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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
332/874

転生

1


終極迷宮(エンドコンテンツ)――ランク7に到達してようやく視認できるその迷宮は大陸の地下深くに根づくどこまでも続く迷宮だった。

 入口は複数。

 世界の耳:カルデラ湖

 世界の目:ウィンターズ山

 世界の牙:ガニスタ岬

 けれど辿り着く開始地点は同じ。

 その迷宮に入ったが最後、大陸では行方不明扱いとなり、脱出には様々な条件を満たす必要があった。

 とはいえ、入った冒険者のほとんどが、その終点にあると云われる真実。そして死闘を求めているため脱出するものは少ない。

 終極迷宮・階層99999999階。

 途方もなく奥深く。一階層がそんなに巨大ではないとはいえ、そこまで来るのは容易ではない。

 終極迷宮の記録保持者(トップランナー)たちは現在その階層の下階段の手前にいた。

「おぉい、おいおい、相変らずエロい尻が見えると思ったら、何してやがンだぁ?」

 ディエゴはそこに立ち止まる黒兎装束(バニースーツ)の女騎士へと話しかける。

 女騎士は不埒な視線を送るディエゴの首へと持っていた剣の切っ先を当てると

「口には気をつけろ」

 きっ、とにらみつけた。こんな場所なのに戦うにはふさわしくない服装を着ている理由をディエゴも知っている。

「これだからよォ、冗談の通じねぇやつはつまンねぇ」

 剣の切っ先が首筋に当たってもなお余裕のディエゴは笑って前に出る。

 首がわずかに切れ、血が出るとむしろ女騎士のほうが焦り、剣を引いた。

「貴様、この剣の切れ味を……」

「知ってるよ。てめぇがおれが殺さねぇってこともなあ、トワイライトよぉ」

 ディエゴは笑う。トワイライトと呼んだ女騎士の実力を知ったうえでディエゴはからかうのだ。

 空すら何年も見ておらず辛気臭い場所なのに、強張った顔ばかりをしている仲間たちは至極つまらなくみえる。命が懸かっていて緊張しているのだとしてもディエゴは冗談を平然と言う。

「でなんで立ち止まってンだ? 確か次はあいつらとの戦いだろォ?」

 100000階層ごとに繰り返してきた戦いが始まる、と誰もが知っていた。

「ご察しがいいでするな」

 女騎士の隣にいた馬結いの女性サスガ・マツダイラがディエゴに言う。サスガは空中庭園に見られる着物を着ていた。腰には刀。【収納】があるにも関わらず常時帯刀しているサスガはもはや地上には存在していない特別職・侍師だった。

 刀によって繰り出される奥義技能はとてつもない威力で間違いなく上位の記録保持者だった。

「は、お前に褒められても全然嬉しくもねェな。で[四肢(フェアトラーク)]のふたりが困るほど、下に降りるのを躊躇っている理由はなンだ?」

 [四肢]というのはかつて[十本指]の上位に位置していた王を守る四人の騎士のことを指す。王制の崩壊とともにその行方も不明になっていたが、実はエンドコンテンツにて生存していた。

「躊躇っているわけではない。吟味しているのだ」

「言葉は言いようだなァ、おいィイ!! で吟味している理由はなンなンだ?」

「【単独戦闘】の結界が張ってある。つまりひとりであいつらと戦わねばならない」

「はッ、お天道様もないってのに、日和ったなァ」

 呆れ声を出してディエゴは前に進む。階段のほうへと。

「正気か? 確かに貴様なら突破できるかもしれないが、ただでは済まんぞ?」

「ただで済ませてやるよぉ。俺を誰だと思っている? ディエゴさんだぞ?」

 戸惑うトワイライトに背を向けて【単独戦闘】の結界を越える。

 これで戦闘が終わるまでディエゴは逃げることもできない。

 エンドコンテンツの【単独戦闘】は新人の宴のような結界を越えた各々が別々の敵と戦うものとは違う。こちらの結界はそこ通った最初のひとりのみが敵を全滅させるか、死ぬかまで通れない仕組みだ。

