抜く前にコロレラの右肩から下を消滅させていた。
ディエゴはとっくに【光線】を放っていた。
コロレラの矢とすれ違うようにすり抜けた光の矢はディエゴに矢が当たるよりも前にコロレラを射抜いていたのだ。もっとも【光線】を優先したため矢は命中している。
ただしディエゴの龍鱗小手〈遂極〉に阻まれ、ディエゴ自身を貫くことはなかった。
とはいえディエゴも舌打ち。コロレラも狙撃技能【防護具】によって装甲を追加し、反撃に備えていたため、確実には倒すことができなかったからだ。
ただし両手を使う弓士にとって手を失うのは痛手。一気に戦力外と化す。
と思いきや対策はきちんとしてある。自動銃弓〔運搬係のラファール〕。
自動銃弓は弓と弦を銃のような土台に固定したもので、短矢と呼ばれる矢よりも短くて太いものを使用する。土台となる銃には引き鉄がついており、引くことで弾丸代わりにその短矢を飛ばす。一射ごとに弓に短矢が設置される時間ができるため、銃よりも連射性は劣るが、弓という分類のため弓士の狙撃技能の恩恵を受けることができた。
自動銃弓を構え、退きながらコロレラは短矢は連射。引き鉄を引き続けることで短矢まで発射、設置、発射を繰り返してくれるため、通常の弓よりも連射性は優れるうえに狙いをつけるだけでいい。ただそれは当然のことながら射程を犠牲にしているため弓よりも射程が短いため退き続けることはできない。
退き続ければアズミを狙うかもしれない。今ですら射程範囲かもしれないのに、ディエゴはアズミではなく取り巻く自分たちを狙っている。
そう考えるとコロレラは一方的に攻撃できる距離まで退くことができない。
ジジビュデが【手裏剣】を連射。コロレラとともに遠投武器をばら撒き、ディエゴにその対処に手一杯にさせる作戦。それは【操作無効】させないための一手。
ジジビュデに救出されたアビンガが再度【殺戮人形】を向かわせる。
高速で接近した【殺戮人形】はケタケタケタと笑いながら、ディエゴへと連撃、連撃、連撃、連撃。
対処に手一杯になっていたディエゴの腕を、足を、胴体を、斬ったかにも見えた。
がディエゴはそれは音速の動きで全て避けていた。超高速の反復横飛び。【加速】の成せる業と言われても到底信じれないだろう。磨き上げてきたディエゴの熟練度がそれを現実にさせていた。
とはいえ、【加速】した体は制御が難しい。【加速】した状態で右に移動した身体をすぐに左に移動させる、はたまた上に跳びすぎないように跳ぶ、というのはなかなかに難しい。
それこそ訓練のたまもの。ディエゴは【加速】した状態で、まさに自由自在に動けた。
こういう技術はレベルアップ、ランクアップでは手に入れることはできない。熟練度を高めてもできることではない。それこそ使い続けてしみこませた感覚がものを言う。
対峙するコロレラたちの想像の斜め上、不可能だと思えることすらを可能にしてエンドコンテンツを生き延びてきたディエゴには今の戦闘はどことなく生ぬるい。
アズミをわざと狙わなかったことで、ディエゴの射程範囲に捉えたのですらディエゴの罠。
【手裏剣】と短矢のばら撒きは味方を援護するという意味合いは薄い。それがまだコロレラたちの戦術の甘さを物語っていた。トリプルスリーが間を詰めようとしているが、乱雑に散乱する遠投武器が間を詰める隙を与えてくれない。せめて攻撃を合わせるタイミングを作るべきだった。
トリプルスリーがアズミ付近での防衛に回らざるを得ないなか、ディエゴはジジビュデに視線を合わせて、笑う。
仲間を助けなくていいのか、と。
杖頭はコロレラを向いていた。ジジビュデは走り出す。
それこそがディエゴの狙い。
【殺戮人形】を【直襲撃々】でアビンガの方向へと飛ばす。
同時に光速詠唱した【光線】をコロレラへと放つ。ジジビュデが庇いながらコロレラを救出しようとした瞬間、ふたりごと光線が穿った。誘き寄せてまとめて倒したのだ。
さらに【殺戮人形】が落下してきたアビンガへと追い討ちをかけるように【落石】を展開。
逃げ切れなかったアビンガはそのまま轢殺される。
「さあ、残り四人だ。それとも逃げるかァ?」
ディエゴが問う頃にはすでにトリプルスリーとアズミは動き出していた。




