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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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氷穴

 69


「ネイレスが消えたってどういうこと?」

 遊牧民の村でネイレスの居場所を聞かれて、僕は訊き返す。

 マンズソウルでシッタとフィスレの弟子と合流したあと、メレイナたちをネイレスのもとに送り届けようとしていた矢先だった。

 ネイレスの居場所は遊牧民なら大体把握できるので、一路そちらに向かったけれど、むしろ遊牧民たちがネイレスを探していた。

 数時間前、ネイレスの不在を知った魔物が遊牧民たちに襲いかかった。それで遊牧民たちはネイレスが本当にどこかに行ったのだと確信を持ったのだという。今やネイレスがこの大草原の守護者になっている。

「メレイナたちは引き続き、ここで魔物を追い払って」

 遊牧民の村に立ち寄っていた冒険者もいるにはいるが、負傷している。ネイレスと行動をともにするメレイナたちの姿を見れば魔物たちはネイレスがどこかに潜んでいると思い込んで攻撃が鈍るかもしれない。

「オレたちはどうする?」

 【舌なめずり】をしてシッタは訊ねる。

「共闘の園へ行かせる予定は変更なし」

「つーことはオレとフィスレが十五人まとめてアメリアに連れてきゃいいわけか」

「キミにしては察しがいいな」

「フィスレ……あのな、オレも今や師匠だからな、これくらいは分かるんだ、ZE」

 またもや【舌なめずり】したシッタは一瞬で遊牧民の村の入口に移動。

 押しかけていた魔物を瞬殺して、「とっととオレについてこい」

 アメリアへと向かっていった。

「やれやれ……」

 嘆息してフィスレも向かっていく。「ネイレスさんの無事を祈るよ」

 うん、と僕は頷いた。

 ネイレスはきっと無事だ。死ぬ訳がない。

 ちらりと、ついさっき死に別れたルルルカたちの顔がよぎって、嫌な予感がした。

 首を振って否定。

「問題はどこにいるか、ね……」

「そういえば、ネイレスどのヤマタノオロチ討伐前に気になることを言っていたでござるな」

「そっか。ブラジルの妹さん……どこにいるんだっけ?」

「私が知るわけないでしょ」

「あの……」

 口を挟んできたのはメレイナだった。

「私、知ってます」

「そっか、そういえばメレイナはネイレスと一緒に毒素を封印したんだっけ?」

「ええ、だから分かると思います」

「分かった。ごめんけどメレイナはついてきて」

「代わりに俺が残ります」

 アルが宣言する。

「よろしくお願い。なんか留守番ばっかりでごめん」

「いや、リアンの傍にいたいので」

 治療をしているリアンは遊牧民の村から離れられない。そういう意味でもアルにとっても都合がいいのだろう。

「みんなをよろしく頼むね」

 一先ず僕たちはメレイナの案内で、ブラジルの妹さんが眠る大氷穴を目指した。


 ***


 ブラッジーニ・ガルベー――本名、テアラーゼ・アトスの妹、アリサージュ・アトスが眠る大氷穴を誰かが調べているという情報は遊牧民からネイレスのところへともたらされた。

 大草原で活動する遊牧民は様々な眼を持っている、ときには飼いならした強化動物の鷹を用いて、大草原を監視することさえもあった。それはもちろん生活安全の確保のためで、魔物が村に迫っている場合にはネイレスに連絡を入れることもある。

 そうやって共存しているからこそ、経験値稼ぎ以外で来た冒険者に対しては逐一報告している。

 経験稼ぎに来た大体の冒険者が遊牧民の村に立ち寄るため、それ以外でこそこそと暗躍している冒険者はある程度筒抜けになるという寸法だった。

 そうやって持ち込まれた情報を元にネイレスが情報を探っていた。

 それがヤマタノオロチを討伐する前の話。

 そのとき訪れた男が再び現れたという情報がもたらされ、ネイレスはその場所へと向かった。

 一度現れたときはアリサージュが眠る大氷穴の入口、アジ・ダハーカ討伐後、爆発して埋まった入口だった。

 けれど今回現れたのはその近く。神父のような男を引き連れて、だった。

 一度目の出現で隈なく周囲を捜索したが、この辺りには何もなかったはずだ。

 ネイレスが警戒するなか、二人組の男は近くの木を掘り返す。

 そこには大きな穴が出現した。

 一度目の出現で、その穴を発見し、見つからないように埋めておいたということだろう。

「さて、慈悲を与えに行きますか……」

「お前……色んな目的を慈悲に喩え過ぎやし」

「実際、慈悲は色々な意味を持つので、一概に間違いとは言いませんよ?」

「屁理屈やし」

 まるでお使いに行くような感覚で、二人組は大きな穴へと進んでいく。

 いったい、どこに繋がっているのか?

