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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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闇子

 87


 トゥーリ・K・ラトップは気持ち悪いものをキモいと言うが、彼女こそ気持ち悪いと言われてきた人種だった。

 アエイウがかわいこちゃんと呼ぶ以上、容姿に関しては問題ないが感性がずれていた。

 トゥーリは太った人間を気持ち悪いと思うが、太っていても、どことなく愛玩動物のような可愛らしさがあれば、それをキモカワイイと感じてしまう。その線引きは微妙で、例えばローチ(泥鰌)は気持ち悪いのにイール()はキモカワイくて、ゲッコー(井守)は気持ち悪いのにニュート(家守)はキモカワイイのだ。

 その微妙な感覚、感性が気持ち悪くて、彼女の仲間になった冒険者たちはみんな離れていった。

 けれどブラギオは違った。彼はそれを面白いと言った。彼女の感覚を面白いと。どちらが、どちらなのか分からない人間もいるなか、彼女は似通ったふたりを明確に気持ち悪いとキモカワイイに判断する。その判断がブラギオにとっては面白かった。

 そんな感想を抱かれたのはトゥーリにとって初めてだった。

 初めて自分が認められる場所ができた、とトゥーリは思った。

 ブラギオのもとに集まった幹部たちはだいたいが、問題を抱えている。

 ウルは嫉妬によって呪われ、ティレーは愛ゆえに陰追(ストーキング)し、ステゴは劣等感によって力を欲した。トゥーリはその感性ゆえに気持ち悪いと疎まれ、居場所を探していたのだ。

 とはいえようやく見つけた居場所をよもや味方の手で奪われようとは思いもしなかった。

 ステゴの生成剣の乱撃が、上下左右、縦横無尽にトゥーリへと襲いかかる。捌ききれているのは悔しいが先ほどから介入してきているアエイウのおかげだろう。

 ステゴとトゥーリのランクは一緒、レベルも一緒。

 違うとすればステゴの圧倒的な経験値かもしれない。中途半端ながら、ほとんどの職業を網羅したステゴの万能性はトゥーリにはないものだ。ただその半端な万能性は技能の熟練度を未熟なものにしている。それが救いか。

 全剣師であるに、その基本となる聖剣技や剣技の一撃がひたすらにその職業を極めた剣士系の技能と比べるとそれほど重くない。

 大陸に渡ってから魔道士となり、ランク7で魔導師へとなったトゥーリのほうが、技能熟練度は高い。

 まだこちらに分がある。とトゥーリは考える。

 とステゴは考えていた。

「不浄の破滅、不条理の不滅。安寧の冷、平定の湿、浄化の乾。不穏の冷、破壊の湿、制裁の乾」

 ぶつぶつとトゥーリが詠唱している。

 ステゴが邪魔と考えトゥーリを襲ってからトゥーリの感情は敵意と殺意へと移ろい変わっている。

 だからきっとその魔法は自分を狙ってくる。

 トゥーリという女はそういう女だとステゴは分かっている。

「些細の冷、些末の湿、些事の乾」

 その瞬間こそが狙い目――何度も狙いを定めるようにそう念じる。

「切望の冷、待望の湿、絶命の乾」

 階級4まで引き上げたところでアエイウの拳がステゴへと入る。

 トゥーリに集中しすぎて見逃してしまった。

 トゥーリの口を見る。まだ詠唱をしている、一安心するとともにアエイウを払いのけるように生成剣を投擲。ステゴの推測が確信に近づいていく。

「繁盛の冷、旺盛の湿、荒廃の乾。反正の冷、是正の湿、生々の乾」

 階級6。

「未済の冷、介在の湿、豪勢の乾」

 アエイウの再びの拳を避けて、ステゴはトゥーリの口が切り替わるのを確認。

 何回目かの攻防の末、それはとうとうやってきた。

「深淵の王女から堕ちし幼児、深き底穴から這い出よ、キモカワ【闇王子(ブーヨプリンチベ)】」

 詠唱が終了するとともに杖頭を中心に、オン、ギャアアアアアアアア! と金切り声が上がる。柄頭の少し上に子どもが通れるほどの穴が出現。中から黒い手が伸び、穴の縁に手を引っ掻けてそれは上ってきた。

 見た目は小さい子が持っているような人形。けれど色は黒く目は赤い。折り曲げれるように作られた関節が不気味に発光し、黒に映えるような白いツギハギが不気味さを盛り上げていた。

 【闇王子】は、階級は7と高めだが、ことあるごとに使ってきたトゥーリのお気に入りで熟練度もそれなりに高い。

 ステゴはその魔法がトゥーリのお気に入りだということも熟知していた。おそらく使ってくることも。

 【闇王子】が展開した途端、ステゴは足に捻りを加えて、体勢を捻り、緊急回避。

 生まれ出でた【闇王子】はダブダウブダウ、と音を立てながら突進して、ステゴの横を通り過ぎている。

 そのまま態勢を戻してトゥーリへと近づく。かりっ、と口の中に含んでおいたDLC『唯一例外』を一噛み。

 身体を【魔壁守鎧】が覆う。聖剣技【聖々導々】の追加効果によって身を包まれる。

 殺せる、そう思った瞬間、

「ばぅう!」

 腰の辺りで啼いた。

 【闇王子】、だった。【闇王子】がステゴにしがみついていた。

「なっ!」

「キモダサ!」 

 トゥーリが思いっきり見下して笑った。

 。ステゴはトゥーリが【闇王子】がお気に入りだと熟知していたが、【闇王子】のことを熟知していない。魔法の知識はもちろんあるが、中途半端で満足していた。

 それこそがステゴの弱点だということをトゥーリは知っていた。

 【闇王子】は対象へとまるで甘えるように突進して、一度は消滅して諦めるが、やっぱり甘えたくて、今度は対象近くへと出現して抱きつく性質がある。

 トゥーリは【闇王子】の最初の突進で、今まで敵を仕留めてきたため、知識がないステゴがそれだけの魔法だと思い込むのは仕方ない。

 【闇王子】の真価は抱きつきにあるのだが、それをステゴは知らなかったのだ。

 【闇王子】は階級7の割りには小さいが、その体躯に相当なエネルギーを溜め込んでいた。

 挙句、しがみついて離さない。振りほどくのは困難。 

 しかもトゥーリは計算高く、ステゴがおそらく詠唱後を狙ってくると分かっていた。

 だからステゴの位置、アエイウの位置、【闇王子】のしがみつく位置を、全て自分の立位置で調節していた。

 大質量のエネルギーを溜め込んだ【闇王子】がアエイウを巻き込んで爆発。

「ぬぉう!」

「ちぃいいい!」

 避けることも適わず、ステゴは舌打ち。トゥーリはしたり顔で追撃に走る。

 その背後からアリーが迫っていることも知らずに。

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