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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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巻物


103


「諦めるのはまだ早いよ」

 僕はグエンリンの言葉にそう投げ返す。

「……えっ? なんですって?」

 グエンリンは娯楽小説に出てくる難聴系主人公のように僕の言葉を聞き返す。

「諦めるのはまだ早いって言ったんだ」

 可能性、でしかないけれどグエンリンを殺さずに倒す方法はあった。

 それはかつてディオレスが告げた答えと僕の実力が伴ってこそ、起こせる方法だった。

「何をしようとしているか知りませんが、無駄です」

 起動の読めない毒素がうねうねと木の枝を伝う蛇のように、宙で渦を描きながら僕たちへと向かってくる。

 【滅毒球】を放り投げ、毒素を消滅させるが完全に消滅せず、一時凌ぎにしかならない。

 アリサージュさんのときと違って毒素00の成分はユニコーンの角では完全消滅には至らない。それはユグドラ・シィルの戦いで分かっていた。

 けれど当てれば分散するので避けやすい。

 再び集まった毒素は逃げずに僕たちへと向かってきた。さっきよりも細分化して数が増えているのは分散させられても平気なように、だろう。

 【滅毒球】を投げる手前でさらに毒素は分散。黴が壁で菌糸を広げるように、植物が地面で根を広げるように、毒素は細く多く増え、浅く広く、そして速く僕たちへと襲いかかった。

 僕はいち早く【滅毒球】を投球。毒素が分散するが、分散した先には広がった毒素の根があった。わずかにだけれどその分散した毒素は広がった毒素に交じり、太さを増す。

 速いコジロウやネイレスさんには余裕があるものの、封獣士のメレイナや僕、エミリーさんには余裕がない。

 アリーやエリマさんは身体能力が高く、アエイウは規格外。イロスエーサは集配員として経験なのか避けることには長けているようだった。

 【転移球】でなんとか避けつつ、メレイナやエミリーさんに気を配り、間に合いそうもなければ【転移球】で援護する。毒素には転移位置が分かっていないようでなんとかそれが通用する。グエンリンなら知っていそうだけれど、それがないってことは今は独立して動いている、と僕は推測する。

 思考に僅かに集中を奪われただけで、エミリーさんが追い詰められていた。アエイウになんとかしろと目配せするが、アエイウは見てすらいなかった。

 再生による肉体疲労で集中が散漫になっているのかもしれない。

 【滅毒球】を投げて、エミリーさんに迫る毒の腕を分散。

 代わりに僕が避けきれず、僕の外套が溶ける。

 エミリーさんの救出をエリマさんが気づいて感謝のウィンク。再生を繰り返しながらアエイウに並行してエリマさんがグエンリンに肉薄。

 尻尾からの回転斬りを円盤柄短剣〔狂気のブラギオ〕が受け止める。

「無駄です。クラミィともども、あなたたちは死ぬしかない!」

 絶望しろと言わんばかりにグエンリンが言ってくる。

「だから諦めるのはまだ早いんだ」

 メレイナに目で合図。【封獣結晶】を作り出し、僕へと投げる。

 毒素に当たれば、効果が発動するが、メレイナは自分の実力を知っているからか、慎重に当たらないように投げた。

 もう一度使えば済む話かもしれないが、僕が使う手は正直一発勝負。

 そしてそれが通じなければ、グエンリンの言うとおり殺すしかなくなるのかもしれない。

「それが策とでも言うつもりですか? 毒素を封じて何になるんだ? ボクを殺せばどうなるか言ったはずですよ!!」

「お前はいい加減黙れ!!」

 アエイウがグエンリンの頭めがけて振り上げた両手を鎚のように振り下ろす。

 図らずも不意の一撃となり、グエンリンの反応が遅れる。

 今しかない。

「ああああああああああああ!!」

 気合いの雄叫びとともに僕は【滅毒球】を全力投球。

 狙いはグエンリンの心臓――すなわち毒素の核、周囲の毒素が分散し道を作る。

 ユグドラ・シィルのときのように、僕は【封獣結晶】を投げた。

 終わらせる。これで、終わらせる!!

