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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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翼竜


89


「ぬがああああ!!」

 戦闘を終えたアエイウが叫ぶ。傷は【肉体再生】で治療したが、精神磨耗はややひどく疲れた顔は隠せないでいるようだった。

 それでもアエイウは叫んだ。

 【闇王子】に巻き込まれて何もできなかったからではない。

「オレ様の女が死んだ!! もうちょっと巧く戦えないのか、貴様らは!」

 そのせいで、トゥーリを失ったことを嘆いていた。

「何怒ってるのよ。あんたアホなの?」

「下手したらみんなやられてた。エミリーさんだってどうなったか分からないよ。なぜか同士討ちし始めたんだから利用しない手はないでしょ?」

 アリーが呆れるなか、僕が説明しておく。卑怯だけれどエミリーさんの名前を出す。エミリーさんを邪険に扱うアエイウだけれど、それでも敵に傷つけられることを極端に嫌っている。

「ぬぅ……」

 案の定、アエイウは押し黙る。

 トゥーリがアエイウを鬱陶しく思い、【闇王子】に巻き込んでくれたのは、言い方は悪いけれどラッキーだった。動きの読めないアエイウはどうしても戦術に組み込みづらい。

「あの……」

 アエイウが押し黙ったタイミングでエミリーさんが恐る恐るこう告げた。

「なんか焦げ臭くないですか?」

 スンスンと鼻孔を広げて、臭いを嗅ぎながら周囲を見渡す。

「おい、やべぇぞ。下から煙が上がってきている!」

 舌なめずりしながら犬っぽく鼻をかいでいたシッタが宣言する。

 換気していないため【煙球】の煙がまだ残っているのか、と僕は思っていたけれど、それは間抜すぎにもほどがあった。

「リアン……!」

 アルがシッタの言葉を受けて下へと走りだす。

 下にはケガをしたフィスレさんたちに護衛のイロスエーサたちがいる。

「ちぃ、無事でいろよ、フィスレ」

「オレ様の女どもがケガしてないだろうな」

 アエイウの言葉にはもはや誰もツッコミを入れない。

 僕たちは急いで下へと駆け戻る。

 そこには――


 ***


 時間は幾許か遡る。

 プティラ・ノードンは慈悲を与えたくて辛抱ならなくなっていた。

 大氷穴でアリサージュ・アトスを一目見たときからプティラは慈悲を与えたくて仕方がなかったがブラギオに禁止されていた。

 ノードンの慈悲は中毒と同じ。我慢などできようはずがない。

 アリサージュに与えることができないのなら、対象は移り変わる。

 自分の個室とは違う、四階のノードン専用の個室で、ノードンは慈悲を与えていた。別の対象に。

 その四階の個室は懺悔室と呼ばれてた。

 机の上には睡眠薬。漂うのは消毒液の臭い。

 聞こえてくるのは必死に気持ち悪さを耐えているミンシアの声。ノードンに顔を撫でられ、それを我慢していた。

 もう戦闘は始まっているだろう。ウルとティレーがおかしな状況になったとブラギオに報告を受けて追加のDLCを飲んでいる。

 その様子をミンシアは眠ったふりをして聞いてしていた。

 それ以降様子を窺っていたミンシアだがブラギオの干渉はない。

 やるなら今だ、ミンシアは眠ったふりをしながら好機を窺う。

 ミンシア・デドラーゼは才覚がある。

 その才覚によって彼女はあることをされても全く意味を持たなかった。

 ゆえに言った。

「いい加減、顔をべたべた触るのはやめてもらいます? すごい気持ち悪いので」

 睡眠薬で眠っていた演技をやめて、ミンシアはノードンの胸へとめがけて手早く【収納】から出した短剣〔気づいて傷ついたジェンジー〕を突き刺した。

 突然の出来事にうっとりと顔を撫でることに夢中になっていたノードンは避けることもできなかった。

 ノードンは倒れたまま、ぐったりと動かない。

 しばらくその様子を眺めて、ミンシアは咄嗟に窓ガラスを割って、没収されていた防具を取りつける。

