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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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救手

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 グエンリンの負け惜しみの直後、エリマさんに異変が起きていた。

 アエイウがギリギリで庇ったように見えたけれど、わずかにエリマさんに魔巻物の中身は発動していた。

 そしてわずかでも当たれば事足りていた。

 グエンリンが魔巻物に封じ込めていたのは魔法ではなく――癒術。

 全剣師のステゴの力を借りて封じ込めたのか、それともDLC『唯一例外』で使えるようにしたのか、前から持っていたのか、どうやってそれを封じ込めたのかは分からないけれど、それでもグエンリンは僕たちの戦いを見て、エリマさんを倒せる保険を用意周到に作っておいたのだろう。

 封じ込めていたのは【級錯覚】だった。

 ティレーとウルを溶かした理由と同様の理由がエリマさんにも適用される。

 トゥーリやステゴに適用されないように対策を練っていたが、その対策をエリマさんにはしなかったのだろう。人質と取られて従っている状態でしかないこともグエンリンは分かっていたのだ。だからこそ、裏切ったときの保険を用意し、いよいよ誰も殺せないと分かり、エリマさんだけは逃がさないようにその保険を使った。

 エリマさんの指先がドロリと溶ける。

「ごめん。無理かも」

 抱きしめられたまま、エリマさんはアエイウに告げていた。

「ふざけるな! 何を言っている!!」

「全身から力が抜けるような虚脱感が今、アタシを包んでる。これはどうにも無理だね」

「だからふざけるな、と言っている! おい、なんとかしろ!」

 エリマさんを抱き上げたアエイウが僕の名前を呼ぶことなく、こちらを向いて叫ぶ。僕が予想以上に近くにいたのでアエイウは驚いた。

 【封獣結晶】をメレイナに預けてすぐ僕はエリマさんのもとへと近づいていたのだ。

 下の捜索をしているリアンがいれば、と少し悔やむが魔巻物なんて想定外。

 藪をつついたら蛇が、ではなくジャガー出てくるようなものだ。

 そんな例えを出したらなぜかシッタの顔が思い浮かんだけれど、そんなどうでもいいことはともかく、手持ちの球でできうることをしようと気合を入れなおす。

 覚えたての【徐々癒球(リジェネーター)】を投げる。

 エリマさんの体内に侵入し、傷をゆっくりと癒していく。何度も再生をしたため細かな傷しか残っていないエリマさんの傷がなくなったけれど、溶けていくのだけは止まらない。【治療球】や【回復球】もとりあえず使ってみるけれど効果がないうえに回復細胞の活性化のしすぎも悪影響が出る。【清浄球】と【解剤球】を同時に発動。

 状態異常でもなく薬のによるデメリットと判定されないのか、ふたつとも効果がない。

 僕が覚えている最後のひとつは【蘇生球】。

 まだ死んでもいないエリマさんに効果があるのかどうか分からない。

 それでも――作り始める。誰もが無謀、無駄だとは言わなかった。

 投擲。

 効果がない。

 エリマさんの溶解は肩にまで到達し、エリマさんはすでに意識を失っていた。

「しっかりせんか。おい、エリマ」

 怒鳴りつつアエイウはエリマさんを揺さぶる。

「そんなに揺さぶっちゃ……」

「うるさい。お前はなんとかしろ! 絶対になんとかしろ!」

「そんなの分かってる!」

 アエイウの物言いについついいらついてしまう。冷静になるべく深呼吸。

「レシュ、こっちもどうにかできる?」

 アリーに言われて振り向くとエミリーが動揺からか過呼吸を起こしていた。

 僕は医者じゃない、と怒鳴りたい衝動を抑える。

 アリーに八つ当たりしたってどうしょうもない。

 【催睡眠】があれば眠らせれるけれど、援護魔法階級5はアリーには使えない。

「大丈夫……ですから……」

 大きく息を吸い込んでエミリーさんは言う。全然大丈夫に見えないけれど、その言葉を信じるしかない。

 とはいえ、僕が現時点で打てる手は尽きている。

 ……どうする?

 迷っていた時間は一瞬。

 作り出すしかない。

「イロスエーサ。この階のグエンリンの部屋はどこ?」

「こっちである」

「どこに行くつもりだ!? エリマを助けろ!」

「助けるために動くんだよ。分からず屋! アリーたちはムジカたちを探してきて! 【催睡眠】でエミリーさんは眠らせたほうがいい」

「メレイナどのはエミリーどのを頼むでござる」

 言ってコジロウは姿を消し、アリーも昇降機へ向かう。

 僕は分からず屋を放ってイロスエーサの案内で、グエンリンの部屋へと向かう。

 イロスエーサたちはそこでDLCを見つけた。

「何をするつもりであるか?」

 イエスエーサの問いかけに僕は答えない。余裕をどこかで失っていた。

 グエンリンとの戦闘で壁の隔たりはもはやない。

 散乱した机、破壊され散らばった棚から、僕は必死に探し始める。

「何を探すつもりであるか? 某も手伝うのである」

「DLC。DLCだよ。DLC『階級向上』」

 口早に言って、棚を持ち上げ、その中を漁っていく。

「しかしそれで階級が上げても意味がない気がするのである」

「そのDLC自体には意味がない。そもそもDLCを流通させない目的もあった僕たちが直接それを使うのは本末顛倒だよ」

 口を動かしながら、手も動かす。見つからず思わずいらついて近くの椅子を蹴飛ばす。

「僕はそれを作って作り出すんだ。ユニコーンの角を基にして【滅毒球】を作ったように、ランクを向上させるそのDLCを基にして錯覚して異常を来たした身体を元に戻す新しい球を、作り出すんだ」

「なるほど。それはいい手である。ならばますます急がねばいけないであるが、焦りは禁物である」

 イロスエーサはヒゲを触って笑顔を見せる。

「こういうときこそ、落ち着いて探すのであるよ」

 イロスエーサの言葉がきっかけになったのか、僕はDLC『階級向上』を見つけ出す。意外と近くにあるという盲点。確かに落ち着いていればすぐに見つけられた位置に思えた。

 もう一度、深呼吸。深く深く深呼吸。

 集中して作り出す。効果を強く強く頭の中にイメージする。

 絶対に助ける、と念を押して。

 球が頭の中で生まれる。

 そのイメージを手の中で形成していく。

 早く助けたいという脅迫概念にも似た強い想いが僕を焦らせる。

 けれどもここが正念場。焦ってはいけない。

 あと少し、あと少し。

「死ぬんじゃない! エリマアアアアア!」

 そんな僕の耳をアエイウの声が劈いた。

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