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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
306/874

妬心

 85


「はは、ざまあねえな」

 シッタが笑うとトゥーリは激情して

「キモうっさい。あんたに私は倒せない」

「だろうよ」

 シッタは冷静に受け止める。

「接敵した以上、これよりも上には俺たちは進めねぇ。圧倒的火力不足だからな」

「何が言いたい?」

「理解できねぇか? 何も俺たちがお前を倒す必要はねぇってことだ」

 そういえば、とトゥーリはステゴのほうを見る。

 ステゴはひとりは倒した相手だから楽勝だと言っていたが、未だに誰ひとりとして倒せていない。

 ステゴと戦っている三人はひたすら防御に徹し、それはあたかもステゴが圧倒しているように見せていたが、実は逆。

 ステゴを気持ちよく攻撃させて、圧倒させているように思わせて時間稼ぎをしていた。

「ステゴッ!」

「なんやし? 苦戦してても手伝わないやし。こいつら意外としぶといやし」

「キモ違う。こいつらの目的は時間稼ぎ」

「ああん?」

 怪訝な表情でステゴはトゥーリは見た。信じられなかったが、今までネイレスたちが防戦一方だったことを思い出して、

「そういうことかやし」

 気づいて屈辱に震える。ネイレスがリベンジマッチに来たと思い込んでいた。それでまた圧倒的な差を見せつけて倒してやろうと思う自分がいた。

「遅いわよ」

 ネイレスが笑う。

 少し前、エミリーが打ち上げた魔砲技能【狼煙炎】が、敵撃破の報せ。

 それよりも早く接敵した六人は、隠密行動をやめ、早々に撤退しようとしていたが、その少し後に【狼煙炎】を目撃。防衛に切り替えた。

 シッタたちが攻め気味だったのは怪しまれないため、というのもあるが、頭兜を破壊することで、後続のレシュリーたちの援護のためだ。

 ちなみにシッタがネタバレしたのは、とっくにレシュリーたちがこの階へとたどり着いていたからである。

 アルとアエイウがステゴに、アリーとセリージュがトゥーリへと飛び込む。

 かく乱するのはレシュリーとメレイナの【煙球】にエミリーの【狼煙炎】。

 立ち込める煙が飛び込んだ四人の姿を隠す。

 リアンが癒術展開。ウルとティレーを弱らせた決定打の【級錯覚】。

 続いてムジカが【中炎】を展開。階級2で威力は弱めだが、杖頭から展開された火球の速度は高速の域。

 飛び込んだ四人よりも早く、まるで囮のようにステゴへと襲いかかる。

「鬱陶しいやし」

 視界が塞がれるなか、ステゴは振った剣の風圧で煙を吹き飛ばし、アルを蹴り飛ばし、アエイウの拳を止める。室内でアエイウの武器は大きすぎるため、【収納】されていた。

 同様にトゥーリもアリーの刀剣を壊れた頭兜で防ぎ、セリージュを殴り飛ばしたあと、アリーを払いのけた。

「あれ……【級錯覚】が効いてない……」

「てめぇら……ウルとティレーはどうしたやし」

「倒した!」

「笑わせんなやし! お前らが倒せるはずがないやし」

「なら、外を見て見れば? 遺体が転がっている」

 本来なら敵であれ、遺体は墓地へと埋めるべきだがその余裕もない。

 窓に近いトゥーリが外を一瞥。

「キモいけど本当だった」

 遺体を確認する。もっとも距離があるのであれがふたりの遺体だとははっきり確認できない。

 そもそも自爆したのだから遺体を確認というよりもそれらしき肉片と血沼があったにすぎない。

 けれど敵として報告を受けた全員がここにいる以上、倒されたというのは本当だろう。

「そっか。死んだんだ」

 仲間だったけれどトゥーリに一抹の悲しさはない。ティレーが自分を見つめる目はキモードンほどではないけれどキモかったし、ウルは何を言っているか分からないからキモかった。

