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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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伝説

 66


「ルルルカッ!」

「お姉ちゃん」

 ヤマタノオロチが倒されてから、僕たちはすぐにルルルカのもとへと向かった。

 アルルカがルルルカを支え、呼びかけるがルルルカは喋るのも精一杯というふうだった。

「もう……私はダメなの……」

 悲観的にルルルカは言う。

「ダメなんかじゃない、キミは生きるんだ」

「ううん。分かるの。もうダメだって分かるの。あの技はホントはもっと、ランクを上げてからじゃないと使っちゃダメだったの」

 無理をしちゃったから、もうダメなの……、と喋るにつれルルルカの声が弱々しくなる。

「どうして……こんなことに。僕がしっかりしていれば……」

「レシュリーのせい、じゃないの。たぶん、レシュリーたちがこっちに来れば倒せる可能性だってあったの……」

「なら……」

「でも、それだと私以外の、そっち側にいたもっとたくさんの人が、死んだはず、なの……」

 それはもっと哀しいことなの、ルルルカは言った。僕がそれを嫌がると分かっていたのだ。犠牲者を出せば確かに僕はルルルカのもとに駆けつけることもできた。でもそれをしなかったのは多くの犠牲を出すことを拒んだからだ。

 ルルルカならなんとか耐えてくれる、そんな絶大な信頼が、今の事態を招いたのだろう。しかも僕が犠牲者を多くを出すのを嫌がるのをルルルカは理解していた。

 だから覚悟を決めたのだ。

「絶対に助ける、助けるから!」

 僕は叫ぶ。瞼が落ち、ゆっくりと死に向かっていくのが分かった。

「ダメです。癒術で回復しても、効果がありません」

 リアンが叫ぶ。

「たぶん、回復しないと思うの……この症状は私たちの一族がずっと経験してきて、よく分かっているの」

 涙が勝手に零れた。それでも、僕はルルルカを絶対に助けたかった。

「アルルカ、ごめんなの。今までたくさん、わがまま言ったと思うけど許して、なの。これからはたくさん自由に生きて欲しいの」

「姉さん……私は……」

 アルルカも何も言えずにいた。

「レシュリー……最期にお願いがあるの……」

「それは聞けない。キミが助かってから聞くよ」

「レシュ、聞いてあげなさい」

 アリーが言う。涙目だった。

 僕は理解したくなかった。

 もうルルルカが助からないだなんて、理解したくなかった。

「キスしてほしいの……」

 僕は戸惑った。この期に及んで。

 アリーが僕を小突いて囁く。

「……今回だけは特別よ」

 後ろを向いて、ルルルカから離れる。

 願いを叶えてあげろ、ってことだろう。

 僕は自分が情けなくなった。

 ここで拒めば、もはや人ではない。

 ルルルカの唇と僕の唇が触れた。

 一瞬と呼ぶには長く、けれども決して長くはない時間、唇が触れ合う。

「血の味がしたの……」

 ルルルカが笑う。そりゃあね、と僕も笑う。

 その次の言葉はなかった。

 ルルルカは笑ったまま死んでいた。

「ルルルカ……」

「姉さん……」

「くそっ!」

 むしゃくしゃして、どこかで助かってほしくて、僕は【蘇生球】を作り始めていた。

 その手をアルルカが止め、涙を流しながら無言で首を振る。

 それだけで理解した。

 アルルカだって本当は試して欲しいくせに、僕が無理をするのが分かったから、無理矢理にでも止めたのだ。

 やっぱり僕は情けない。

「ジョーも、アロンドさんも亡くなってるわ」

 エル三兄弟がアロンドの亡骸を抱え、その場を離れていたアリーがジョーの亡骸を担いでいた。

「せめて、せめてふたりだけでも……」

 僕はアルルカの手を振り払って【蘇生球】を作り出す。

 途端、バシンっ、と頬を叩かれた。

 アリーのビンタだった。

「このふたりはそこのルルルカよりも先に亡くなったの。とっくに樹に名前が刻まれてる。無理してあんたまで倒れたらどうすんのよ!!」

 アリーが泣きながら睨みつけていた。

「それでも……そうなっても僕は……」

 次の言葉は出なかった。

「くそっ、くそっ! くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 誰も死んでほしくなかった。死んでほしくなかったのに。

