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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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不死

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 エリマさんたちが下へと降りて行くと、じっと黙っていたアリサージュさんが武器を構え、こちらへと向かおうとしていた。

 ブラギオを名乗っていたグエンリンの姿が消えたら動き出すように指示されていたのだろう。基本的にゾンビパウダー――毒素06仮死毒、07仮死解毒によって一種のゾンビ化してしまった冒険者は仮に「はい/いいえ」の選択肢があるとして、その選択肢が「はい/はい」に変わってしまうように、指示されたことをしてしまう。正確には指示されたことしかできないのだけれど、緻密に命令しておけばその命令を必ず守る。下手をすれば機械よりも精密な機械ともいえる。

 アリサージュが向かってくるとしても僕はこう訊ねていた。

「ネイレス。アリサージュさんは救えると思う?」

「どうかしら。少なくともレシュの救いとブラジルさんの思っていた救いでは、意味が違うと思う」

「どういうこと?」

「ブラジルさんは毒素07を探していたけれど、それを使ったところでどうなるかは知っていたと思うの」

 きっとこうなってしまうとブラジルさんは気づいていた。気づいていてもなお、一縷にも満たない希望で、アリサージュさんが元に戻ることを願っていた。 

 ネイレスさんの口ぶりはそう言っていた。

「そうしたらきっと、ブラジルさんは別の救い方をとった思うわ」

 頭がずきりと痛む。嫌な思い出が蘇る。今はジェニファーの武器となった少女の思い出。リゾネの思い出が頭をチクリと刺す。

 そのときにディオレスがとった救い方。

 たぶん、ネイレスさんが言うブラジルさんの別の救い方というのはそういうことだろう。

 ゾンビとなってイエスマンとして生きるのなら、ブラジルさんは自らの手でアリサージュさんを殺そうとしていた。

 今になってそんな真実が明るみになった。

「でもレシュはそれはイヤでしょう? だから別の救い方を探してみて。アタシはブラジルさんの遺志を継ぐ。遺志を継いでアリサージュさんを救ってみせる」

 ネイレスさんは殺す覚悟を決めていた。

 それでも僕にそんなことを告げたのは元に戻せるなら戻したいという意志もあるからだろう。

 ネイレスさんが涙目で決めたような覚悟を僕は認めるわけにはいかなかった。

「ごめん、アリー。無理をするよ」

「今更ね。でも私はネイレスに協力するわよ。今回は無謀すぎる。分かってるんでしょ?」

「なんとなくはね。でも諦めたくないんだ」

 アリサージュさんはすでに死んでいる。なにせ、その魂はネイレスさんが持つ武器に宿っているのだ。

 仮死どころではない。きっと本来のゾンビパウダーの効力ではない状態なのだろう。

 肉体だけになったアリサージュさんがアイトムハーレの結界外で朽ちていないのはゾンビパウダーによる効果に他ならない。

 それでもそれでもだ、やっぱり諦めたくないんだ。

「だったらやってみなさいよ」

 アリーの激励が妙に嬉しい。

「コジロウも、メレイナもイロスエーサもいいかな?」

「拙者はどちらにしろ、やるだけのことをやるだけでござるよ」

「であるな」

 コジロウやイロスエーサに釣られるように、視線を合わせたメレイナが頷く。

「ありがとう。よろしく頼むよ」

 僕が【蘇生球】を作り始めるとコジロウが僕を追い抜きアリサージュさんと激突する。

 ネイレスさんが背後を取り、アリーがニ、三歩で距離を詰めれる間合いを保って魔充剣レヴェンティに【突雷】を宿す。

 メレイナは【蘇生球】生成に集中する僕を守ってくれていた。

 前衛の三人は牽制や威嚇を繰り返し、ひたすら待ちに徹しているようだった。

 なんだかんだで、僕の救いに期待をしてくれていた。

 出来上がった【蘇生球】をアリサージュさんへと投げる。

 アリサージュさんの体へとぶつかり、体内へ侵入していく。

 一縷の期待をしてしまうのも刹那の出来事。

 そのまま【蘇生球】はアリサージュさんをすり抜け壁へとぶつかった。

「くそっ」

 アリサージュさんの肉体が仮死状態であるからか、それとももはや死者ですらないからか、【蘇生球】はアリサージュさんを認識しなかった。

 セフィロトの樹に刻まれた時点で蘇生は不可能になるけれど、それでも肉体に【蘇生球】は侵入していたような記憶と感覚が僕にはあった。

 それなのにアリサージュさんの場合にはそれすら起こらなかった。

 もはやアリサージュさんの肉体も魂もこの世界には存在せず、今目の前にいるのは別人と言っているような気さえもした。

 三人とアリサージュさんの横を【転移球】ですり抜け、消滅間近の【蘇生球】を拾う。不発の球は壁などにぶつかってから数秒後に消えるようになっていた。ただし、それまでに拾えば消失を防げる。

 僕が拾い上げたことで、他の四人もまだ策があることを認識する。

「ネイレスさん、アリサージュさんの短刀を刺して!」

 僕は叫ぶ。アリサージュさんの短刀とはアリサージュさんが今手に持っている短刀のことではなく、ネイレスさんが持つ短刀〔正直者アリサージュ〕のことだった。

 分かりにくい表現だったことを反省しつつもネイレスさんは気づいてくれた。

 何がしたいのかよく分かっていなくてもネイレスさんはコジロウが足止めした隙にアリサージュさんへと短刀〔正直者アリサージュ〕を突き刺した。

 僕はそこへ再び【蘇生球】を投げる。

 が【蘇生球】はすり抜けてしまう。

「ダメか……」

 短刀〔正直者アリサージュ〕はセフィロトの樹に刻まれたアリサージュさんの名前を使って作られた武器だ。そこにはアリサージュさんの魂が刻まれているといっても過言ではない。