 決意を込めた僕の【封獣結晶】が核に当たる。

 かつてディオレスはこんな話を僕にしていた。

「なあ、魔物を使った改造者は、ヒトだと思うか?」

 その問いかけに僕は答えられなかった。

「俺は改造者になっても魔物は使わなかった。なんとなく気持ち悪いと思ったんだな、これが。だが現に魔物を使う改造は存在する。空を自由に飛びたいな、って願いに、はい、グリフォンの翼~♪ って改造屋はまるで【収納】から道具を取り出すように簡単に改造者の背中に翼を作っちまうんだ」

 そのときのディオレスはとてつもなく哀しい目をしていた。元改造者として、そして改造者を狩る者として何人もの改造者を見てきたんだろう。

「俺はそんな奴らをヒトだとは思えない。魔物にもケンタウロスやハーピィ、亜人属が存在しているが、それと俺は変わらないと思ってるんだ」

 それが本音か、どうか僕には分からない。でもその次に続いた言葉だけは本音のように聞こえた。

「魔物を使った改造は、いや改造自体が、ではあるんだが、未来を潰す。可能性を潰してしまう。努力なんてしなくなる。可能性のないケダモノになっちまう。魔物と同じだ」

 まあ、魔物も実は努力してるのかもしれないから、それ以下の畜生の可能性だってあるんだがな、と蛇足を付け加えてディオレスの話は終わった。

 どうして僕にそんな問いかけをしたのか、今でも分かってない。

 でも、でもこれだけは言えた。僕は目の前のグエンリンに訴える。

「もうお前はヒトでもなんでもない。魔物だ!!」

 そう思いこむように言葉にすることで、グエンリンの顔色が変わった。

「お前は、お前は、ノードンのように……そう定義することでボクを封獣しようというのか!」

 言葉の意味は分からなかった。でもグエンリンが焦っているのが分かった。

 【封獣結晶】が毒素ごとグエンリンを吸い込んでいく。僕の力が毒素00をグエンリンを上回っている証拠でもあった。

「クラミィ、ボクを助けてくれ!」

 グエンリンはエリマさんへと懇願する。けれどエリマさんは目を背けた。

「ハハハ、こんな……こんな結末ってないだろう、ないだろうクラミィ!!」

 最後に言葉すら投げかけてくれないのか、とグエンリンは憤っているようだった。

「だったら、だったら死ねよ、クラミィイイイイイイイイイイ!!」

 身体の半分を【封獣結晶】に奪われながらも、グエンリンは【収納】によってあるものを取り出す。

 魔巻物(スクロール)だった。

 魔巻物は一時期流行した魔法を封じ込めていつでも使えるようにした道具だ。

 便利のように見えるけれど、威力が三分の一になるうえに封じ込めた魔法や癒術に応じた詠唱時間と同等の発動時間が必要だった。

 しかも何も封じ込まれていない魔巻物は高値であまり手が出せず、使用も一回きりと不便極まりなく流行とともに廃れていた。

 ある意味で骨董品(アンティーク)の魔巻物で何をしようとしているのか、僕には読めなかった。

 ただ、何かがエリマさんへと発動される、それだけが分かった。

 僕がエリマさんのもとへ動き出すよりも早く、

「ええい!!」

 気づいてアエイウが走る。その頃には魔巻物の中身が発動していた。

 アエイウがエリマさんを抱きしめるように庇う。間に合った?

「じゃあね、クラミィ。先に地獄に堕ちてろよ!」

 負け惜しみのようにそう叫んでグエンリンは【封獣結晶】に封獣される。

 コロン、コロン、コロン、と【封獣結晶】が左右に動いて止まった。

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