急所
7.
僕たちの戦いが終わったことに気づいたユーゴックが一度後退する。
「なんと言うことだ! セハラバ・バスティーヌ、ハゲ・ドゥー、キキリン・キ・リンキ、尊い3人の命が失われてしまった。許さぬぞ、許さぬ。ディオレス!!」
怒りの形相で叫ぶユーゴックに対し、ディオレスはあくまで冷静。
「そりゃ、お前が悪い。そんな腕輪をしてりゃあな、当然の結果だ」
そう言ってディオレスは簡単に説明を始める。曰く、経験集中腕輪〔喜劇王ドリフタン〕と呼ばれる腕輪をしている人は、多く経験値を得ることができるらしい。けれど、それは逆に、一緒に戦った仲間の経験値を奪う行為でもあった。
得られた経験値を仮に10として僕とコジロウ、アリーにディオレスの四人に分配される場合、ランクに比例して配分される。10だと2.25:2.25:2.25:3.25。こうやって本来なら経験を得るはずなのだが、経験集中腕輪〔喜劇王ドリフタン〕を装備していると装備しているものは確実に経験値を七割得ることができた。ユーゴックたち四人で10の経験値を得た場合、その比率は7:1:1:1。もちろんユーゴックが七割もの経験値を取得する。
だからセハラバたちは弱かった。ユーゴックと成長速度が七倍も違うのだから、それでもなんとかなったのはユーゴックがいたからだろう。おそらくあの三人は経験集中腕輪をただの腕輪だと思い込んでいたのではないだろうか。
「この腕輪のどこが悪い。強くなるには当然のことだ。我輩が強くなり、さらに強い敵を倒せば、あやつらは何もせぬとも強くなれる。正義の恩恵が得られる。だからこそあやつらは我輩の正義に従ってきた」
「くだらねぇ。全員が戦って経験分散したほうがよっぽど強くなれるぜ」
「笑止! 早々強くなられては困る。恩義を感じさせねば将来我輩の正義の障害になるだろう?」
「俺に勝てなかったことがそんなに悔しかったのか? そこまでしてお前は誰かに負けるのを恐れるんだな!」
「当然だ。正義の敗北は許されぬ。正義が悪に屈してはならぬ。あの一度の敗北は屈辱しかなかった。だからこそ、我輩は進化した。もはや我輩に弱点などはありはせぬ。そしてあらゆる悪を裁き、正義を遂行する」
「わーお! それが言葉通りだったら、すげーザコになっちまったようだな、正義超人!」
「抜かせ!」
ディオレスとユーゴック、ふたりが激突する。どちらが正義なのか証明するかのように。
***
ディオレスがユーゴックの正義超槍〔絶対正義マスクオブザジャスティス〕の範囲に入る。
途端、ディオレスは速度をあげて超接近。ユーゴックの横払いに合わせて跳躍するとそのまま剣を振り降ろす。払いの反動で避けれないユーゴックは左腕でそれを防いだ。皮膚に鮫肌剣が侵入し、筋肉に骨まで切断。左腕が吹き飛ぶ。ディオレスが着地し、さらに鮫肌剣を振るう。
「るぶらぁ!」
変な気合とともに、ユーゴックが左拳を振るう。そこで僕は違和感に気づく。左腕はさっき切断されたはずだ。地面を見れば、切れた左腕が落ちている。【肉体再生】だった。
「何やってんの!」
僕よりも疲れているアリーが僕を追い越し、駆けていく。援護に向かうつもりだった。
僕も並走する。
コジロウはどこにいるのか探してみたら、もうすでにユーゴックへと切りかかっている。
出遅れたのは僕だけだった。
「滾れ、レヴェンティ!」
アリーがレヴェンティに【炎轟車】を宿す。
「大丈夫なの?」
「休めば回復するわよ、こんなの!」
と強がりつつも顔色が若干悪い。無理はさせれない。とはいえ僕も痛みが再燃し、力強く握れないのが事実だった。
僕は走りながら【蜘蛛巣球】を放る。
ユーゴックは【蜘蛛巣球】に気づきながらも避けることすらせず、ディオレスに拳を振るっていた。激突し展開した【蜘蛛巣球】は今までよりも粘着性があがっているように思えた。なのに、ユーゴックの動きを少し鈍くした程度、動きを止めるには至らない。
