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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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影法

 98


 落下しながらエリマは密かに安心した。

 改造によって毒素と融合するとは思ってもみなかった。

 【陥穽】を仕掛けたのはいいが、もしその融合によって浮遊する毒素の性質まで得た場合、落下しない恐れがあった。

 とはいえ無事に落下したということはきちんとグエンリンは質量を持っているということになる。

 一方で階下に落ちたグエンリンにはまだ余裕がある。想定の範囲外ではあるが、想定外のことは戦闘において十分に起こり得る。

 おそらく落下してくるだろうエリマを待ち構えていた。落下途中で取り出した円盤柄短剣〔狂気のブラギオ〕を握り締めて。

 円盤柄短剣(ラウンデル・ダガー)は柄の両端に円盤状の鍔がついていた。

 刀身側の鍔のほうが長く、柄頭のほうはやや短い作り。刀身はレイピアのように鋭く【鎧通】の技能がなくとも、鎧の隙間などから攻撃することが可能になっている。

 円盤柄短剣〔狂気のブラギオ〕を作らされた鍛冶屋は不審死を遂げていた。もちろん、グエンリンが正体を隠すためにやったことで、そういう意味でもこの円盤柄短剣は曰く付きだった。だからと言って特殊な効果が生まれるわけでもない。魔剣などの武器が初めてこの世に現れたとき、その武器を作るために多くの鍛冶屋が自殺を試みたこともあったが、鍛冶屋が自殺したところで、魔剣は生み出されるはずもなく、ただただ作者が自殺したという曰くが付いただけ。付いたところで何かが起きるはずもないのだ。

 エリマはすぐに落下してきた。

 一階分の落下だから当たり前だ。

 エリマが落ちきる前に狙いをつける。最初の狙いはエリマだった。

 記憶を奪ったあと、キリザート家に拾われた経緯をグエンリンを知っている。

 忘れた名前の代わりに名付けられたエリマを名乗ったことも。

 それだけなら、名前が変わった程度ならエリマは自分をあんなにも拒絶しなかったかもしれない。

 それは可能性にしか過ぎないが、だとしたらエリマはどこで変わってしまったのだろう。

 たぶん、お前だ。お前しかいない。アエイウしかいない。

 グエンリンはエリマのすぐ後ろから落下してきたアエイウへと標的を切り替える。

 激しい嫉妬に駆られていた。

 自分がああなるはずだった、ああなるはずだったのだ。

 無関心に拒絶されたのは全てアエイウが悪い。

「死ねエエエエエエエエエエエエエ!!!!」

 グエンリンの腕が伸びる。それは比喩でもなんでもなく、実際に伸びていた。

 腕が竜の頭に変化。もちろん、その竜の頭は毒素によって形作られている。

 一番の特徴は鶏の鶏冠にあたる位置がぷくりと膨らんでいた。拳骨されて腫れた箇所が大きくなった感じだろうか。そこにはふたつの穴――鼻孔が開いている。

 その竜こそがグエンリンのDLC『恐/狂竜感染』のモチーフ。首の長い恐/狂竜腕龍(ブラキオサウルス)だ。

 グエンリンはDLC『恐/狂竜感染』の開発者ゆえに、誰よりもDLC『恐/狂竜感染』を操ることができた。DLC『恐/狂竜感染:腕龍(アームズ)』によって腕龍の力を得たグエンリンは首が伸びるべきところを腕へと変化させていた。

 ゆえに常人よりも長い腕を手に入れることができた。もちろんそれだけではただの長い腕。肘さえも変化しているので、曲げれる範囲は腕龍の首が曲げれる範囲と同意義。そして腕龍の首は意外と曲がらない。

