表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
322/874

消滅


 101


「これ、渡しとく」

「これをアタシに? らしくないですね、ブラジルさん」

 ネイレスがブラジルから手渡されたのはお守りだった。首にかけれるように紐付けされたお守り。空中庭園方式のように祈願を書かれたものではなく、呪文字が書かれて中に何かが入っているという庶民的なものだった。

 ネイレスの言葉通り、ブラジルにしてはらしくないプレゼントだった。

 教会で祈ったことがないブラジルがこういうものを信じるとはネイレスは思ってもみない。

「お守りの体裁を取ってはいるがな、書かれているのは呪文字なんかじゃねぇ、私がテキトーに書いた落書き。【死振(カモフラージュ)】みたいなものだ」

「じゃあ、ご利益は……」

「あるわけがねぇだろ、バカ。大事なのはその中身だ。もし私がいなくなって」

「縁起でもないことを言わないで」

「仮定の話だ、バカ。私は死なない。けれど仮にそうなったら中身を見ろ。きっと役に立つ。路頭に迷って金に困ったなら売ってもいい」

 首を絞められ、意識が薄れるなかでネイレスはそんなことを思い出していた。

 レシュリーたちと出会うかなり前の出来事。永遠にブラジルとの暮らしが続くのだと思っていた日々の一ページ。

 どうしてあの日のことを思い出したのだろう。ネイレスはふと思った。

 ネイレスの首にはブラジルからもらったお守りがあった。

 ブラジルが死んでもネイレスはその中身を見なかった。死んだとは思っていないからという未練からではない。これを見てしまえば永遠にブラジルとの思い出が消え去ってしまうのではないか、そう思ってしまったのだ。

 路頭に迷うこともなかった。ブラジルが作った繋がりをそのまま引継ぎ、仲間もできて生きていけていた。

 だから売ることもなかった。手放さないまま、手放せないまま、今に至っていた。

 きっと役に立つ。

 今思い出したのには意味があるのだろう。

 ネイレスは引きちぎってアリサージュへと投げつけた。

 意味が、ないように思えた。

 だが当たってしばらくして、アリサージュはわずかに苦しみ、ネイレスを締めていた手が緩んだ。

 その隙を逃さず、【韋駄転】で逃れる。お守りをどうしても諦めきれず、必死に掴んで後退。


 ***


 後退したネイレスさんを僕は【転移球】で引き寄せる。

「ごめん、助けれなくて」

「いいわよ。アタシも【変木術】を使えないほど焦ってた」

「にしても何があったの?」

「何か投げつけたように見えたでござるな」

「これよ」

 ネイレスさんは僕たちにお守りのようなものを見せてくる。

「中身は何なの?」

「今まで見たことないのよ。ブラジルさんがくれたんだけど……」

 そう言ってネイレスさんはお守りの中身を取り出す。

 人間の歯のような白い鉱石が手のひらに落ちてくる。

「何でござるか、これは?」

「どっかで見たような覚えもあるわね」

「これ……」

 僕には心当たりがあった。アリーたちが既視感を覚えているのも当たり前だ。

 一度、僕たち三人はこれを手に入れているのだから。

 そしてアリサージュが嫌がった理由も理解できた。

「ユニコーンの角、だよ」

「そっか……そういうことね」

 どうして、そんなものをブラジルさんがネイレスさんに託したのか、僕は理解していた。もちろんネイレスさんも。

 ブラジルさんはアリサージュさんがどうしても助からないとき、仮死解毒をできないときは仮死毒自体を解毒してアリサージュさんを自然死させようとしていたのだ。

 それがブラジルさんのアリサージュさんに対する救い方だった。

 そしてそれができない可能性も鑑みて、ブラジルさんはネイレスさんにユニコーンの角を託しておいた。

 ユニコーンの角には強い解毒作用がある。そして僕の手元にはその角を使って作った球がある。

 その威力は毒素00の毒素を退けるには十分だった。

 だとしたら……だとしたら……

「レシュ。ユニコーンの角で作った球があったわよね」

「もう作ってある」

 同じ結論に至ったネイレスさんに【滅毒球】を手渡す。

 僕が【封獣結晶】を投げられたように、投球を扱える忍士ならば【滅毒球】を投球することができた。

「アタシが終わらせる。いいわよね?」

「手出しは?」

「いらないわ」

「援護も、でござるか?」

「いらないわ。これはアタシの仕事。アタシが託された仕事だから」

 お守りにユニコーンの角の欠片を入れて首にかける。

 自然と零れてきた涙を拭ったネイレスは走り出した。

 この救いは間違っているんだろうか?

 頭の中に浮かんできた疑問を僕は打ち消した。

 この救いはきっと正しい。言い訳のように繰り返す。

 だって、これでようやくブラジルさんは救われる。

 アリサージュさんは呪縛から解放されて、ネイレスさんは託された想いをようやく叶えられる。

「いっけえええええええええええええ」

 僕はネイレスさんと同時に叫んでいた。後押しされるようにネイレスさんが投げる。

 僕の投球よりも遅く、けれど決して遅くはない速度。

 ユニコーンの解毒作用を避けて後退していたアリサージュさんへと届く。

 【滅毒球】がアリサージュさんの体に浸透し、そして分解していく。

 仮死毒、そして仮死解毒によって作られた体の組織にしみこんでいた毒素が抜け、毛穴が広がったように皮膚に穴が空く。

 やがて体が痙攣し、原型を留めないほどに穴だらけになったアリサージュさんの肉体が地面に倒れ、穴という穴から煙のように毒が消えていく。

 地面に倒れた肉体も、風が吹けば散る砂のように粉々になり、一瞬で消えた。

 アリサージュさんの最期、救われた瞬間だった。

「あっちでブラジルさんと元気でね」

 ネイレスさんが消えていくアリサージュさんにそう告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