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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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心情


97


「何をバカなことを」

 一瞬だけ、ブラギオは目を見開いて、それを悟られないようにすぐ表情を戻す。

「記憶を取り戻したときから薄々気づいていたのさ。アタシの記憶の中のブラギオと目の前のブラギオが全然、姿が違うって。今のブラギオは少し若すぎる」

「若返りの方法があることを知らないだけでしょう。それにだとすれば、長い付き合いのあった[十本指]の方々が疑わない、というのはおかしな話ではないですか?」

「ラッテたちは今のブラギオにしか会ったことがないから分かるはずがないよ。キムナルだってそう」

 ディオレス、ブラッジーニ、ユーゴック、ブラギオを除いた旧[十本指]の六人と名を挙げた四人の年の差は離れすぎている。

「ブラジルさんやディオレスは別人だって分かっていても、黙っていそうだね」

「でござるな。相手が何をしたがっているか、それを見極めようとしていたのかもしれんでござる」

「そういえばブラジルさんは、あなたのことを性格破綻者だって言っていたことがあったけど……もしかしたらそれ、昔と性格が違いすぎて別人だってバレバレだぞ、って言いたかったのかも」

 ブラッジーニにディオレスと面識のあるレシュリーたちが口々に憶測を言い出す。

 怪しいから怪しいと指摘せず、怪しいとしても様子見のために黙っておく。

 ブラッジーニは分かりにくい悪口を飛ばしていたこともあるようだが、ディオレスの場合は特に黙っていた可能性も高い。そういうことをやりかねない。なにせ身勝手に自殺するような突拍子もない冒険者なのだ。

 β時代から生きる鍛冶屋バルバトスももしかしたら知ったうえで黙認していた可能性すらあった。

「というわけで、[十本指]が疑わないって理由は通用しないけど?」

 強気にレシュリーが指摘すると

「やれやれ……本人が成し遂げたかったセフィロトの樹の破壊工作やらも行ってはみましたが、無駄骨ですか……」

「じゃあ……やっぱり……」

「そうだよ。ボクはグエンリンだ。クラミィ」

 グエンリンは[十本指]を例に出してごまかそうとしていたが、かつてレシュリーたちも対峙したユーゴックには実は疑われている。放置して企みを暴こうとするディオレスたちとは違って、ユーゴックは自分の正義を絶対正義と信じて動く。ゆえに偽者だと確信に至れば殺させる可能性もあったが、グエンリンは物で釣って正義を捻じ曲げていた。

 そうして手に入れたのが経験値集中腕輪〔喜劇王ドリフタン〕だったのだ。

 もちろん、それをグエンリンが告げることはない。

「今はエリマよ」

 かつて呼ばれていた名前での愛称を呼ばれたエリマはそう返す。

「頑なに固執しないでおくれ」

 わずかにエリマに近寄ろうとするグエンリンだったが、アエイウに下手に警戒されて近寄れない。少し残念そうにその場に留まった。

「何が目的なのさ? 自分がブラギオじゃないとばれないようにするには記憶を封じておけばよかったのに」

「実はブラギオであることにもはや意味はないんだ。キミがここにいて、ボクがこうなった以上は」

「どういうことだい?」

「ボクは、あのほの暗い実験室でキミと出会ったときから、何も変わってない。ボクはね、ボクはね、強くなってキミと会いたかった」

「意味が分からないね。あそこから逃がしてくれたのはアナタだったはずだよ」

「それはキミが邪魔だったからだよ。ボクが強くなり、ボクがキミを守れるようになるためにはね」

 今まさに正体を明かして、エリマと会話していることが楽しいと言わんばかりに愉悦に歪んだ表情を見せてグエンリンは語り続ける。

「ボクは永遠に一位になれる力が欲しかった。そうすればなんだってできる。キミを守ることだって、助けることだって、救うことだって。キミが望んでいようがいまいと、力があればそうすることができた。けれどあそこにキミが留まれば、ブラギオは――ボクが殺した本物のブラギオはキミを利用し続けただろう。ボクよりも効果的なキミを。だからキミを逃がした。ブラギオはキミをわざと逃がして外の世界で試練を与えることでキミを刺激して、実験をより効果的に進めようとしていたようだけれど、それはボクがさせなかった。キミに危害が及ぶ前に、ボクが実験になったことで完成間近だったDLCの原型――それを使って逆に殺してやった」

 グエンリンの告白にも似た独白は続いていく。狂気じみた笑顔はまるで本物のブラギオを今まさに殺して興奮冷めやまぬ状態を体現しているようにも見えて、レシュリーたちは僅かばかり戦慄してしまう。

「ブラギオを殺したボクだけど幾許かの後悔があった。だって彼を殺したら彼の研究で強くなるはずだったボクはこれ以上強くはなれない。でもブラギオという人間は律儀なものでね、今までの実験のデータのみならず、彼は些細なことですらメモを取っていた。それを見てボクは喜んだよ。後悔なんて吹き飛んだよ。まだまだボクは強くなれる。けれど強くなるためにはグエンリンの、ボクのままではダメだと思った。だからボクはブラギオの死体を隠して、ブラギオに成りすますことにした。もちろん助手たちは疑った。当然、殺してやったよ。まだ、あのときは若返りどころか若作りの術さえなかったから」