 でも少し惜しいことをした。ウルはあれでもキモカワだったから、失ったのは惜しい。

 トゥーリが思ったのはそんなことだった。

「何をしやがった!」

「こっちだって知りたいよ。【級錯覚】を使えばキミたちの使ったDLCは副作用を起こすはずなのに……」

「もしかしたら、少し前、偵察用円形飛翔機がなにやら薬を渡していたであるが……それでその副作用を抑えたのでは?」

「そんなことが……」

「だとしたら少しまずくないでしょうか?」

「私たちはDLCの効果があるふたりを倒さないといけないことになるのね」

 不安げにメレイナとセリージュが言う。

「うん。まあそれはそうだけど、メレイナたちには別の仕事があるよ」

「別の仕事?」

「戦う気でいるのは申し訳ないけど、負傷者を連れて下に避難しておいてほしい」

「ふふ……」

 メレイナは笑う。

「何かおかしなことを言った?」

「いえ、そんな感じがしたので。負傷者は私たちが守ります。絶対に」

「良かった。落ち込んだらどうしようとか思ってたよ」

「リアンも下へ。治療をしてあげて」

「某も下へ行くである。逆に足を引っ張りそうであるし」

「護衛は頼んだわよ、イロスエーサ」

「心得たである」

 アルやアリーが牽制して、負傷者のウイエアとフィスレを下へと逃がす。

 治療ができるリアンと、護衛のイロスエーサ、メレイナ、ムジカ、セリージュが下へと移動する。

「エミリーさんはどうする?」

「私は……」

「お前はここにいろ。愚鈍でも役に立つことはある」

 アエイウが怒鳴り声を上げて、エミリーを萎縮させる。

「はっ、舐めすぎやし。そんなに人数を減らして勝てるとか思うなやし」

「そう思うのはキミの勝手だ」

 レシュリーはステゴへと【剛速球】を投げ放つ。

 ステゴはまるで鉄錐棒のように剣を振るう。跳ね返すつもりだったが、打法を使えるわけでもない。剣は【剛速球】の威力に負けて破砕。

 ステゴは舌打ち。体を逸らして回避。続けざまのアルの連撃を体から抜いた剣で防いで、そのまま剣を投げてアエイウを牽制する。

「これだから、どいつもこいつも才覚持ちは鬱陶しいやし」

 自分の腹に刺さる剣を抜いて、両手に剣を補充。

 レシュリーが巧く投げれなかった右手を現在使いこなせているように、アリーが二刀流になるために努力したようにステゴも二刀流の努力をしてきた。

 けれど、どことなくステゴはこう思っている。やっても無駄だ、と。

 上には上がいる、と。

 そして現状を悔やんでいる、こんなはずじゃあなかった、と。

 才覚があればと羨んで、羨んで、妬んで、嫉んで、憾んで、恨んで、怨んだ。

 羨望は嫉妬に変わって憎悪になった。

 だからある程度二刀流できるようになって、研鑽をやめた。

 卓越しなくてもいい、極めなくてもいい、ただ下手の横好きのように扱えればいい。

 それを繰り返して、ステゴはできあがった。

 ステゴが幹部と呼ばれるようになった頃、下っ端の集配員はなんでもできるステゴを尊敬すると言ってきた。

 ステゴはそうやって尊敬する下っ端を嫌った。

 唾を吐いて、苛め抜いて、何も分かってないことを罵った。

 その下っ端は自殺して、ステゴは清々した。やつあたりだった。

 何も悩んだようなことのない顔で、情報集めもせず、他の集配員をナンパばかりして、なぜブラギオが雇ったのか分からないようなやつだった。

 聞けば口の軽さやあどけない顔が好きな層というのは一定数存在していて、そういう部類の情報収集にはうってつけだったようだ。

「まあ、そろそろ情報漏洩の危険があったので都合がいいですよ」

 ブラギオもそれを見越して、粛清の意味も持たせてステゴの下につかせたのかもしれない。ステゴが自分のトラウマを刺激されれば、いずれ殺すなり、追い詰めるなりするとブラギオは読んでいたのだ。