 蘇生が離れてしまった肉体と魂の結合を促すことを指すのだとしたら、奇跡的に消滅していない肉体と武器に宿った魂を結合することで蘇生できるのではないかと思ったのだけれど、そんな屁理屈は通じないようだった。

「ごめん」

 万策というほどの策を練っていたわけではないけれど、僕は落ち込み謝った。

「うじうじするのは後。元に戻せる可能性は0%に近かったんだから」

 魔法はあっても奇跡がないことを僕たちは重々承知していた。

「今は安らかに眠らせてあげることを優先するわよ」

 アリーがネイレスさんとブラジルさんの意を汲んで宣言。

 【突雷】を宿しておいたレヴェンティを斬り下げる。

 アリサージュさんの動きは鈍い。もともと召喚士はそんなに素早い複合職でもないため、肩から入ってわき腹から抜けた斬撃が一筋の切り口を作る。

 そんなこともお構いなしにアリサージュさんがアリーの首を絞める。

 召喚士らしくない戦い方はグエンリンが指示しておいたのかもしれない。

 苦しみながらもアリーは笑い、狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕を【収納】から取り出す。背後には応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕があった。

 覚えたての【三剣刎慄】でアリサージュさんの首を刎ね飛ばす。

 それでもアリーの首を絞める腕は止まらない。

 アリーが慌てて胸を蹴り飛ばし、解放される。

 刎ね飛ばされた頭は地面に到達する頃には灰化して消滅。

 いつ再生したか分からないぐらい早くアリサージュさんの頭は生え変わっていた。

「なんか最近は再生する連中ばっかりね」

 ヤマタノオロチが何度も再生したのを思い出す。

 しかもヤマタノオロチと違って再生は即座。頭を分離しても、その下の肉体は動けるという厄介さがある。

 仮死状態を解いて操るというのがゾンビパウダーの本質で、仮死状態のまま放っておくとゾンビになってしまうというのが仮死毒の性質のはず。

 けれど仮死の進行を止めるためにブラジルさんのように魂をセフィロトの樹に刻み、腐食しないために氷漬けして、それでいて仮死解毒されてゾンビパウダーの本質が発揮された。

 ややこしいけれど今のアリサージュさんはゾンビに近いうえにゾンビパウダーによってグエンリンの指示を聞いているのかもしれない。 

 けれど再生能力はよく分からない。ゾンビパウダーの仮死毒によってゾンビにされた場合それが付与するのか、それとも特殊な状況によって仮死解毒の際に変質したのか。

 その原因は不明だけれど今のアリサージュさんは不死に近いというべきだろう。

「止める手段なんてあるの? 僕の救い方も、ブラジルさんの望む救い方も、どちらもできないような気がしてきたよ」

 弱気になって僕は思わず言ってしまう。

「それでも諦めない。諦めきれない」

 ネイレスさんが言う。その通りだ。

 手段がないから、はいそうですか、と諦めれるような僕たちではないことを僕が一番よく知っていた。僕たちとひとくくりにすることをアリーは呆れそうだけれど。

 ネイレスさんがアリサージュさんの心臓を一突き。

 意味もなく胸の傷だけが再生。

 コジロウが動きを止め、イロスエーサが目潰し。アリーが連続攻撃で四肢を切断。

 出血すらなく再生。 

「【魔祓】は?」

 僕の思いつきにコジロウとネイレスさんが【祓魔印】を発動。僕とメレイナが【祓魔球】を投擲。アリーが【魔祓】を宿したレヴェンティで斬り上げ瞬時に解放。

 万が一効果があるかもと思ったが召喚された悪魔に効果があるだけで案の定アリサージュさんには意味を持たない。

 アリーが斬り上げた傷だけが再生。

 倒さなければ下の階にも加勢に行けない。焦りが生まれる。

 それでも押さえ込むように深呼吸して考える。

 こういうとき、ジネーゼならどうする? 毒関係なら今は亡きブラジルさんかジネーゼの二択だ。毒素が絡んでいると連絡すれば飛んできたかもしれないけれどあとの祭り。

 今はいないジネーゼのことを悔やむよりもジネーゼならどういう毒の対策を取るか考えてみる。

 僕が思考中の間にもアリーたちは攻撃をやめないが、やまない攻撃にすらビクともしないアリサージュさんは今度はネイレスを捕らえる。

 ブラジルさんのように救おうと躍起になっているネイレスさんは動きが鈍い。

 らしくない。確実に焦っていた。

 ネイレスさんの腕を片手で捻り、盾にするように持ち上げるとアリサージュさんは片手で首を絞めていく。

 そのせいでアリーたちも迂闊に攻撃できずにいる。

 ネイレスさんをなんとか助けようと僕も鉄球を作り出す。【剛速球】を放とうとするが、アリサージュさんの目がギロリとこちらを向く。

 投げた直後ネイレスさんを球の軌道上に向けると牽制しているようだった。

 その間にもネイレスさんの首は絞まっていく。

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