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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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順応


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「ネイレス!」

「ネイレスさん!」

 僕とメレイナの何度目かの呼びかけにネイレスは反応する。

「ほら、だからコジロウの言った通りでしょう?」

「やはり、【死振(カモフラージュ)】でござったか。にしてもこれほどまで完璧とは相当な熟練度でござる」

 感心するようにコジロウは言った。ネイレスが目覚めてすぐ僕は【回復球】を連投。遅々ながらも傷を癒していく。

「ブラジルさんが弱いうちはそうしておけって言ってたのよ。だからまだレベルが低いうちはずっと【死振】ばっかりしてた。間抜けな話だけど。でも、それはこの日のためだったのかも」

 ネイレスは目尻に涙と溜めて、そして昔を懐かしむように語った。

 【死振】は忍術ではなく盗技。その場しのぎの意味もあるが、死体のふりをして、留まり、隙をついて盗みを働くために作られた技だ。

 タイミング諸々が合ってないと、【死振】したとバレかねない。ネイレスはかつて研鑽した腕を存分に振るって【死振】を成功させていたのだ。修練した技は熟練度として蓄積され、熟練度の高い技は高いまま、使用しなくなっても勘が鈍ることはなく使用可能だった。

「相手の目的は……妹さんだったの?」

「それはご覧の通りよ」

 氷塊に空いた穴、そしてその中にいるとされていたブラジルの妹さんの姿がないことで推測をした僕にネイレスはそう答えた。

「ま、正確には毒素00かも。意識を取り戻したアリサージュさんと一緒に奪われたわ」

「意識を……? ということはブラジル殿の目的の品をそやつは持っていたということでござるか……?」

「ええ、そうよ。仕組みはよく分かってないけど、私と戦ったやつのパートナー、そいつが【収納】していた棺から召喚士が出てきたの。そいつが操るほうのゾンビパウダーを持ってる。ううん、きっとひとつだけじゃない、ふたつ揃って真価を発揮するんだから、両方持っているに違いないわ」

 見てもいないのにネイレスはそう決めつけ断定したが、その推測に否定する要素はなかった。仮死状態にする、仮死状態になった人を操る、という役割が分かれているゾンビパウダーの片方だけ持っているというのはおかしな話にも思える。

「【収納】していた棺から出てきたってのはどういうことよ?」

「そのままの意味。その棺にどこでも転移できる仕組みがあるのか……でも」

 ネイレスは言葉を区切る。その時の情景、召喚士の表情を思い起こしているのかもしれない。

「その召喚士は、棺を出したやつを恐れていたの。まるでずっと棺に入れられていたみたいに」

「でも、そんなことできるんですか?」

 ネイレスが棺に入れられ【収納】される想像したのか、身震いして続ける。

「分からないわ。やったこともないし、やりたくもないもの」

 その言葉に僕たちは全員が同意していた。

「そういえば、ネイレスと戦ったのはどんなやつだった?」

「全剣師って言ってたからランク7ね。おそらく。気持ち悪いやつだったわ。いきなり腹に剣が突き刺さったように生えてきたの」

「全剣師ってそんなことできるんだっけ?」

「いや図鑑などを見てみてもそのような説明はないはずでござる」

「あとDLCって言ってたわ。それと聖剣でもないのに、聖剣技が使えたの」

「DLC……、聖剣でもないのに、聖剣技が使える?」

「それってシッタの言ってたやつだ。ということはそいつはブラギオの傘下かもしれないね」

「それ、どういうことなの?」

「えっと……」

 僕が説明を始まようとすると、

「というかネイレス。あんたもう動けるんでしょ」

 アリーがそう促す。

「なら説明はとりあえず遊牧民の村に向かいながらにして」

 ネイレスがメレイナの支えを受けて立ち上がる。

「たぶん、大丈夫だと思うけど……あんたが姿が見せるのが、魔物どもを追い払うのに手っ取り早いわ」

 アリーの言葉は正論だった。

 アルのことだから苦戦はしてないだろうけど、大波のように押し寄せる魔物をずっと対処するのは骨が折れるだろう。

 戻るがてら、ネイレスにシッタに聞いたことを説明して、遊牧民の村に到着するとシッタたちも戻ってきていた。

 ネイレスが戻ってきたことで何匹かの魔物は退いていったけれど、怪我だらけのネイレスを恐れない魔物もいる。けれど大草原の魔物の弱点は一律で決まっていた。

 ネイレス救出前にも使っておけばよかったのは反省点だけど【毒霧球】を連投して、ムジカが【強風】で魔物のほうに毒霧を押しやると、逃げるように魔物たちは散っていった。

「無事だったのね、ネイレス。良かったのね」

 セリージュが安堵してネイレスに駆け寄る。

「そっちも。ヤマタノオロチを倒せたんでしょ。無事で何より」

「で、何があったんだ?」

 感動の再会をさておいて、シッタが傷だらけになっている理由を聞いてきた。

「それなんだけど……」

 僕は事情を知らない全員を集めて、説明を始めた。

「DLC……ここでもその名が出るのかよ……」

「おそらく出回ってはいないから、ブラギオの傘下で集配員のひとりと見ていいだろうね」

「だろうな。しかも聖剣技をフツーの剣で使いやがるときた。アエイウが戦った相手だろうよ」

「だが、その妹さんを操って何になる? 毒素00を連れて行ってどういうつもりなんだろうね? その魔物で街を破壊なんかすれば、悪評が立つに決まっているのに……」

「抑止力にするつもりかも」

 ネイレスが言った。「ブラジルさんがこの大草原の魔物たちへの抑止力へ使ったように絶対的な強さは抑止力になるわ。毒素00の恐ろしさはユグドラ・シィルの戦いを経験してなくても被害だけで喧伝されてるわ」