しかも【筋力増強】によって強化された肉体が、屈強たる糸を引き千切った。
でも無意味だったわけじゃない。ユーゴックの鈍った拳をディオレスが回避。鮫肌剣〔子守唄はギザギザバード〕がユーゴックの右肩を抉り、そのまま、胸へと進撃。胸の真ん中まで進撃したところでディオレスは鮫肌剣を引き抜き、狩猟銃〔散財のヴィアンカ〕を腹にめがけて一発。腹が裂け、内臓が飛び出る。
倒れるユーゴックに追撃するようにコジロウが【伝火】を放る。突き刺さった忍者刀〔仇討ちムサシ〕がユーゴックの裂けた腹を焼く。
ユーゴックのもとに辿り着いたアリーが跳躍し、ユーゴックの喉を突き刺した。【炎轟車】の宿ったレヴェンティが喉元から焦がしていく。
僕も追いつき、駄目押しの一撃を脳天へとぶちかます。鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕が頭蓋骨を破砕し、脳細胞すら破壊する。
僕たちはユーゴックを無残なまでに破壊していた。ユーゴックから感じる説明しがたい、得たいの知らない何かに恐れるかのように。
「まだ終わってない」
ディオレスの言葉に僕は身震いする。
同時に破壊されたユーゴックの体が動きだした。僕がぶちまけた脳が修復され、頭蓋骨が元に戻る。アリーが焼き焦がした喉が修復され、コジロウの焼いた内臓が活気を見せ、再び動き出す。ディオレスの破壊した腹部が治り、引き裂いた右肩すら回復する。
元に戻ったユーゴックは笑みを零したままディオレスに殴りかかり、連続して放たれた拳は乱舞するように僕達を襲う。後退した僕達を今度は2mもの正義超槍が強襲。素早く距離を離したアリーには当たらず、コジロウは跳躍で回避。ディオレスも冷静に槍の軌道を読んで対処していたのに、僕はその横薙ぎに激突。そのまま吹き飛ばされる。穂先に直撃したわけではなく、あくまで柄に激突しただけだが、力任せに振るわれた槍の威力は生半可ではなかった。
肋骨が折れていたことをすっかり忘れていたし、また鈍い音がしたからまた何本か折れたに違いない。くそったれ!
「ディオレス! 我輩には勝てぬよ!!」
「ははっ、お前がそんなことで死なないことは分かっている。ただやはりお前は以前のお前と違う。むちゃくちゃな強さだな。さすが経験集中腕輪の成せる技。経験値をたっぷりと稼いだせいか、以前と再生能力が格段に違う。こりゃ迂闊に急所の蝸牛も狙えないな」
僕たちに聞こえるようにディオレスは言った。それはもちろん僕たちに急所を伝達するために他ならない。狂戦士は強化と再生を得意とするが、なぜか急所を残しておいたほうがいいと言われていた。
蝸牛。かたつむり、ではない。かぎゅう。耳。内耳にある聴覚を司る感覚器官のことだ。うずまき管とも呼ばれる。かたつむりに似た巻貝のような形をしているから蝸牛と呼ぶはずだ。リンパ液で満たされているその蝸牛こそが、ディオレスが語る急所、つまりユーゴックの弱点だった。
「笑止! 我輩にもはや急所はない」
当然のようにユーゴックはそれを否定する。当たり前だ、はいそうですかと言うわけがない。
それとも本当に急所がないのか。それはやってみれば分かることだった。
耳の中をぶち抜く。当面の標的が定まった。
いち早く駆け出していたのはコジロウ。続くのはアリー。ディオレスは狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕の引き金を引いたまま待機。
僕も遅ればせながらアリーに追従。