 その後、ひっそりと懺悔室の入口から逃げ出していく。

 ミンシアの才覚は〈無剤放免(アンチテーゼ)〉といった。

 彼女には解毒剤、鎮痛剤といった薬が効かない。麻痺や毒といった状態異常を薬剤で治療することができない。

 それだけだと一見デメリットしかないように見えるが、彼女には自白剤も睡眠薬も効かない。

 睡眠薬を意識を奪い、顔を愛でていたノードンの行動は不快でしかなかった。意識が奪われてないのだ。ゾゾゾゾと寒気が走るのを必死に我慢したのだ。

 それでも脱出のために先ほどのような隙を狙っていた。

 わずかに突き刺した短剣は心臓からずれていた。ノードンが油断していたとはいえ本能的にずらしたのかもしれない。それでも、慈悲を与えることに自信を持っていたノードンのプライドをズタボロに引き裂いたのは事実。

 精神的な苦痛は精神磨耗につながり、削り取られた精神力は枯渇すると死を呼び込む。今回はそこまで到達してないとはいえ、気絶する程度の苦痛を与えていた。

 ミンシアは慎重に四階で階段を探す。

 四階は個室も多く、地図もないがシンプルなつくりだ。それでもミンシアは警戒を怠らず慎重に進む。個室が多い分、敵もそれなりに潜んでいるかもしれないからだ。

 幹部を除く集配員は全員死亡していることをミンシアは知らない、知っていればもっと早く四階を降りることができたかもしれない。

 ミンシアが三階へと辿り着いた頃、

 はっ、とノードンは目を開いて起き上がる。

「私としたことが……」

 油断していた自分に憤り、ミンシアの言葉を思い出して怒りに震える。

 屈辱だった。慈悲を否定された。睡眠薬が効いていなかったのか、と疑問よりも脳裏に反芻されたミンシアの言葉に何度も何度も腹を立てる。

 割れた窓から吹いてくる風に頭が冷えることはない。プライドを穢されたノードンはミンシアに許しを請うまで慈悲を与えることしか頭になかった。

「まさか、窓から飛び降りたのでしょうか?」

 割れた窓から外を見渡して、血溜まりを見つける。

「自滅?」

 いや、それは考えにくい。それでもその血溜まりが気になってノードンは窓から飛び降りた。

 普通の人間は飛べない。

 忍士なら、ネコのように体を捻って着地することもできるし、そもそも【転移球】を使えるので着地間近で地面に転移することもできる。

 獣化士なら飛行系の魔物になればそれを飛べる。

 けれどノードンは大砲師だ。魔砲士の上位職。自由に飛びたいな、と思っても飛べることはできない。

 だがノードンには力がある。DLC『恐/狂竜感染(ダイナミック):翼竜(ウィング)』。恐/狂竜プテラノドン(翼竜)の力を得ている。飛び降りたノードンの左右の腰あたりから手首の間に水かきのような翼が生える。羽ばたいて飛翔することも可能だが、ノードンは空気の流れを読んで滑空。血溜まり付近へと着地。

「あの女の血ではないようですね。そもそも、飛び降りたのだとしたら死体はこのようにならないでしょうし」

 言ってからまるで自爆したようだ、とノードンは感づき、ああ、なんて哀しいことを、と推測した事実に嘆いた。彼女にはまだ慈悲を与えていないのに。

 一階にいたのはウルとティレーでしたが、嘆かわしいことです。

 唐突に仲間の死を悟ったノードンは神父らしく祈りを捧げて、

「ということは窓ガラスから飛び降りたように見せかけて、扉から普通に出て行ったというのが妥当な線でしょうね」

 血溜まりが気になったとはいえ、外に降りたのは下策でしたか。再びノードンは四階に登ろうとして、飛翔をする間際、破壊された一階の入口の隙間からリアンたちが降りてくるのが見えた。

「これはこれは」

 シッタよりも下品に舌なめずりをして、ミンシアに与えられた屈辱をすぐに忘れた。

「慈悲を与えたいものたちがあんなにもいっぱい降りてきましたねぇ」

 ゲスな笑みを浮かべたノードンは疾走して風に乗り、手を広げて翼を拡張。思いっきり、リアンたちへと突っ込んでいく。

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