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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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愛情

 76


 ウル・アンキロッサは数年前までは普通にはしゃぐ女冒険者だった。明るい性格に喋り口調。狙ったような天然な素振りは、男冒険者を魅了し、女冒険者を嫉妬させた。

 それが原因だったのかもしれない。

 男を取られた、好きな男がウルに惚れているせいで自分に惚れてくれない。

 ウルの全てが要因というわけではないはずなのに、嫉妬の炎は原因の全てがウルにあるとして、恨み辛みをもつ女冒険者らは一致団結してウルに呪いをかけた。

 呪いは案外簡単にかかる。魔物がかけてくる場合もあるが、邪教徒にお金を払えば簡単にかけ方を教えてくれる。

 その教えられた手順どおりに行えば、呪いなんてものは簡単にかかるのだ。

 そうしてウルへとかけられた呪いは〈言霊呪(フーリッシュ)〉と呼ばれる一つの文言しか喋られなくなる呪いだった。

 ウルの場合は言わずもがな、「マジやばい」である。

 ゆえに彼女はそれしか喋ることができないという非常に困難な状況に陥ってしまった。

 その結果、明るかった性格は陰を差し、それしか喋れない彼女を気味悪く思って、魅了されてきた男冒険者たちも去っていった。

 けれど男冒険者がウルに呪いをかけた女冒険者に戻っていたか、と言えばそうではない。

 呪いをかけるのに代償無し(タダ)というわけにはいかない。

 邪教徒は呪いをかける際の代償を説明などしない。説明しないことさえも代償だと言わんばかりに。

 呪いをかけた女冒険者は激しく老け込んでいた。

 閑話休題。

 何にせよ、ウルは呪いをかけられ、ぼっちになった。ひとりぼっちに。もともと明るい性格だったから、ぼっちは堪えた。

 孤独がこれほどまでに辛いとはウルは思ってもみなかった。仲間を作ろうにも、「マジやばい」しか喋れないウルを冒険者はマジやばいと離れていく。

「これは興味深い。呪い、ですか?」

 そんななか、ウルはブラギオと出会った。呪いの知識すら持っていたブラギオはウルに興味深々で、複数質問をするが、ウルの答えはいつも一緒だ。

「これは困りました。なんとなく抑揚で違いが分かるのですが、何を言っているのか分かりませんね」

 困り顔でブラギオが呟くとウルも哀しげな視線を送った。

「ティレー、どうでしょう。彼女は?」

「ギャハハハ、言わずがな。気に入ってるぜ」

 ティレーは豪快に笑った。

 ティレー・エックスは陰追者(ストーカー)である。気に入った相手を陰ながら追跡し、あらゆる情報を分析する。その結果だけで賞金首になった経緯をもっていた。

 その分析力と依存性が役に立つとしてブラギオは更生させるのを条件に賞金首を撤廃させてティレーを集配員にした。

 ティレーは基本的に気に入った相手、事案しか調査をしない。それは彼の異質なまでの依存性ゆえだが、そうなったときの分析力は果てしない。

 案の定、「マジやばい」としか言えないウルの言葉をたった二日で完全に理解した。

 さらにブラギオはその情報を持って一日でウルとの会話を成功させる。

 そうなればウルはここにいるしかない。会話できるのがふたりしかいないのだ。いやふたりもいれば十分だった。

 古参のノードンはティレーの情報提供をもってしても理解できず、ステゴやトゥーリにはそもそも呪いだと話してない。理解してもらえるかもという期待が、ノードンが理解できなかったという事例に裏切られたのが存外堪えたらしく、ティレーがその意見を尊重したのだ。

 ブラギオが興味があっただけにしろ、彼に救われたふたりは彼が語ってくれた夢のために尽力する。

 これからも支えていく、そう思っていた。

 思っていたのに、

「なんなんだよ、てめぇら。ギャハ、心底ムカつくぜ」

 自分たちが弱体化した途端、対峙する相手の強さを理解して、ティレーは腹が立った。興味がない人間の情報を知ることはティレーにとって心底ムカつくことだった。脳の許容量がどの程度かティレーは知らないが、というか興味がないので知りたくもないが、どうせなら記憶全部、自分の興味で埋めつくしたい。

 興味がないものなんて微塵も記憶したくない。

 そんなティレーの意識とは関係なく、ティレーは戦いの経験、人生の経験で培ってきたものが無意識さとなって不要な情報をティレーの脳内に記憶していく。

 うぜぇ、やめろ。と振り払うことすらもできない。それができたらどんなに嬉しいことか。一目見たときから興味を持ち続けているウルの情報だけで脳を埋め尽くせたら、どんなに嬉しいことか。彼女のことで知らないことはない。でも知らないことはない一方で、矛盾するように全てを知ることはできない。ウルが見せていない一面をティレーは知ることができないから。

 ウルが見せた全てをティレーは知っている反面、なんでもは知らないのだ。見せたなかで知っていることだけを知っていた。その見せてない部分ですら見たい。自分の脳をそれで埋め尽くしたい。