コジロウが大振りの槍をしゃがんで避け、膝めがけて蹴りを放つ。強靱な筋肉に包まれたユーゴックの膝は折れはしないが、体勢は崩れる。さらにコジロウが追撃。効果は薄いと分かっていながら【苦無】を連射。ユーゴックの体に全部突き刺ささったのを確認したコジロウはさらに忍者刀〔仇討ちムサシ〕で胸板を突き刺した。そのまま地面へと屈服したユーゴックだったが、腕力のみでコジロウを払いのけ、さらに前進の筋肉を震わせるだけで突き刺さった【苦無】を引き抜いた。
しかしコジロウの追撃は囮。アリーと追従していた僕が接近。アリーがレヴェンティをユーゴックの左腕に突き刺し、【炎轟車】を解放。左腕から胴体へと燃やし尽くしていく。最中、ユーゴックは右手に握る槍を投げ捨てアリーを豪腕で掴む。
すぐさま宙へと放り投げたあと、燃え盛る左腕を自ら引き裂き、胴体への侵入を阻止する。
そのまま、燃え盛る腕を宙に浮かぶアリーめがけてぶつけ、さらに回し蹴り。宙で体勢を整えつつあったアリーはレヴェンティで燃え盛る腕を払いのけ、すぐさま腕を組んで防御。なんとか直撃だけは免れたがその衝撃は強い。
しかしだ、ユーゴックは僕の存在を忘れている。回し蹴りの反動は大きく隙もでかい、それを突いて僕はユーゴックへと再接近。さらに払いのけられたコジロウも復帰。【影分身】によって増えたコジロウが空中四方から飛びかかる。しかしユーゴックも【肉体再生】によって傷を癒していた。
ひとりのコジロウが胸板へ再度強襲。それは修復された左腕で阻まれるが、胸板への強襲は囮。背後のコジロウが背を突き刺し、左右のコジロウが【苦無】を連射。
僕が真正面から【戻自在球】をぶち当てそれをさらに【蜘蛛巣球】へと変化させる。透明の糸がユーゴックの四肢を鈍らせた。がその糸から逃れた右拳が僕を強襲。
「るぶらぁあああああああああああ」
気合の拳を鷹嘴鎚でなんとか防ぐも衝撃がすごい。そんな僕の肩を踏み台にして跳躍するのはアリー。空中から振り下ろされたレヴェンティがユーゴックの右肩を抉り、
「ぶちまけろ、レヴェンティ」
途端【同身】がレヴェンティに充填。二本になった魔充剣をそれぞれの手に握ると左右に引き抜き、腹を内部から切断。
上下二分されたユーゴックの上半身をコジロウのひとりが支え、ふたりのコジロウが耳をめがけて【幾千針】を放つ。細々とした針が幾千にもユーゴックの耳を狙い、そのうちのいくつかが耳の内部へと侵入。ユーゴックの蝸牛を打ち抜いた。
さらにアリーが首を切断。コジロウが吹き飛んだ顔を蹴り飛ばし、僕がその顔を鷹嘴鎚で破砕、【火炎球】で焼き尽くした。
徹底的、容赦のない破壊。しかし――
「まだだ!」
ディオレスの怒鳴り声が聞こえた。
ユーゴックの二分された下半身から骨が生まれ、肉がつき、筋肉繊維が彩られ、脳が頭蓋骨に包まれ、そして皮膚が全身を覆い、つまり上半身が再生したユーゴックはニヤリと笑った。【仮死脱皮】したのだ。
急所は蝸牛じゃなかった。
「どいてろ!」
ディオレスの言葉で僕たちは散開。
進路に僕達がいないことを確認したディオレスは再生したばかりのユーゴックへと狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕を向けて引き鉄を離す。狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕は溜めることができ、引き鉄を引いたままの時間に比例して、発射する粒子を巨大にできた。
貯蓄された粒子は発射口よりも大きな粒子砲と変化し、ユーゴックを襲いかかる。十分に避けれそうな距離ではあったのにユーゴックは動かない。わざと避けないのだと理解した。顔以外を残して、ユーゴックの全身が一瞬にして消し飛ぶ。
恐怖するように転がった顔をアリーがレヴェンティで切り裂いた。
「フハハハハ!」