 けれどアエイウへと迫った腕龍の首は空中回避しようとするアエイウを巻き取り、地面に叩きつけていた。

 単にそれは毒素と融合していたからだ。毒素との融合により、如何様にも形状を変化できる。腕を腕としておきながら蛇のような巻きつきも可能となっていた。

 挙句、毒素だ。グエンリンと融合したことでその絶対的な毒は残念ながら薄まってしまっているが、巻きつかれている間、アエイウの体を急速に毒が蝕んでいく。

 数秒後には死が迫るなか、アエイウは瞬時に【仮死脱皮】。

 毒を治療し、蝕まれた体も正常に戻っていく。

 その間にエリマが尻尾でグエンリンの腕を叩き落とす。尻尾も毒の侵蝕が進むが、すぐに自己切断。尻尾切りしてすぐに再生。

 解放されたアエイウは【滅菌抗体(アンチテーゼ)】で毒の抗体を生成。

 完璧に防げるものではないが気休め以上のものにはなる。

 毒に対抗する策は持っていないが抵抗する術がある狂戦士はある意味で好相性。

 もちろん、融合によって毒が弱まっているからで元の毒素ならほぼ太刀打ちできなかったかもしれない。

 エリマもDLC『恐/狂竜感染:石竜』によって自己修復の力を得ているため毒に抵抗できるといえばできる。

 となると、ふたりが着地してきたあとに落下して、そのまましりもちをついたエミリーだけがその術を持っていないぶん、不利ともいえる。

 だからと言ってアエイウが待っていろと言うはずもない。むしろついて来なかったらアエイウは明らかに不機嫌になる。絶対にエミリーにその気はなくても、アエイウはエミリーがレシュリーを選んだと思い込んでしまうから。

 エミリーはそうなるのを避けたわけではない。いくら恐怖があろうと、いくら瀕死になろうともエミリーはアエイウについて行くそういう子だった。

 とはいえ、抵抗する術を持たない、ということを情報としてグエンリンは知っている。

 毒の腕の矛先は当然エミリーを向いた。まるで意志でもあるかのように、ぐねぐねとアエイウとエリマをすり抜けて。

 瞬間、アエイウとエリマは動く。それを計算に入れて、グエンリンは【影縛刺(シャドウニードル)】を発動。グエンリンの影が延び、アエイウとエリマの足を掴み、地面に縛りつける。忍士の上級職、影師の影法技能のひとつで、自らの影によって足から徐々に動きを止めていく技能だった。

 エリマとアエイウがアイコンタクト。エリマが長方形剣〔巻舌のヒュッヒューイ〕をアエイウに投げ、同時にエリマは鉄盾銃〔ごり押しのヴェーヴェッカス〕をグエンリンに発砲。粒状の塊のような毒素であるグエンリンには通常なら効かない。

 けれどエリマの放った弾丸はグエンリンの心臓があった位置を狙っていた。

 毒素と融合した時点で、人間としてあった臓器はもはやない。けれど毒素にも核がある。その核の位置が心臓の位置にあった。

 グエンリンは避けざるを得ない。避けてもなお、グエンリンの腕は自らの意志を持っているのか、エミリーを狙う。

 だがエリマたちの狙いはそこではなかった。

 少し遅れてアエイウがエリマの足を切断。エリマたちは【影縛刺】の効果を知らない。それは強硬手段だった。足止めされたから足を切って動くという。

 けれどその判断は吉。足止めから解放され、そのまま宙に浮いたかたちとなったエリマの足がDLC『恐/狂竜感染:石竜』の力を借りて再生。【速勢・跳躍型】で長柄大鎌〔反乱軍のシェイアード〕に切り替え、アエイウの足を切断。アエイウが【肉体再生】で足を修復。その足でグエンリンへと向かう。

 一方エリマはアエイウを踏み台にして、さらに跳躍。

 【攻勢・突撃型】で蹴具〔地獄単騎のウーフェル〕に切り替え、エミリーへと伸びる魔の手、グエンリンの毒手を蹴り飛ばす。

「ハハハ、ハハハハハハ! いいね、いいよ、クラミィ!」

 何を思ったのかグエンリンは哄笑する。エリマたちの対応力に感嘆したのか、それとも余裕の表れなのか、エリマには分からない。

 ただ、これだけは主張する。あの時と今は違いすぎるから。

「今はエリマよ」

 クラミドはもういないのだ。けれどグエンリンはそれを理解しようとしない。

 クラミドはクラミドのままだと思い込んで、エリマを見ようとしていない。

 だから気持ち悪いのだ。

 蹴り飛ばされた毒手がグエンリンの手元まで瞬時に戻る。伸縮自在。

「キミが支えられているもの、全部奪ってやる!」

 宣言と同時に肩が膨れ上がり、腕が肥大化していく。

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