蔦獄
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真横から滑り込んで跳ね上げるように短剣〔蠅取りショーイチ〕で魔呪樹長杖剣を弾き返す。
【舌なめずり】によって濡れた舌の根が乾かぬうちに【舌劍絶命〈ノの型〉】を発動。
必中の小太刀を躊躇いもなくトゥーリは頭で防御。食い込むことすらできず剣が弾き飛ばされるが、足にひねりを加えて体勢が崩される前に滑るように横に移動。
防御無視の【舌劍絶命〈十の筋道〉】へ連携してもいいが、シッタは【舌劍絶命〈古の因子〉】へと移行。
わき腹めがけて鳥の嘴がごとき刺突が強襲。
がその刺突に何かを察したのかトゥーリは防御せず、剣で払いを選択。
【舌劍絶命〈古の因子〉】は何らかの状態異常を与える攻撃だ。数ある状態異常のうち何が選択させるかは不明だが、蛙化や豚化、石化など上位階級魔法によって及ぼされる状態異常の発生率は低い。
シッタもそれほど使ったわけではないが、火傷、毒あたりの発生率が高い。
【舌劍絶命〈古の因子〉】を払いのけたトゥーリの判断は絶妙。
シッタは【舌なめずり】ではなく、舌打ち。避けられたことが純粋に悔しいが、シッタはひとりではない。
トゥーリの回避した先には触手のようにうねうねとした【蔦地獄】が発生。
暗殺士ウイエアの暗殺技能によるものだ。
「……少しだけキモカワイイ」
ウネウネする様をそう表現してトゥーリは【蔦地獄】に絡め取られる。発生が抜群のタイミングだったため、避けることはできなかった。
「これ使うやつは大抵、キモい」
蔦に締めつけられ動きを止められながらもトゥーリは平然とした顔で毒を吐く。
「うるさいっぺ」
「キモい! キモい!」
まだ動きがぎこちないウイエアの緊張を解く意味で、シッタがトゥーリの言葉に続き、【舌なめずり】。
「そういうお前の舌なめずりもキモい!」
「うっせぇ!」
「ふたりともお喋りが過ぎるぞ!」
フィスレがトゥーリの背後から強襲。
蝙蝠のような黒い影が刀剣〔超合金の魔人ガゼット〕から飛ぶ。
吸剣技【吸剣・吸鬼】だ。
トゥーリは自由に動く頭で防御。
しかし無意味。吸いつくように蝙蝠影が体力を吸い込み、それがフィスレの元へと返っていく。
「畳みかけるぞ!」
フィスレの言葉にウイエアとシッタが駆け出していた。
「キモ無駄!」
【蔦地獄】から自由になったトゥーリなら簡単に回避できる。
「ってキモっ! なんで身体が動かないの?」
トゥーリにはレシュリーほどの技能知識はない。
だから吸剣技が自分の体力を吸い取る技、程度の知識しかないゆえにどうして身体が動かないのか理解できないのだ。
確かに【吸剣・雌蟷螂】はそれだけの効果だ。けれど【吸剣・黒魔狼】は体力及び精神力吸収ができ、【吸剣・吸鬼】に至っては精神力吸収こそないが精神に干渉し、対象の肉体を操作する。
もっともその追加効果が起こる確率は高くはない。しかして低くもない。
フィスレはその可能性に賭けた。
操作効果が発動し、トゥーリはフィスレの操作によって無防備のまま動けないのだ。
賭けに勝ったことで駆け出した三人は各々に技を繰り出す。
フィスレは斬り下ろしと斬り上げの【連撃】、シッタは【舌なめずり】からの【舌劍絶命〈舌の機銃〉】、
ウイエアは上空からの闘気を纏った衝撃波、暗殺技能【鎌鼬】。
三方向からの攻撃がトゥーリへと直撃する――少し前にトゥーリは動き始める。
【鎌鼬】を避け、【連撃】を捌き、【舌劍絶命〈舌の機銃〉】を弾く。
「操作の時間がやはり短すぎたか」
人操士の操作に比べれば追加効果によって発生した操作などたかが知れていた。
【蔦地獄】による動作封じ時に畳みかけるのがベストだったかもしれないが、【蔦地獄】では一番の脅威となる兜頭の部分はどうしても自由になる。ゆえに最大火力をぶつけることは難しいと判断したフィスレだったが、欲張らずに仕掛けるべきだったと後悔。
とはいえ、すぐに切り替える。防御時の判断ミスは命取りだが、攻撃時の判断ミスは次に修正すればいいだけだ。もちろん、倒しきれなかったことで次の相手の攻撃が致命傷になりうる場合もある。ゆえに判断ミスが手痛いことには違いない。まだマシというだけの話。
「来るぞっ!」
シッタの【舌劍絶命】を弾いて、トゥーリは間を詰める。
途端、シッタに目を合わせると舌なめずりは失敗。気持ち悪いと言われると思ってしまって意識してしまったのだ。
トゥーリはその技名を知らないが【舌なめずり】による強化を行うタイミングが舌なめずりにあると理解していた。そして気持ち悪いと言ったときには強化が行われないことも分かった。
ある意味で刷り込まれたシッタはもはや視線が合うだけでトゥーリの言葉を恐れていた。
口撃して【舌なめずり】を阻止しなくていいぶん、トゥーリの口は詠唱を行える。
「不浄の破滅、不条理の不滅。安寧の冷、平定の湿、浄化の乾。不穏の冷、破壊の湿、制裁の乾」
不浄の破滅、不条理の不滅がトゥーリの固有の祝詞。それ以降、トゥーリは二字熟語に要素を加えて属性を定義する。本来なら二種類だが、光と闇属性に関しては三種類の要素定義が必要となる。
二字熟語の部分に関しては、トゥーリが初めての詠唱で気ままに決めたものが採用されてしまっている。リアンが方角を用いて属性定義をするように本来なら覚えやすいものにするがトゥーリは自由気ままに決めたため、その二字熟語を覚えておく必要があった。
それらを重ね、重ねて階級を上げていく。現在は階級2。
「止めるぞ」
流水が如くトゥーリの剣を捌き、受け流し、時には避けるシッタを手助けせんとフィスレが【瞬閃】。
「些細の冷、些末の湿、些事の乾」
がトゥーリは器用に兜頭で防御。続いてウイエアが【弛緩】を発動。
体を技能名通り、弛緩させて、少しでもシッタに追撃の機会を与えようと画策。
「切望の冷、待望の湿、絶命の乾」
期待通り、トゥーリの出足が鈍り、シッタが剣を弾き、前に出る。
「深き地から轟く闇の叫び、解き放たれよ、キモ【闇叫波】!」
が一歩遅い。黒い衝撃波が杖頭から発動。
シッタだけではなく、近づいていたフィスレ、ウイエアすらも吹き飛ばそうとする。全員が防御姿勢。耐えれる程度の衝撃。
そのまま衝撃波が三人をすり抜けていく。
直後、吐血。【闇叫波】は当たった対象の内部に侵入し、体内器官を破壊する魔法だった。
思わずウイエアが地面に膝をついた。他ふたりはなんとかそうなるのだけは堪えたが、一番近いシッタにはトゥーリの刃が迫っていた。




