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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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願望


 106


 エリマはアエイウの幸せを願う。

 アエイウ・エオアオ。

 エリマが勧誘を受け弟子にしようと決めた野蛮な冒険者が発声練習のような名前を名乗ったとき、なんとなくだが本名は別にある、とエリマは推測した。

 偽名をわざと使っているのではなく、何となく本名を名乗りづらい状況に置かれている、そんな感じだろうと。

 それはエリマ自身がクラミド・S・キンギィという忘れた名前があるからゆえの直感であったけれど、アエイウとエリマが出会ったときにはエリマにそんな記憶はない。

 アエイウとエリマが出会ったときにはエミリーと当時はまだ冒険者だったミキヨシがすでに傍らにいた。 

 三人まとめて弟子にして、エリマは高みを目指すことにした。弟子を取るのは初めてのことじゃない。何回目のことだろう。あの場所から逃げ出して数年が経っていた。

 ランク5の壁は厚い。ランク6になるために、ある意味でランク3の冒険者を犠牲にしなければならない。ランク3の冒険者も、ランク3+になるためにそれに付き合わなければならない。

 その仕組みはよくできているようで少し理不尽だ。逃げ回るだけでいいとはいえ、仲間の援護で活きる冒険者ですら、そこではひとりで戦い抜かなければならないからだ。

 エリマはそれでもランク6になるために鮮血の三角陣に挑んでいた。

 自分ひとりだけなら生き残れる。ランク3の全員が死んだ時点で試練は終了になるから。

 そうやって生き残って、何人ものランク3を犠牲にしてきた。何度も弟子が入れ替わっているとそれこそ師匠になりにくくなる。死神と呼ばれたことはないが、そう呼ばれるぐらいにはランク3の冒険者を鮮血の三角陣で見殺しにしているからだ。

 だからアエイウから師匠になって欲しいという申し出があったときには若干の嬉しさがあった。

 また、この頃はアエイウが自分のハーレムを作ろうとしていることは噂すらされておらず、知り合った人間が知る程度だったため、エリマは知りもしない。

 グエンリンたちと閉鎖的部屋に閉じ込められ、非人道的な実験をされた経験は酷く冷めた印象があった。それを忘れているとはいえ、経験としてはしっかりと刻まれている。

 だからしっかりとエリマを大事にしてくれる、温かみを感じられるのは、どことなく安らかな気持ちになれ、イヤではなかったのだ。

 エリマはずっと過ごすうちにアエイウという人間がどんな人間か分かっていった。エミリーが虐げられながらもアエイウから離れないのは、アエイウがどんな人間かよく理解しているからだろう。

 アエイウの過去に何があったのかは知らない。それでも寂しさを、虚しさを埋めるためにアエイウがハーレムを作ろうとしているのだけは分かった。

 ともかくアエイウには何かがあって、それを必死に埋めようとしているのだ。

 エリマもきっと依存したのかもしれない、アエイウの内面を少しだけ理解した途端、傲慢にも思えるアエイウを嫌いではなくなった。

 恋慕というより母親から見た子どもの愛情に似ているのかもしれない。

 自分が教えれる全てを教えよう、アエイウに師匠として徹底的に戦い方を教え込んで、アエイウの野蛮な行動も母親のように赦した。

「アエイウ、幸せになりなさい」

 死に際、エリマは力を振り絞ってアエイウにそう伝える。声がかすれ、途切れた。

 無事に伝わったかエリマには分からなかった。

 そのままだとアエイウは不幸のままだ。

 例に出すとアエイウは怒るだろうが、レシュリーとアリーのような、そんな関係になれなければアエイウは失っていく一方だとエリマは思っている。

 いつかきっと本当に大事にしているものでさえ、失ってしまうんじゃないかとそんな予感があった。

 だから最期の言葉はエリマにとって、余計でもお節介だった。

 アエイウを弟子にしてからの日々はエリマにとって幸せだったから、せめてもの恩返しのようにエリマはそれを遺言としたのだった。

 アエイウがどう進んでいくのか、それを見守る依頼も済んでいる。

 それこそ余計なお節介だがアエイウはどう想ってくれるのか、それが少し楽しみな自分がいた。

 だからエリマはうっすらと微笑んで、死んでいった。


 ***


「逝ったか……」

 セフィロトの樹を眺め、その名前が刻まれたことを確認してバルバトスはそうつぶやいた。

 冒険者が死後に誰かの武器にしてほしいと願い、鍛冶屋を訊ねることはそう珍しいことでもない。

 けれどそれはある意味で不吉なことだった。そういう類の冒険者には自分の死期をなんとなく予見し遺言のように依頼してくるからだった。

 エリマの場合はどうだったのだろうか。

 バルバトスに依頼してきたときには、「あの子には幸せになってほしいのさ」と願望を口にしていたがそれが死を予見してのことか、長年遺言依頼を受けているバルバトスでさえ分からなかった。

 よもやバルバトスにはエリマが忘れている名前があることを知りもしない。

 ただバルバトスは長年の経験で、人の死が刻まれる瞬間が分かるようになっていた。

 今回もバルバトスは一番早くエリマの名前を見つける。

 クラミドではなくエリマ・キリザードと刻まれていた。バルバトスは疑問には思わないだろうが、クラミドの名を知っているものから見たら疑問に思うかもしれない。

 これは忘れていた名前で過ごしていた時間よりも、今の名前で過ごしていた時間――より正確には経験をより積んでいた時間の名前が優先されるからだ。

 バルバトスはエリマに頼まれた遺言依頼をこなしはじめる。

 それがエリマが見守るための準備だった。

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