 ヤマタノオロチを倒せたというのに、僕たちは陰鬱としていた。

「帰ろう……」

 パレコが呟いた。彼だけじゃない、誰もが満身創痍だった。

「よく戻ってきた。よもや、ヤマタノオロチが八尾だとは思わなかったが、ようやった」

 離れに戻るとアカサカさんが出迎えてくれた。

 僕たちの様子を見て何かを察したのか、大喜びすることはしなかったが、喜んでいるのは眉間の皺が緩んでいた。

「ええ、ルルルカたちが頑張ってくれたので」

 僕はそれだけ言って、畳に腰を降ろした。色々なことが重なりすぎて、いきなり脱力する。

「お主の弟子ふたりは無事に保護しておるが片方は重傷じゃ。緊急だったから京の癒術士に治療させたがあと数日は安静じゃろう」

 そう言ってケガの具合を見せるように戸を開けると布団で寝ているデデビビと心配そうに見つめるクレインがいた。

 クレインがこちらに駆け寄り

「倒したんです……よね?」

「うん。ルルルカがね」

「ルルルカさんは……どうなされたんですか? アロンドさんも……いないみたいですけど」

「言いにくいけど……ふたりとも死んじゃったよ。救えなかった」

「そうなんですか……。ボクも助けられたのでお礼を言いたかったんですが……」

 残念そうに、哀しげにクレインは顔を伏せた。

「……それよりデデビビはどういう状況?」

「デビは……【降参】って技を使ったんです。設定した場所に一瞬で戻れる代わりにかなりの傷を負うって技みたいで……」

「それであんな傷を負ったのか。アロンドさんを雅京のほうに連れて行くために」

「怒りますか?」

「むしろ褒めたいよ。そうしなかったら雅京に被害が出てた。僕なんて誰も守れなかった。師匠失格かも」

「そんなことないです」

 クレインが声を荒げる。

「レシュリーさんがボクが魔法士系のままでいいって言ってくれたから、ボクは賢士でいられるんです。それに、それに賢士でいられたから……ボクにも新しい技が使えるようになったんです」