 なのに不要な情報が流れ込んでくる、ティレーを生かすために。生存本能が無理矢理、情報を吸収して生かす術を模索していた。

 うぜぇ、邪魔するな。最低限だけにしろ。

 優勢だろうが劣勢だろうが、ティレーには関係ない。もちろん、目の前のレシュリーは倒さないといけない。そんなことは分かっている。けれど劣勢には劣勢のときのウルの表情が、心理がある。

 その情報を記憶したいという欲求のほうが勝っている。生き残るための情報は最低限でいい。残りは全部、ウルの記憶を刻み込みたい。

 ウルに接近する。

 右半身が不自由なウルはあまりうまく動けず、超強化も作用できずにいた。超強化すると、左半身は超強化されるものの右半身が弱体化と相殺されて、左と右とでバランスが取れなくなるようだった。

 【筋力増強】したアエイウの拳がウルの左側へと飛ぶ。右側はドロリと気持ち悪くて、忌避していた。

 それでもウルは避けようとしない。いや、避けれないのだとティレーは分かっていた。弱体化してからウルはその身に痣を増やし続けている。

「ふっ、ざけんな!!」

 急激に頭のなかで怒りが沸騰し、ティレーはその巨体を割り込ませる。

 アエイウの拳がティレーの胴体へと直撃。痛烈な当たり。

 痛みを無視して、ティレーは唯一残ったサウルス頭をアエイウへと仕向ける。ガギリッと鈍い音。

 噛み切るよりも早く、アルが屠殺刀を口のなかに押し込んでいた。刀身が広いため、横にして押し込まれたら、噛み切ることもできない。

「くそがっ!」

 右側のゾンビ犬の頭が毒づいて、噛みついた屠殺剣を振って放す。吹き飛んだ隙に後退。

 しようとして夢中になりすぎたことに気づく。

 左側のゾンビ犬がその襲来に気付いた。

「燃え尽きろ、レヴェンティ!」

 【超火炎弾】が解放される。

 避けきれねぇ、そう判断したティレーは仕方がなしに左右のゾンビ犬頭を前に差し出す。弱い部分を犠牲にすると決めた。

 直撃――する寸前、飛び込む影。

 ウルだった。

 【高速瞬動(ライジングサン)】によってバランスを崩しながらも、間に割り込み、【完璧表皮(パーフェクトボディ)】で超強化した左半身を【超火炎弾】に向ける。

 直撃。爆発後、火傷したウルが姿を現す。

 無傷とはいかないが【肉体構築(クリニック)】によって肉体を高速回復。だが、弱体化した部分にはそれが作用しない。回復細胞が死滅しているのかもしれなかった。

 そんなウルの右側の頭が吹き飛んだ。ドロリと溶けた状態だからそれすらも容易。犯人はレシュリーだった。【剛速球】が的確にウルを射抜いたのだ。

「ギャハハ、ふざけんなよっ! てめぇはこっちを狙え」

 ウルの見たこともない表情、そういう情報が手に入るのは嬉しかったが、それ以上に胸が痛む。その痛みはイライラに繋がっていく。

 ウルを優しく噛んで、その場からティレーは離脱。

「マジやばい……」

 そんなティレーにウルは言った。

 それはお礼の言葉ではなかった。

 最期だから、言うね。私はティレーのことが好き。

 そんな内容だった。

「なんだよ、それ」

 ティレーには分からなかった。

 好きという感情が、そういう情報が分からなかった。

「マジやばい……」

 自分の言葉を理解してくれたときから好きになっていた。

 ウルの告白は続く。ずっとずっと好きだった、と。

「意味分からないぜ」

 好き、ってなんなんだよ。

「マジやばい」

 言葉を理解してくれるだけで嬉しかった。そばにいてくれるだけでドキドキしたけど、安心した。

「マジやばい」

 だから、そんなティレーが死ぬのは見たくない。

「こっちだって見たくねぇぜ」

 言ってティレーは気づいた。ああ、それが好きってことか? だったら……お前が傷つくたびイライラするのはこっちも好きだってことなのかよ。

 そもそもティレーの陰追(ストーキング)は、気に入ったというよりも好きになったから起こるものだ。

 ブラギオは指摘はしなかったがティレーの陰追は歪曲した愛情表現だった。

 ティレーは最初からウルが好きで、ウルはそんなティレーの(歪曲してはいるが)ウルを理解しようとする熱心さに惚れていたのだろう。

「ギャハハハハ」

 ティレーは笑った。

「ウル、そっちがよければだが……一緒になるか?」

 それは結婚しようという意味ではなかった。

「マジやばい」

 それでも嬉しげにウルは答えた。

「オゥケィ! ギャハハ、それじゃあこっからが反撃の時間だ」

 ティレーが大きく口を開く。

 ウルはその口へと飛び込んだ。DLC『改造方法』を手に持って。

 ふたりをひとつにする改造が始まる――。

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