 分からないはずなのに、なんとなくどこに繋がっているのか、ネイレスは察した。

 大穴に踏み入れたときの、ひんやりとした空気は、アリサージュが眠る場所へと繋がっている確信があった。

 事実、そうだった。二人組――ステゴとノードンが辿り着いた場所はアリサージュが中に眠る氷塊の裏側だった。

 アジ・ダハーカ討伐後訪れたときにはそんな道はなかった。

 それは確認したので間違いない。ということはつまり、この道はそれ以降に出来たことになる。

 ふとブラジルが言っていた言葉を思い出す。

 世界改変が起きて洞窟の地形が変わることがある、と。

 おそらくそれでこの道ができたのだ。

 ひとつしかない入口を埋めたから大丈夫だと思っていた。

 完全にネイレスのミスだった。

「さってと、とっととこの毒素の妹ちゃんを目覚めさせて、連れて帰るやし。準備は?」

「ええ、もはや無用の長物かと思ったこの男にも慈悲の時間がやってきたようです」

 言って、ノードンは【収納】から棺を取り出す。その棺はミンシアを閉じ込めたものと同じもの。けれどノードンが男と言ったように、中にはミンシアではなく男が入っていた。

「ティモルベくん、久々の外だ……やることは分かっているね?」

「はい、ノードン様。ありがとうございます」

 ティモルベと呼ばれた男はミイラのようにやせ細っていたが、ノードンに一礼する。

 絶対の服従を誓うように体を震わせ、怒りを買わないように誠心誠意努めているような気がした。

 ティモルベは振り向いて氷塊に眠る少女を見た。

「相変わらず、美しい……」

 呟いて、ティモルベは【封獣結晶】を投げる。

 中からスケルトンの形をした毒素が出現する。ゾンビパウダーの片割れ、毒素07だった。

「行け……」

 毒素に命令を出すと、氷塊のなかにスケルトンは入り込み、アリサージュのなかへと侵入していく。

 そして氷塊が中から破壊された。虚ろ眼のまま、アリサージュは起き上がる。

「女、以降はこのお方の命令を聞きなさい」

 ティモルベはノードンを指して言うとアリサージュは頷く。

「ノードン様、使命は果しました……これで私は……」

「また棺に入りなさい」

「どうしてっ! 私はきちんと役目を果したのに……」

「余計な一言を喋りましたから」

 美しさを感嘆した呟きをノードンは見逃さなかった。それすら許していないとティモルベを無理矢理棺に押し込む。

「イヤだっ、イヤだっイヤだっイヤだっイヤだっイヤだっイヤだっイヤだっああああああああああああ!」

 棺が【収納】され、悲鳴は聞こえなくなる。

 ティモルベ・アイッシュトーラはかつてブラギオに誘拐されたランク6の召喚士だった。

 ブラギオは誘拐した彼を使ってアリサージュが持っていた毒素06を奪い、仮死状態にしたあと、元々入手していた毒素07を彼に持たせていた。

 本来なら、その後ブラッジーニを仮死状態にし、毒素07で操ることで毒素系魔物を全て手中に手に入れる算段だったが、ディオレスに邪魔をされ計画は失敗。

 しかしノードンの機転によってティモルベを【収納】したことで毒素07の隠蔽には成功し今に至る。

 ブラジルが手に入れたかった毒素が目の前にあることでネイレスは動揺し、不覚にも物音を立ててしまう。

「誰やし?」

「好奇心で迷い込んだのなら、慈悲を与えてあげるべきでしょうね」

 言われてネイレスは顔を出す。

「ブラジルさんの妹をどうするつもりなの?」

「オレたちは連れて来いって言われただけやし、それからどうするかは上の判断やし」

 ステゴは自分に命令した本人の名前を言うつもりはさらさら無いようだった。

「だったら、妹さんを置いていって……分かってる? その子が持っている魔物は……」

「分かってるやし。そういう情報も入手済みやし。だからまあ、そういうことやし」

 つまるところ、毒素系魔物を貰いにきたということだろう。

「させない」

「無理やし。先生は妹さん連れて先に行くやし」

「慈悲をひとりで与えるつもりですか?」

「ああ、ぶっ殺して悩める子羊を悩まない世界に連れて行くのもたまにはありやし?」

「その慈悲はもったいない、と思いますが……まあこの際、そういう無慈悲な慈悲を与えるのもたまにはいいでしょう」

 言うだけ言ってノードンは去ろうとする。

「させると思う?」

「無理やし」

 ノードンの前に立ちはだかろうとしたネイレスの前にステゴが現れる。

 ランク差、レベル差があるとはいえ、素早い忍士の速度に追いついてきたことに目を見開く。

「超トロいやし」

 言葉通り一蹴すると、ノードンがアリサージュを連れて大氷穴を出て行く。

 ネイレスは追いかけることはせず目の前の敵に集中する。

 気になりはするものの、そのせいで目の前の男を取り逃せば何の情報も得られない。

「出し惜しみはしねえ。全力で殺してやるやし」

 殺意がぴりりとネイレスの体に伝わってきた。

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