直後裂けた顔が笑い、なくなった喉が笑い声を紡ぐ。ユーゴックの顔がくっつき、傷が消え、宙に浮く。そして根が生えるようにユーゴックの顔から体が一気に生えた。また【仮死脱皮】によって復活したのだ。
「効かぬ。効かぬぞ! ディオレス! 貴様はその程度か!」
ユーゴックが吠えた。
僕は恐ろしくなった。人形の狂乱でアエイウという狂戦士を見たけれど、彼なんて生ぬるい。そう思えるほどの狂気がそこにあった。
ほぼ死ぬはずの傷を一瞬に治す【仮死脱皮】に些細な傷を一瞬で再生する【肉体再生】。たぶん、それだけじゃない。脳の損傷による記憶障害に備える【記憶保存】に瀕死状態を防ぐ【偽造心臓】。
ありとあらゆる再生能力を詰め込んだユーゴックはまさに狂っていた。
「我輩は言ったはずだ。弱点はない、とな」
「てめぇ。マジで急所をなくしたのかよ……へ、ザコに成り下がったな」
けれどむしろ安心した、と言わんばかりにディオレスは笑っていた。
「笑止ッッ!! ありとあらゆる攻撃から再生する我輩は無敵、無敵である。全ては……」
「正義のためってか。くだらねぇ」
ディオレスが僕の横切り疾走。
そのとき、僕に呟いたセリフは驚愕なものだった。
「本当にいいの?」
疑い、困惑の顔を見てもディオレスの意志は揺るがない。
「ああ。【治療球】をあいつに投げろ」
それがディオレスの言葉だった。
意図が分からない。それでもディオレスの言葉を信じるしかなかった。
ディオレスの鮫肌剣と超槍がぶつかる。その長すぎる槍にディオレスは攻めあぐねていた。
そのさなか、僕は投球する。攻撃系以外の投球はどんな投げ方をしても当たる。
それは分かっているが僕は加減などせず今の全力でユーゴックに投げた。それが何なのか気づいたユーゴックはなぜか焦る。ディオレスを必死に払いのけ、【治療球】から逃げ出した。
どうしてだろう?
疑問に思うものの、追尾する【治療球】からは逃げれない。そう思いきや、ユーゴックは近くにあったセハラバの死体を放り、それに当てて回避。
もちろん、【治療球】に蘇生効果はなく、不発に終わる。
けどユーゴックが逃げるのは妙だった。
「やっぱりか」
ディオレスが自分の推測が当たっていたと笑う。
「しょしょしょしょ笑止! ぶぶぶぶ、分が悪かっただけである。我輩は無敵だ」
「化けの皮ははげた。虚勢はやめて、さっさと死ねよ」
「ふざけるな。当たらなければどうということはない!」
「だったら数を増やしたら、どうする?」
ディオレスが【治療球】を作り出す。
その球をディオレスが握りしめ疾走。見ればコジロウも【治療球】を作っていた。アリーは、やはり精神の限界だったのだろう。息が途切れ途切れで疲れを見せていた。
「アリーは少し休んでて」
僕もそう言って【造型】で【治療球】を作り出す。
「ディオレス、貴様は相当なアホだ。貴様やそこの忍士が【治療球】を作れるはずがない! それは十中八九【擬態球】。怖くもなんともない。我輩が警戒すべきは唯一、そこのひょろいのの【治療球】だけだ」
ユーゴックの指摘は正しかった。ディオレスやコジロウは回復球を作れない。【擬態球】によって【治療球】の形状やその周りを覆う回復のオーラを真似ているだけだ。ユーゴックに当たっても「ハズレ」と書かれた紙が飛び出るだけだろう。
けれど、
「それはどうだろ?」
僕が薄ら笑い、走り出す。まずは牽制だ。
「笑止!」
ユーゴックが振るった超槍を辛うじて避ける。懐に近づいた僕は鷹嘴鎚でユーゴックの肉体を啄ばもうとした。しかしユーゴックは鷹嘴鎚を受け止める。
途端、コジロウとディオレスが【擬態球】を放る。十中八九という言葉が示すとおり、【治療球】という疑念が拭えない、自分が紡いだ言葉が信じれないユーゴックはそのふたつの球も警戒していたらしく超槍で【擬態球】を吹き飛ばす。二重のハズレが宙に浮かび、【擬態球】の確信を得るユーゴック。