 ステゴは何もかも途中で放り投げている。そうして放り投げたものが積み重なって、なんでもできるような虚像を作り上げた。

 魔法の知識も癒術の知識も豊富で、転職の回数も多く、多様な武器も扱える。

 けれど長けてはいない。

 剣士と真剣に打ち合えば打ち負ける、魔法の強さを魔法士と競えば競い負ける。

 狩士ほどに武器の扱いには長けていない。

 万能と言えば聞こえはいいが、全てが達人の域に達するまで扱えるわけではない。

 結局、中途半端なのだ。

 どうしてこうなったんだ、と悔やみ、こんなはずじゃなかったと怒りの矛先は才覚の持ち主へと向かっていく。

 いつだって、ステゴの前に立ちふさがったのは才覚の持ち主だった。

 好きだった女は才覚持ちの兄貴に惚れ込んで、冒険先で一緒に死んでいった。

 才覚持ちの仲間は、足でまといの自分を置いて、どこかへと消えた。

 弟子は自分と同じように才覚はなかったが、めきめき成長して、いよいよ独り立ちというところで、ポッとでの才覚持ちに殺された。

「どうして僕には才覚がないんですか……」無念としか言いようがない弟子の最期の言葉はこびりついて離れない。

「どうして俺には才覚がないんやし……」弟子の言葉は常々、愚痴ってきた自分の言葉と被る。だから才覚のない万人の悩みと思いこんだ。

 ないものねだり、と言われればその通りだろう。

 才覚があれば好きだった女と一緒にいられたかもしれない。

 才覚持ちの仲間たちとずっと冒険できたのかもしれない。

 弟子だって才覚があれば、互角に渡り合えたかもしれない。

 その可能性すら、才覚がなければ生まれることもない。

 かもしれない、ことですらありえないことだった。

 まるでそれはそうなるように決まっていた、と言われているような気がしてならないのだ。

 気に食わない、才覚がある連中は気に食わない。

 だから平等な世界に憧れた。才覚がなくても強くなる世界に憧れた。

 ブラギオの計画に乗って、集配員になって、ランク7にまで上り詰めた。

 平等になれるDLCで、才覚の差を埋めて、弱者には圧倒的だが、強者とは互角に渡り合える力を手に入れた。

「だから邪魔するなやし、才覚持ちがぁ!!」

 中途半端な腕前でも、DLCを使えば万能に変わる。今までの積み重ねが活きる瞬間だった。

 万能者(オールマイティ)に変貌したステゴは恨み辛みを目の前の敵にぶつけていく。

「俺は才覚なんて持ってませんよ」

 アルが売り言葉に返答。

「〈伝承者〉になったてめぇもほぼ変わらねぇやし、アルフォード・ジネン! 凡人にはできないことをやれるんやし」

 もはやステゴの嫉妬は何かを与えられた者にさえも及んでいた。

「俺にはプレッシャーなだけです」

「でもそうなったから救われたこともあるのも事実やし? 今の言葉だって上から過ぎてムカつくだけやし」

 固有技能なんてそれこそ、才覚持ちや、どういうわけか世界が認めた才覚なしが使える唯一無二のもの。それだけで優位に立てる技能だ。

 ステゴにそんなものはない、それを持っているだけで疎ましい。

 DLC『唯一例外』をまるで薬のように飲み込んで、口の中で飴を砕くようにガリガリと分解。

 苦汁を言葉通り舐めさせられたような苦い味が広がり、身体に浸透したのが分かる。

 アルが逆袈裟切りを放つ。闘気を纏ったそれは【新月流・上弦の弐】。

 対してステゴは一日で通うのをやめた、ある意味一日体験の付け焼刃、【柳友新陰流・一刀両段】で対抗。

 逆袈裟に対して真上から力の限りを尽くした刃が落ちる。ぶつかり刃毀れしたのはステゴの剣。

 腹に突き刺さっていた剣は脆い。しかも本来なら両手でしっかりと握り、使う【柳友新陰流・一刀両段】をステゴは右手のみで使っていた。

 しっかりと型を守るアルに対してステゴは型なんてどうでもいい。

 左手に握っていた剣から【東国流・天之尾羽張】を放つ。これも付け焼刃。【包衣】【闘争心】を同時に展開する聖剣技で、横薙ぎの連続斬りだった。

 アルは【新月流・居待の捌】でしっかりと捌くと横からアエイウが殴りかかる。

「どいつもこいつもうぜぇやし」

 一歩踏み込もうとするのをやめてステゴは後退と思いきや足が固定されていた。

 床から伸びる手。誰のかは分からないが、どういうことかは理解した。【潜土竜】によって潜った忍士がステゴの足を押さえつけていた。

 アエイウの拳を剣で防御。剣が折れて、刀身がステゴの顔に飛んできた。咄嗟に避けるが、拳は避けれそうもない。

 そのまま腹を殴られ、突き刺さっている剣の柄へとぶつかった。剣が腹に食い込み、痛みが広がる。

「うぜぇやし」

 居合い斬りのように、両手で腹の剣を引き抜いて、勢い良く切り込む。押さえつけられた足が邪魔で動きにくい。

 アエイウが避けたのを見計らって地面に剣を突き刺す。瞬間、コジロウが飛び出し、盗技【鎧刺】の一刺し。

 握っていた剣を捨てて、新たに腹から引き抜いて防御。

 瞬間、隠れていたネイレスが姿を見せる。真上。【伝水(イノンダツィオーネ)】を宿した上下刀を振り下ろす。

「鬱陶しいやし!」

 DLC『恐/狂竜感染』は恐ろしくステゴに適応していた。あるいはステゴの嫉妬に適合したのかもしれない。

 怒鳴り声とともにステゴの感染は広がっていく。 

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