 敵を全滅させれば結界が消滅し、以降は他のものも進むことができた。

「ま、借りに思う必要はねぇぜ。俺はここを突破したら地上に戻る」

 その言葉にふたりは絶句する。

「正気でするか?」

「正気も正気、本気も本気。〈土質〉が死ンだらしい。新しいのが生まれるまでにほかの資質を持つやつらを殺しておく。他次元の俺はそういう奴らに殺されたらしいからなぁ」

「死ぬなよ」

「どっちに、だよ? 地上のやつらか? この先のやつらか?」

「どっちにもだ」

「は、だから俺を誰だと思ってる? どっちにもやられねぇよ。ディエゴさんだぞ?」

 俺の心配なんてエロ騎士らしくない。そう吐き捨てると

「だれがエ、エロ騎士だ! 不埒だぞ!」

 トワイライトがそう叫ぶ頃にはディエゴは暗闇のなかに消えていた。 


 ***


 階層100000000階。

 暗闇の先、コロシアムをモチーフにした円状の部屋に出る。周囲は土壁に囲まれ、正面には下の階層へと降りる階段がある。当然、そこは結界が貼られ、突破はできない。その階段を守るように四人の戦士が転移されてくる。

 この世界では手に入らない未知の物質(ダークマター)で作られた未発見装備(オーパーツ)で身を固めていた。

 四人の登場とともにディエゴの頭上に自らの名前が表示される。

 ディエゴ・レッサー・フォクシーネ<10th>と。

 同時に円状の結界に閉じ込められるが、そうなると分かっていたディエゴは慌てもしない。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>うわー、男かよー、はずれすぎるー』

『RED★STAR>確かに。ビジュアル的にもエロ騎士さんがよかったww』

『MIKE NYANYA>せっかく録画してんのにwww乳揺れ記録できずww』

『ORE TSUEEEEEEEEEEEE>とりあえず、【分析】ですっけ? しますよ?』

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>よろろん』

 ディエゴは動かない。いや動けない。向こうの準備ができるまで、ディエゴは周囲に展開された円結界から出ることができず、待つしかない。

『ORE TSUEEEEEEEEEEEE>うげ、FUMIさんの情報やっぱり合ってない』

『RED★STAR>この手の情報買ったとかお前バカだろ。NPCどもは日々成長してるんだって』

『ORE TSUEEEEEEEEEEEE>とりま』

『MIKE NYANYA>でもまあ、この四人なら瞬殺っしょ』

『ORE TSUEEEEEEEEEEEE>情報渡しますね』

『MIKE NYANYA>勇姿録画してますし、さっさとこいつ倒してこの世界堪能しましょうよ』

 ORE TSUEEEEEEEEEEEEと頭上に表示された男から他の三人にも情報が渡される。

 エンドコンテンツに保護封は存在せず、【収納】に99個持っていたとしても、使わずに【収納】していた偏屈以外はこの階層に来る頃には全て使いきってしまっていた。

 よってディエゴの情報は簡単に抜き取られてしまう。

 その代わり武器や防具を加味した値は見れない仕組みがエンドコンテンツにはあった。


ディエゴ・レッサー・フォクシーネ

LV1225(ランク7上限) 全司師〈全質〉 ランク7

ATK:10412 INT:116375 DEF:22050 RGS:208250 SPD:12862 DEX:21437 EVA:31237


 その値を見ても四人は驚かない。ボスクラスの敵となればその程度は当たり前だ。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>じゃあ、カウント流すぞ』

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>★★★★★15秒前★★★★★』

 カウントダウンとともに四人は、能力上昇系技能を全使用していく。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>★★★★★10秒前★★★★★』

 一方、ディエゴにも円結界の中でなら、そういう行為が可能だが、何もせず動かない。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>★★★★★5秒前★★★★★』

 転移されてきた四人はディエゴに不利となるような陣形、位置取りを整える。

 攻撃の意志を示さなければディエゴの円結界が解除されないため、好きな位置取りで始めることができる。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI> ★★★★4秒前★★★★ 』

 大盾を構えたJIJIJI-JI・JI-JIJIが正面に位置取り、他の三人がその後ろに広がる。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>  ★★★3秒前★★★  』

 軽装装備のORE TSUEEEEEEEEEEEEがリズムを取るように軽快にステップ。手に嵌めるのは拳具。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>   ★★2秒前★★   』

 赤づくめのRED★STARは杖を構えて詠唱開始。始まりと同時に詠唱するのが丸分かりだった。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>    ★1秒前★    』