「それ、ホント?」

「本当です。こんな状況だから、喜んでいいのか……分からないですけど、それでもボクは嬉しいんです」

「そっか……それは僕も嬉しいよ。少し救われた気分だ」

 それは僕の本心だったけれど、笑みはぎこちなくしかできなかった。

 作り笑いと見られても仕方がない、そんな笑みにクレインはどう見えただろう。

 次の言葉を待つのが怖かった。

「大変だ、レシュリー。来てくれ」

 クレインの様子を窺う前に僕に声がかかる。パレコの声だ。

 曖昧にするかのように僕はそちらに向かった。


 ***


「どうしたの?」

「いやな、こいつらが遺体を渡して欲しいって。しかも燃やすらしい」

「燃やすって……そんなの……」

「おじさんたちは燃やさせないのであります!!」

「そうであります」

「そうであります」

 エル三兄弟が猛抗議している姿があった。

「落ち着くのじゃ!」

 アカサカさんが少し遅れて出てくる。

「アカサカさん、この人らが……遺体を燃やすと……」

 僕が主張すると、アカサカさんは大きく嘆息。

「お主ら……外界の冒険者を離れに追いやるという仕打ちをしながら、少しムシが良すぎると思わんのか」

 遺体を要求する雅京の禿頭たちに言い放ったあと、

「済まぬな。内界ではこういう場合でも遺体を燃やして埋葬するのが……風習なのじゃ」

 アカサカさんはそう要求する。

 かつては外界のように土に遺体を埋めていたらしいが、九尾之狐が封印されている影響で、地質が変化し、埋めた遺体が外界以上にゾンビ化、スケルトン化しやすいらしい。

 そこで生まれたのが火葬で、その遺灰でサクラと呼ばれる花を咲かせた伝説もあるとのことだ。

大陸では一般的に強い魔物と戦った場合の戦死者は土葬だった。

「つまりこの人たちは空中庭園のやり方で埋葬したい、と?」

「だとしても理由が分からない」

「……感謝したいのじゃろう。ずうずうしい話ではあるが」

 アカサカさんが黙る禿頭たちの代わりに言った。

「要するに死者を奉りたいのじゃ。助けてもらったものが亡くなっている以上、救われたものにできるのはそれしかない」

 禿頭やアカサカさんの視線が集まる。

「決めるのは、アルルカやエルたちだよ。彼らは仲間であり、家族なんだから」

 アルルカやエルたちへと顔を向ける。四人は顔を見せ合わせて、どう判断すればいいのか迷っていた。

 それでも、小さく頷いた。すぐに空中庭園を旅立っても遺体が腐る可能性も考慮してだろう。遺体を【収納】することもできるらしいが、僕たちはそれをできない。

 遺体を人として扱っているうえに死者に対する敬意があるからだ。

「丁重に扱え!」

 先頭に立っていた禿頭が他の禿頭に指示を出し、棺桶にも似た木箱に遺体を詰める。

 花を周囲に敷き詰め、少し濃い目に化粧を施す。

 その仕事を専門としているのか手際が良かった。

「すぐにでも始まる。全員、ついてくるのじゃ」

 言われるがまま、ついていく。

 たどり着いたのは僑都だった。そこにある大きな竈に棺は入れられる。棺の数は三つ。ルルルカにアロンド、そしてジョーのだ。

 その竈の周囲には大勢の人が詰めかけていた。

「これより慰霊の儀を始める。祈りを!」

 全員が片膝をつき、腕を組んで祈る。見様見真似で僕たちも同じ格好になった。

 炎がつけられ、棺が燃えていく。

 炎が自然鎮火したあと、炭化した棺を取り出す。封が解かれ、そこには綺麗な灰だけが残っていた。白色に近い、何の混じりけのない灰だけがあった。

 遺体が燃えた痕跡だというのに思わず綺麗だと思ってしまった。

 三つの石箱に、それぞれの灰を移したあと、禿頭が一礼。移動していく。

 その後を追うと、大きな石碑があった。すぐにそれが慰霊碑だと分かる。

「こんなものを短時間で……?」

 まるでジョバンニみたいだと思った。

「内界は短い時間で作る事に手馴れておる。外界から来た、じょば……なんとかという奴も数年前その技術を覚えていったと噂に聞いたことがある」

 と思ったらジョバンニのルーツだった。

 慰霊碑に石箱が入れられ、その場で死者の名前が刻まれた。

「祈りを!」

 言うと、ついて来ていた京の人々がまた祈りを捧げた。当然、僕たちも。

 しばらくすると京の人々は祈りを止めて名残惜しそうに去っていく。

 終わりの宣言はなかった。京中の人々が押し寄せ、祈り続けていると全員が終わらないからだろう。その祈りは真夜中まで続き、僕たちはずっとその光景を見ていた。

「救われたのかな、ルルルカは。アロンドも、ジョーも」

「姉さんは最初から救って欲しいとは思ってませんよ」

 それは酷い言葉に聞こえた。「誤解しないでください。姉さんはレシュリーさんとともに救いたいと思っていたんです。だから姉さんは、いやアロンドさんにジョーさんだって、雅京を救えたことをきっと喜んでいます」

 アルルカはそう言って微笑んだ。

 その後、慰霊の儀は3日続いた。

 僕たちはシッタたちの来訪によってその頃には空中庭園を離れていたけれど、代わりにアイドル冒険者ルルルカのファンがこぞって彼女の死を悼みにやってきた。


 ***


 その日、ルルルカは空中庭園で英雄になった。

 後世では伝説になり、英雄譚「尾之害獣伝説」の最終巻にも登場していた。アロンドやジョーも一緒に。

 勇者、盾にて京を守り、熱き詩人、燃える旋律により民を奮い立たせ、短剣の聖女、百一の剣を操りて八尾之害獣、討ち滅ぼさん、と。 

 ヤマタノオロチ討伐から数日後、柳友一族に新しい命が生まれる。

 柳友一族の百二代目にして初の女児だった。

 ベイベエの妻は新しい時代と新しい命に感謝してこう名付けた。

 ルルルカ、と。

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