恐狂
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「マジやばーい」
嘲笑するような笑いとともにウル・アンキロッサは入ってきたレシュリーたちへと突撃していた。
先頭はエリマたちを救おうと勇み足だったアエイウ。
単なる体当たりだったら、誰もが反応できたかもしれない。
しかしウルの体当たりは、単なる、で済まされるものではなかった。
ウルは楕円形の骨とそこから突き出た骨の突起に身体が覆われていたのだ。
その状態で繰り出された体当たりは、巨大なトゲ付き鉄球が高速でぶつかってきたようなもの。
当たったのがアエイウでよかった、思わずレシュリーたちは思う。
それはアエイウが狂戦士だからだった。
瞬時に【鋼鉄表皮】を発動してアエイウはウルを受け止める。
しかも受け止めた直後にその勢いにバランスを崩してしまう。
「ええい、しっかり避けろ」
不運にも下敷きになったエミリーを押しのけ、アエイウは立ち上がる。ミキヨシならエミリーを立たせる手伝いをするだろうが、アエイウは無視。ぞんざいな扱いだがエミリーは文句は言わない。
「ギャハハ、ただの強戦士がウルに勝てるわけねぇーぜ」
笑いながら、ウルの後ろに控えていたティレーが指摘する。
「お前らがなんでここにいるかは分かってる。ギャハハ、待っていたぜ。ようこそ、“ウィッカ”へ。そしてさよならだ。死んでくれ!」
ウルが再び、突撃。それは技能でもなんでもなく、ただ猪のように目の前に突進するだけだが、瞬く間に突撃されるため、避けるだけでも精一杯。己を瞬時に強化できないアエイウ以外は当たれば死ぬ可能性だってあった。
集配員ということもあり、情報を開示するのが好きなのか、必死に避けるレシュリーたちを尻目にティレーはこう解説する。
「オレたちは全員がランク7。全員が上級職。まあこの辺は何となく予想してただろ、ギャハハ。ちなみにウルは狂凶師――複合職のときは狂戦士だった言えば禍々しさが分かるよな?」
言いながらティレーの身体が変化していく。闇のように深い体毛に三つの犬頭があった。リアンを利用してパンパレコップコプキーナが生み出そうとしていた魔物がそこにはいた。
灼熱のように真っ赤な眼がレシュリーたちを睨みつける。
「ちなみに俺は怪獣師。――獣化士よりも強力な魔物になれんだぜ? ギャハハ、恐怖しろ」
ケルベロスと化したということはケルベロスを倒したということ。そしてケルベロスがいたということは邪教の儀式が成功したということ。それはつまり、リアン以外の聖女、そして邪教徒の命が犠牲になったということを意味していた。
二頭の犬の噛みつきをギリギリで避けたアリーとアルはケルベロスの異変に気づく。
真ん中の犬がさらに変化を遂げた。それはかつてβ時代のウィンターズ島に存在し、島の極寒化とともに滅んだとされる凶悪な魔物。今では記録媒体上でしかその姿を見ることができない絶滅種の魔物――ティラノザウルスだった。
犬頭よりも二回りは違う、比べれば不格好にも見えるその恐竜の口が大きくアリーの頭を噛み千切る――寸前、【剛速球】がぶつかり、恐竜頭の口が逸れる。間一髪でアリーを逸れる。それでも肩がわずかに食いちぎられ、雉の外套<極風仕>の肩部分が破損していた。
「助かったわ、ありがとう」
離れた距離にいるレシュリーにお礼を告げて、ティレーと向き合う。
ウルを食い止めれるのはアエイウしかいない。だとしたらティレーと対峙するのはアリーとアルだけだろう。近接系冒険者にはセリージュもいるが、ヤマタノオロチ以上に荷が重すぎる気がした。
「ギャハハ。オレたちがただの上級職だと思うなかれ、レベルは上限MAXでDLCも使ってる。勝ち目は0だ。DLC『恐/狂竜感染』に恐れおののき、絶望して死んでいけよ」
DLC『恐/狂竜感染』。
ティレーがそう宣言したDLCは体内を変質させ、永続的な強化を促すDLCだ。
元になるのは絶滅種の魔物。総称は恐/狂竜
ティレーのモデルはティラノザウルス。
恐/狂竜では1、2を争うほどの獰猛さを持った恐/狂竜の王者だった。
体を変質させなくてもDLC『恐/狂竜感染』は効果を発揮するが、
体を変質させることで本来の倍以上の強化が施される。
DLC『恐/狂竜感染』にはモデルがあり、モデルとなった恐/狂竜の特徴が自分に反映される。
ティレーの場合、ケルベロスに怪獣化したあと、真ん中の頭がティラノザウルスに変化していたが、実はそれだけではない。
変化があった。
左の犬頭、右の犬頭ともにティラノザウルスへと変化。
犬のような胴体も蜥蜴のようなそれに変化。
ケルベロスの面影といえば、もはや闇のように深い黒い体色しかなかった。
DLC『恐/狂竜感染:獣竜』によって頭が三つのティラノザウルスとなったティレーが所狭しと暴れまわる。
部屋の天井すれすれまで巨大化していた。
ウルにも変化があった。ウルの背後からアエイウめがけて丸鎚のようなものが振り回された。
全く無警戒の場所から突然の奇襲。
それにはアエイウも驚いた。無手のままアエイウは防御。室内戦闘では武器が出せず、強化と己が肉体で戦うしかない。
鍛えられあげた肉体はモッコスなら垂涎物。それを強化してウルの攻撃をアエイウは耐え凌いでいる。
そこにきて強力な丸鎚の一撃。腕が痺れた。一種の怯み状態。
「マジやばーい」
「それしか言えんのか!」
アエイウがそんなことを言っている暇にウルはアエイウをすり抜けていく。
さりげなく自分の女(予定)を守っていたアエイウはこれには焦る。
後ろにはエミリーを含め、メレイナたちがなんとか援護を試みようとしていた。
セリージュが前に出る。後ろにいる前衛は彼女だけだった。
「マジやばーい」
ウルの身体が鱗で覆われる。
ウルの恐/狂竜モデルはアンキロサウルス。
鎧のような鱗と丸鎚がついた尻尾をもつ恐/狂竜だった。
先にアエイウを襲った丸鎚の正体はウルから生えた尻尾だったのだ。
DLC『恐/狂竜感染:曲竜』によって皮膚を硬質、さらに狂凶師の技能である超強化がひとつ【筋力最大】によって筋力を最大限増強させる。
ウルに複雑化した戦術はいらない。
ただ強化して、強化して、強化して、あとは突っ込むだけだ。猪のように。




