混濁
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ウルの記憶がティレーに流れて込んでくる。
ティレーの記憶がウルに流れて込んでくる。
ふたりの記憶が混濁し、どちらがどちらの記憶だったか分からなくなる。
もはやそこにウルとティレーの人格はない。怪獣化が自動的に解けて、混ざり合い、人型を成していく。
合成、融合とは概念が少し違うが、ふたりがひとつになったことで、別の人格が作られていた。
その人格は自分が呪いをかけられていて、それでいて陰追者であり、自分で自分が大好きだった。
「ギャハハ、“マジやばーい”気分だぜ」
もはや別人格のようになったそれは左半身がウルで右半身がティレーだった。フレアレディのような半分ずつ衣装が違う姿とでも言えばいいだろうか。けれどそれよりも歪。ティレーとウルの身長差があったがためか、あったがゆえか、頭の部分が身長が低いウルの分だけボコっと凹んでいた。
それでバランスを取っているゆえか、肩の位置、腰の位置は矯正されきちんと立てるようにはなっていた。
もちろん、ウル側が女性特有のなで肩に対し、ティレー側はがっしりとしているなど、性別による差ははっきりと見てとれた。
どろりと溶けていた部分はもはや存在しない。該当していたウルの右半身をティレーが補った形だった。
ティレーが持っていた砕棒〔不在証明アイピエス〕とウルが持っていた凸戟〔隣接ヴァンメッシィ〕を二刀流で構えて、レシュリーへと向かっていく。
“それ”にはなぜかレシュリーに対する怒りがあった。
どちらの記憶に従っているかは明白だった。散々嫌がらせをされたティレーの記憶だ。
もっとも“それ”にはどちらの記憶なのか分からない。ただ自分の中にある記憶、そこから引き出された感情に従っているだけだった。
レシュリーに接近する過程で、段階的に“それ”は変化を遂げていく。まずは怪獣化。
ミノタウロスと鬼が入り混じったかのように牛顔の鬼へと“それ”は変化を遂げた。ウシオニである。
鼻息を鳴らしてさらに変化。足がクイーンスパイダーに変化。本来、クイーンスパイダーは蜘蛛脚の女体型魔物だが、上半身がウシオニになっているため下半身のみの変化だった。
元来、怪獣師にこのような使い方はできない。“それ”がひとりにしてふたりとして扱われているゆえだろう。見た目としては左右の半身がくっついてはいるが、どのような形であれ半分ずつであれば怪獣化できるようであった。
速度が増す。八足歩行を巧みに使って加速しただけでは説明できない速さ。
思わぬ速さにレシュリーは【転移球】すら間にあわない。
激突。勢いのまま突かれる凸戟がレシュリーの右わき腹を突き刺し、砕棒が勢いよく振り下ろされた。
予想以上の重みが鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕にのしかかった。
床が耐え切れず埋没。
レシュリーは後退したいが脇には凸戟が突き刺さったまま。
「ギャハハ、“マジやばーい”! 死ねや!」
もう一度、砕棒を振り上げる。
その瞬間を見計らってレシュリーは思いっきり左に跳んだ。その勢いでわき腹が引き千切れる。
激痛が走るが、これしか避け切る方法はないとレシュリーは判断していた。
だが――振り上げたはずの砕棒はそのまま止まらずにぐるんと回すように左側から薙ぎ払われていた。
レシュリーはそれに飛び込んだ形となる。
リアンが少し遅れながらも【防御壁】を展開したが、それすらも無意味。次いで【緩和膜】を吹き飛ぶ方向へと展開。
幾許か勢いは殺されたが、それでも【緩和膜】の許容量を超えて消滅。そのまま玄関のガラス戸へと激突。それすらも破壊して、外へと吹き飛んだ。
突撃によって劣化した適温維持魔法付与外套がガラスの破片を完全には防げず、侵入した破片がレシュリーを傷つけていた。
そのまま、“それ”はレシュリーを追って外へと出た。感情のままレシュリーしか狙わないというのはある意味功を奏していた。もし冷静さを保ったままであれば“それ”は冷静沈着にもっと猛威を振るっていたのかもしれない。
もちろん、今でさえ猛威ではあるのだが。
レシュリーへの超高速接近、そして予想以上の豪腕はウルの超強化がもたらしたものだった。
【高速瞬動】による超加速に【筋力最大】による豪腕。レシュリーが左に回避したのに対応したのは、動体視力向上のみならず視覚による超反応を可能にする
【千里透視】のお陰だろう。
怪獣化ですら、魔物の力を引き出し数倍の能力上昇を引き起こすというのに、さらにそこから超強化して能力を引き上げるのだからたまったものではなかった。
「ガハハ、外のほうがオレ様にとっても都合がいい」
広い戦場に戦いが移行したことでアエイウは歓喜のまま、長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕を取り出した。
そのままレシュリーを目指す“それ”へと長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕を振り下ろす。全力で。
刃毀れが起きそうな勢いで剣が弾かれる。
“それ”は当然のことながら【完璧表皮】も展開していた。
「それでこそ倒しがいがある」
アエイウは焦りを隠すように、皮肉って笑った。