 語り続ける間もレシュリーたちは動けずにいた。ちらりと見えるアリサージュが持つ【封獣結晶】が脅威となり、動けずにいる。

 あの中には毒素00が封印されているのだ。おとなしく聞いていれば投げない、そう言われているようで、身の上話をするブラギオへと攻撃できずにいるのだ。

「グエンリン。アナタがブラギオに成りすました経緯なんてどうでもいい。それよりそこまでして強くなって何をしようとしているんだい?」

「言ったじゃないか、クラミィ! キミを守るためだって」

 エリマだと言い返す暇すら与えず、グエンリンは二の句を紡いだ。

「ボクはあの実験室のなかで一番になればいいと思ってた。だからブラギオが理想の世界を作り出すのを手伝っていた。それだけでよかった。満足だった。でもキミが来てボクはふと思ったんだ。キミを守りたいって。キミを殺したくないって。キミは運よく実験に適合して、だからブラギオはもっと危険な、死ぬ可能性すらある実験をキミにしようとしていた。だからボクはブラギオをそそのかして、一旦外の世界に出ることで経験値を稼がせることを提案して、ボクがキミの味方であり続けるために逃亡の手助けだってした」

 一度大きく息を吸い込んでから

「すべてはキミを守るためだ、クラミィ!」

 グエンリンは空気を切り裂かんばかりの大声で叫んだ。正直、耳を塞ぎたいぐらいに。

 現にアエイウはええい、うるさいとぼやいて耳を塞いでいた。

 グエンリンの言葉は止まらない。喋れば喋るほど饒舌になっているようだった。

「そこまでしてキミを守ったのは、そしてボクが実験を耐えここまで強くなったのは、全てキミのためだ。クラミィ! ボクはキミに一目ぼれした。そしてキミを守るためにここまで強くなった。DLCで平等な世界を目指すのはブラギオの意志を真似しただけ。口上として使いやすかったから使っただけ。ボクの本当の目的はキミを守りたかったからなんだ。愛している、クラミィ! 愛しているんだよ!」

 突然の愛の告白に、エリマはたった一言。無感情で答える。

「気持ち悪い」

 告げた言葉には嫌忌や嫌厭や厭忌に嫌悪、憎悪、それどころか愛情も好意も好情に情愛、好感に至るまであらゆる感情が排除されていた。

 気持ちのベクトルが正にも負にもぶれていない。エリマの心は全く揺れ動いていなかった。

 だからこそグエンリンに突き刺さる。

 エリマとしては守りたいだの身勝手に言い出した時点で、何を言ってくるかは想像に難くなかった。

 決して口では好意を告げないアエイウや、真っ直ぐ想いを告げるレシュリーと違い、グエンリンの行為は回りくどすぎた。

 それでいて、あのときも実は守っていたと恩着せがましく告げて告白されたところで用意できる言葉は少ない。

 グエンリンは決してバカではない。聡い人間だ。

 嫌われることも想定していた。

 けれどその想定も覆った。負の感情のベクトルすらも封じ込めて、エリマはグエンリンに告げたのだ。

 無関心の刃はグエンリンの想定を斜め上どころか方向すらも分からないほどに抉り取っていた。

「…………ッ!」

 擦り減った心と湧き上がる怒りを抑え込むようにグエンリンは震える拳を握り、下唇を噛み締めた。

 しばらく押し黙って、そうしてグエンリンはエリマを睨みつけた。

「アリサージュ!」

 そうして待機している意識なきブラッジーニの妹を呼ぶ。「毒素をっ!」

 次の言葉に全員が警戒して、武器を構えた。

 グエンリンが【収納】していたDLCを取り出す。注射器型。

 アリサージュが毒素の入った【封獣結晶】をグエンリンへと投げる。中から毒素が展開すると同時に手に持った注射器を自分へと突き刺す。

 DLC『改造方法』だった。封印しかできなかった毒素00をグエンリンはそのDLCによって取り込む。

 グエンリンは毒素と混じり、雑じり、一体化していく。

 全体が毒に蝕まれ、一瞬で毒霧のように分子化される。

 再びグエンリンの姿に構築されるが、目を凝らせば粒の集合体だということが理解できた。

「さあ、行きますよ。これがボクの力です」

 もはやグエンリンの目的は消滅していた。エリマに嫌われたら、エリマ以外の邪魔者すべてを殺して、エリマを手に入れようと思っていた。

 けれどエリマにこうも極端に拒絶され屈辱を味わったことで、エリマをも殺してしまおうと、まるで振られたことで逆上して彼女を殺してしまう彼氏のような変貌を遂げてしまっていた。

 そうして一歩踏み込んだところで、グエンリンは階下に落ちた。

「……」

 全員が唖然とした。

「あの子は任せていいかい?」

 アリサージュを指してエリマはレシュリーに問いかける。ウィンクしたエリマにレシュリーは慌てて頷く。

 そうしてレシュリーはグエンリンの落ちた理由に気づく。仕掛けたのはエリマだった。

陥穽(ピットフォール)】。

 討伐師たるエリマの討伐技能のひとつで、景色に同化する落とし穴だった。

 それに我を忘れたグエンリンは無警戒に嵌まり、下へと落ちたのだ。

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