 MIKE NYANYAは極少布防水着の服装で猫耳飾りと猫尻尾をつけている。片手剣装備の唯一の女性。

 この世界には外見が女性だから手加減する輩がいるのも事実で、その対策だろう。

 まあ、中の人が外見と同じ女とは限らねぇンだけどな。少なからずこの世界の真実を知っているディエゴは円結界のなかで嘆息。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>GO★GO★GO★GO!』

 同時に大盾のJIJIJI-JIが突っ込み、ディエゴの周囲を覆う円結界が解かれる。

 瞬間――JIJIJI-JIが吹き飛び、ぴくりとも動かなくなった。

『RED★STAR>えっ、ちょwww』

『ORE TSUEEEEEEEEEEEE>何しやがった!?』

「答える義務なンてねェんだが……一応、答えてやンよ。魔法を唱えた、それだけだ」

『RED★STAR>ふざけんな、この世界の魔法は詠唱ありきだろうが。無詠唱なんて聞いたことがねぇ』

 あまりのことにRED★STARは詠唱を中断してしまっていた。

「無詠唱で魔法を唱えられるわけねェだろうが。俺ぐらいになれば攻撃階級1程度の魔法、1秒もいらずに発動できる」

 ディエゴは円結界が解かれるまで、武器を構えてはいたが詠唱はしていなかった。詠唱していればJIJIJI-JIが突っ込むはずもない。

 つまり結界が解かれ、JIJIJI-JIが突っ込んできた瞬間、ディエゴは詠唱して発動していたのだ。

『RED★STAR>それこそ、ざっけんな。攻撃階級1の魔法にそんな威力はないだろww』

「熟練度をナメるなよ? 俺が階級1の魔法を今まで何回使ったと思ってンだ? ドゥアホォ!」

『ORE TSUEEEEEEEEEEEE>そんなのFUMIさんの情報にないぞ。今までだって階級4~5の魔法ばっかり』

「手加減してたに決まってるだろ。てめぇらなンざそれで十分。わざわざ熟練度が高い魔法で倒す必要なンてあるかよォ! 顔洗って出直してきな、PCどもォ!」

『MIKE NYANYA>NPCのくせに生意気だろ。奥の手を使うぞ』

 MIKEの露出高めの服装が踊り子のような優雅な衣装へと変化。武器も杖へと変わる。

「おいおいィイ! 転職装置(マジコン)使うのかよォ!」

 思わずディエゴは笑ってしまう。ディエゴたちは職屋でしか転職ができないが、転職装置を持っているPCは戦闘中であれ、臨機応変に転職することが可能だった。

 転職した理由は明白。だがディエゴはあえて動くことはしなかった。

 この世界の詠唱とは違う詠唱が紡がれる。まだMIKEはこの世界の魔法を覚えてないため、異なる界の魔法を持ち込んでいた。

 死んでいたJIJIJI-JIが蘇生される。この世界では考えられないほどの容易さ。

『JIJIJI-JI・JI-JIJI>くそがwwwダメージ半端ないwww』

 怯えを隠すようにJIJIJI-JIが叫び、それでも戦う意志は削がれない。

 退くに退けない事情もある。

 彼らは異なる世界からこの世界への転生(コンバート)を目論んでいた。

 ただ世界は安易に成長しすぎた彼らを受け入れない。

 エンドコンテンツに転送され、そこでの試練を突破できたものだけが、真の意味で転生することが可能だった。

 ディエゴが中の人と表現したように、PCにはこの世界、異世界を含めそこを冒険する体とは別に真に生きている人が存在する。つまるところ、彼らは死んでも、真の意味で死んだことにはならない。別の肉体で経験値を引き継いで再び冒険することも可能だった。

 ディエゴはそれを聞いたとき、ふざけた話だと思った。

 だが転生を目論むPCは転生試練に敗北すると経験値を引き継げない。

 また一から育てなおす必要がある。

 だからJIJIJI-JIたちも退けない。最悪でも時間切れの引き分けに持ち込んで、経験値の消失を防がなければならない。それこそ何百時間も費やして育ててきたから。

 その真実を知っているディエゴは追い込むのが楽しくて仕方がなかった。

「もっと楽しませてくれよ、PCども」

『RED★STAR>あったりまえだ、くそNPC!!!』

 この世界に生きるN(ナチュラル)P(プレイング)C(キャラクター)

 この世界に転生を目論むP(プレイアブル)C(クリーチャー)との戦いが始まる。

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