しかしちょうどその時、僕がユーゴックに球を放った。慢心したユーゴックを狙ったつもりだったが、ユーゴックは油断などしていなかった。
「笑止ぃ!!!!!!!!」
僕が投げた球をキキリンの死体で吹き飛ばし、一安心したようなユーゴックが視界に捉えたのは「ハズレ」の文字。僕が投げていたのも【擬態球】だった。同時に僕の投げていたもうひとつの球がようやくユーゴックへと到達。【治療球】の効果が展開する。
「どういうことだっ!?」
ユーゴックが疑念と憤怒の叫び声をあげた。
「答えは簡単。俺の弟子は〈双腕〉なんだよ。ま、俺もまさかそれを活かすとは思わなかったから顔に出さずに驚いているんだがな」
「く、くそ……くそおおおおおおおおおおおおおお!!」
憤怒の叫びが断末魔のように虚空に響く。ユーゴックの体はなぜか溶け出していた。
「どういうこと?」
「狂戦士に、というかオレたちになぜ急所があるか分かるか? それは回復細胞を飽和させないためだ。飽和した回復細胞にさらに回復細胞を加えるとな、積載量を超えた回復細胞が活性化し、むしろ有害となるんだ。だから回復細胞の活性化を抑えるために、わざと急所を作り、そこだけは飽和させないようにしておく。すると他が飽和した場合、逃げ口ができ、結果、活性化しない。だからこそ、狂戦士に急所は必要なんだ。完璧は許されない。【肉体再生】やら【仮死脱皮】やらはもともとギリギリの回復細胞を使って急速に回復させる技だから回復細胞が積載量を超えることはないが、回復球や癒術は回復細胞を作り出し傷を治す技だからな。本来持っている回復細胞とあわせて、積載量を超えることがあるんだ」
つまり僕たちをバケツと見立てれば回復細胞――傷などを一瞬に修復する作用を持つ細胞――は水だ。それも特殊な水。その水の特徴は零れるとバケツをも破壊する凶器に成り代わってしまうらしい。だからバケツから水が零れないように満タンにはしてはいけない。
仮に再生能力を持たない僕たちの水の量が三分の一だったとすれば、狂戦士などの再生能力を持つものの水の量は十分の九ぐらいある。零れる寸前だからこそ、バケツに穴を開けるように急所を作り、これ以上水の量を増やさないようにする。僕たちは余裕があるので幾分過剰に摂取したところで何ら問題はない。しかしユーゴックは自ら水の量を一にした。
だからこそ、僕が【治療球】で水の量を増やすと、ユーゴックのバケツから水を零れたのだ。そして溢れた水はバケツを破壊した。
「バカ正直さが裏目に出たな。弱点はない、だなんて言うもんじゃねぇーよ。ま、お前がバカ正直だと知っている俺も、嘘じゃないかとは一度疑った」
だからこそ、ディオレスは狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕でユーゴックの顔以外を根こそぎ消滅させた。それでも再生したということは顔のどこか、蝸牛は一度破壊しているのでそれ以外のどこかにあるか、それとも急所が存在しないのか。そのどちらかを探ろうとしていた。その後、さらにアリーが顔を切断したが、再生したということは、急所がない可能性の方が高い。
ディオレスはそう判断し、成功したのだ。
「だが、終わりだよ。急所をなくしたお前は何よりもザコだ!」
飽和状態を超え、変貌した回復細胞によって破壊されていくユーゴックを見つめながらディオレスは呟いた。
「最期は俺の手で終わらせてやる」
ディオレスは魔剣〔相即不離のシュリ〕を構え、一振り。
ユーゴックの頭上からすとんと魔剣が入り、一瞬にして股から出てくる。たったそれだけで壊れかけのユーゴックの肢体から鮮血が飛び散り、死体へと成り代わる。
「あばよ」
最後に一言、ディオレスは別れを告げた。その表情は愚かさと虚しさを哀れむように物悲しげだった。