 その言葉にムジカが震える。目の前で仲間を殺されたムジカがその恐怖を一番分かっている。僕も一時は諦めて苦い経験をし、挙句死んで倒して殴られたという辛い経験を持っていた。

「世界の平等化……っていうのはよく分からないけど、もしそのDLCって言うのを広めるんだったら、邪魔する人間、利用しようとする人間に対しての力が必要になると思うの」

「確かに一理あるね。それにもしかしたら無理矢理その世界の平等化を進めるための突破力にもするかもしれない。僕は最初はそっちの意味合いが強い気がするよ」

「どっちにしたってやべーじゃねぇかよ。とりあえずウイエアにはありのまま今起こったことを話すぜ。それでどうするかはあっち次第。まあ、アエイウは人質を取られてるから、攻め込むとは思うが……いつ攻めるんだよ?」

 疑問を投げかけてきた。

「今から」とでも言って欲しげだけど、僕は決めかねていた。

 ネイレスがここまで追い詰められた相手を僕たちでなんとかできるのだろうか。

 DLCの反則性を聞けば聞くほど、ヤマタノオロチ以上の強さを秘めているように思えた。

 犠牲が出る、と想像してしまうとどこか足が竦む。

「あんたにしては随分と考えすぎじゃない?」

 アリーが言った。

「どうせ、ルルルカだっけ? あの子みたいに死んで欲しくない、とか思ってるんでしょ? らしくないわね」

 呆れ声のアリーの言葉は全て図星だった。

「いっつも言ってると思うけど、あんたは後先をちょっとしか考えなくていいの」

 ちょっとは考えるんだ……。まあ猪突猛進は良くないけれど。

「世界の平等化なんて言ってるけど、私はイロスエーサが言ってたって言ってた薬の売り方と同じことが起こると思ってる」

「それは僕も思ったけど……」

「ね。ちょっとは考えて、それでどう思った? 防ごうって思ったんでしょ?」

「確かに。そうだね。たとえブラギオがDLCを一律で販売するって言って、それを毒素で制御するんだとしても、それは完璧じゃない。どっかで無謀な売り方や買い方が横行して誰かが不幸になる」

 それに改造という前例がある。改造のように無理矢理に強さを作るとどこかが破綻する。改造した冒険者はいずれも強さを求めすぎるあまり道を外れていた。

 DLCは適正に使えば確かに冒険者に有利をもたらす道具となりえて、効率的な冒険ができるとは思う。けれど、過度に使えばそれは安全に改造しているようなもの。

 無理矢理手に入れた力にいずれ押し潰されそうな予感がする。

 依存して努力をしない冒険者が増えることも想像に容易い。そうすれば、熟練度が低下し、純粋にランク差、レベル差の戦いになってしまう。

 それともブラギオはDLCを流通させることで、熟練度他あらゆるイレギュラーを廃して、差で勝敗が分かる公平な世界を作ろうとしているのだろうか。

 でもそれは平等でもないような気がしなくもない。

 熟考していると、アリーがまたため息。

 僕がうじうじするのも、アリーが嘆息するのも何度も繰り返されてきたことだ。

 レベル、ランクは成長しているのに、僕自身は成長していないようなそんな感覚。

 DLCが流通したら、僕はますます成長できないような気がしてきた。

「シッタ。ウイエアに連絡して、行くのならすぐに出発しよう。ネイレスはその……どうする?」

「私は行くわよ。ケガは気にしなくてもいいわ。無理は……するけど、約束するわ、私は死なない」

 僕を安心させるようにネイレスは笑う。

「オレはもう巻き込まれてる。今更、抜けるとかありえん、ZE」

 シッタが【舌なめずり】して、フィスレが同意して頷く。

「私たちも行きます」

「ええ、大丈夫です。オレが守ってみせます」

 リアンが言って、アルが宣言する。

「召喚士がいるなら私も。もしその人が死んだら、【封獣結晶】が必要ですよね」

「メリーが行くならムーちゃんと私も一緒なのね」

 メレイナに続けてセリージュが伝えて、ムジカが頷く。

「ほら。みんな、あんたについて来てくれるんだから心配なんてしなくていいのよ」

「そうでござる。拙者らは仲間でござるからな。余計な心配はしなくてよいのでござる」

「でも……」

 僕は弱気になる。全員の覚悟だって分かってるつもりだ。

「死んで欲しくない」

「そりゃみんなそうよ。あんたが【蘇生球】を覚えた理由だって、そうでしょう?」

 もちろんだった。もっとも僕は利己的でアリーに死んで欲しくないからだからだけど。

 覚えた理由を改めて再確認する。

「まああんたがうじうじするのは今更か……何度目かしらね……」

「とりあえず連絡はしといたぜ」

 シッタが【舌なめずり】をして、宣言。

「分かった。ところでシッタ……毎回、技が発動するとか面倒臭くない?」

「言うなれば、そこのふたりがうじうじするお前を宥めるみたいなもんだな」

 アリーとコジロウへ視線を送って、シッタが言葉を返す。

「どういうこと?」

 僕には分からなかったが、アリーやコジロウが苦笑していた。

「「「とっくに慣れた「、ZE」「わ」「でござる」」」」

 三人は口を揃えてそう言った。

 僕のうじうじとやらはアリーたちが慣れてしまうほど、らしい。

 きっとこれからもうじうじしてしまいそうな予感が僕にはあった。

 そのたびにアリーが嘆息して、励ましてくれるんだろうけど。

「それじゃあ、準備して出発しよう。シッタ、待ち合わせ場所は?」

 今、落ち込むのはここまでだ。気を取り直して僕は問いかける。

「案内するZE、ついてきな」

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