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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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命燃

 65


 ルルルカはかつて剣投士だった。

 剣投士を選択したのは、市場に売っていた匕首に魅入られたからだ。

 どことなくこれを使いたいと冒険者が思うのはごく当たり前に起こる現象だ。

 副職を何にするか迷っていたルルルカにとっては都合が良かった。

 奇しくもレシュリーと同じように稀代の投球士エージに憧れ投球士になったルルルカは

 匕首〔ちゃっかりイチベエ〕に魅入られ、剣投士になった。

 選択はいつだって安易だ。けれどその選択は間違いだったといわんばかりにルルルカを苦しめた。

 〈天才〉の才覚を持つアルルカが共闘の園を一回でクリアするなか、ルルルカは失敗。

 剣投士を選んだのが間違いだったと決めつけた。

 それが正しい選択だったか、間違っていたかは分からない。

 それでも副職の魔法剣士を活かして、なおも匕首に拘って、それが扱える操剣士に転職した。

 転職してすぐに共闘の園はクリアできた。やっぱり剣投士が間違っていた、ルルルカはそう思った。ルルルカは自分の才覚が〈晩成〉で徐々に徐々に力をつけていくことを知らなかった。

 その数ヵ月後、レシュリーは落第者になった。聞けば投球士だった。

 ほら、やっぱり剣投士は――投球士系は間違っていた、すぐにそう思った。

 自分の憧れすら忘れて。でも当然だった、ルルルカはその時活躍していた元冒険者のアイドルに熱を上げていた。活躍すれば、あんなふうに人気者になれる。

 そう思っていた。

 もっともっと強くなろう、そんな思いとは裏腹に戦闘の技場を突破できなかった。何がいけないのか、何が悪いのか。

 分からないまま、ルルルカの前に、彼は現れた。

 レシュリーだった。2年間、落第者だったレシュリーは一年も経たぬうちにルルルカと同じ舞台にいた。

 投球士系を諦めたのは間違いだったのか、諦めずに続けていれば、あんなふうになれたのか。

 レシュリーは落第者になっても諦めなかった。大陸に渡り、転職できる機会を得ても、投球士系でい続けた。

 憧れた。憧れてしまった。

 アイドルにはなりたい、でもあんなふうになりたい。

 レシュリーの傍には自然と仲間が集まった。人気者に見えた。ルルルカが憧れたアイドルよりもアイドルだって思えた。

 あんなふうに、あんなふうになりたい。

 いずれ追い越したいと思って、まずは追いつこうと努力をした。

 すると結果はついてきた。いつの間にかアイドル冒険者になっていた。

 一つ目の夢は叶っていた。ルルルカは気付かずに夢への近道を通っていた。

 嬉しかったが満足なんてしてはいけない。

 レシュリーはまだ先にいる。ずっと先にいる。

 追いついてやると決めていた。

 絶対にあんなふうになるんだ、と。

 だからルルルカはすんなり覚悟を決めれた。もちろん、ジョーの答えに背中を押されたのもあった。

 本当は怖くて怖くて、怖くて仕方がなかった。

 死にたくなんてなかった。でも自分が憧れたレシュリー・ライヴという男は、自分の死よりも他人の死を嘆き、自分を犠牲にしても他人を助けるような冒険者だった。

 あんなふうになってやるんだ。

 だからルルルカはカジバの馬鹿力を限界まで使うことを決めた。

 あとのことなんて知ったことか。唾とともに未来を吐き捨てる。

 今、救うことだけを考える。

 絶対に救ってみせる。

 ルルルカは気付いていなかった。

 このときばかりはレシュリーさえも追い越していることに。


 ***


「SSGSS」

 ルルルカの輝く姿を見て、遠くアテシアは思わず呟く。

 その輝きはどこからでも確認できた。

 比喩ではなくそれは外界の、つまりは大陸にいた人々も確認していた。

 ルルルカはカジバの馬鹿力を超えるカジバの馬鹿力を発動していた。

 周囲に蛍が飛び交うように発光するのが初期段階。

 やがて力を解放するにつれ、金色に発光。

 その後、白銀を経て透明になり、散乱した光によって青く光り輝く。

 ようやく【治癒雨】で立ち治りかけていたアルルカもそれを確認していた。

「その力は、いけない……姉さん」

 その後、どうなってしまうのか分かっていた。目尻に涙が溜まる。けれどもはや発動したその力をアルルカは止められない。

 覚悟を持って姉さんはそこまで力を使おうと決めたのだ。

 それが分かっていた。分かっていたから止められない。

 ルルルカはこの状態に慣れるに従って世界に息吹く命を感じることができた。

 そこでジョーの体から命が感じられないことを知る。

 ただただ感謝しかない。そこまで命を尽くしてジョーは時間を稼いでくれた。

「本当にロックな漢なの」

 ジョーにとっては最高の褒め言葉だろう。

 次は私の番なの。一瞬だけルルルカは目を閉じる。

 自分の命が最高に光り輝いているのが分かった。

 常備している十本、匕首〔ちゃっかりイチベエ〕、匕首〔どっぷりニヘエ〕、匕首〔どっきりサンベエ〕、匕首〔がっちりヨンベエ〕、匕首〔びっくりゴヘエ〕、匕首〔しっかりロクベエ〕、匕首〔ばっちりシチベエ〕、匕首〔がっかりハチベエ〕、匕首〔ひったくりキュウベエ〕、匕首〔野牛ジュウベエ〕を展開。

 次に果し合いのときにも使った匕首〔暖かいハルベエ〕、匕首〔暑いナツベエ〕、匕首〔承るショウベエ〕、匕首〔海のイソベエ〕、匕首〔お揃いのセイベエ〕、匕首〔お楽しみのユウベエ〕、匕首〔踊りのナンベエ〕、匕首〔陰陽児アンベエ〕、匕首〔勝ち越しのマケンベエ〕、匕首〔がっくりトンベエ〕を取り出す。

 それだけではない、柳友シリーズの21個目、匕首〔悲しみのアイベエ〕から50個目にあたる匕首〔山のヤソベエ〕まで、コレクションしていた残り三十本が展開される。

 この時点でルルルカの限界を超えていた。

 けれどルルルカはまだいけると確信があった。

 そしてベイベエからもらった51個目の匕首〔喜びのキヘエ〕から100個目の匕首〔団栗のセイクラベエ〕まで計五十本の匕首をさらに取り出した。

 その光景を遠く雅京でベイベエは見ていた。

「すごい……あなたに託してよかった」

 自分の始祖たる柳友一兵衛から父に当たる、百代目柳友背比兵衛まで一族が勢ぞろいしていた。

 こんな光景はもう二度と見れない。ベイベエはひとり興奮する。

「ゴホッ、ゴホッ……」

 そのツケが回ってきた。

 ルルルカには告げなかったが、そしてそんな素振りを微塵にも見せなかったがベイベエは重い病に冒され、死の間際だった。

 だから形見分けのように、大陸に散った一族の匕首を全て集めたルルルカに奇縁を感じて手元にあった全ての匕首を譲ったのだ。

 それを譲った途端、一気に疲れが出て体調が悪化した。役目を終えたといわんばかりに。

 全ての匕首を譲ったのは一族が一度に戦う姿を見たかったからだ。

 ルルルカが普通の状態では全てを一度に扱えないと聞いて落胆したのが本心だった。

 けれどその願いは思わぬ形で叶った。

 それが嬉しくも哀しい。一族を一度に扱えているということはルルルカは普通ではない状態なのだろう。

「ゴホッ、ゴホッ……」

「大丈夫ですか?」

「いや、もうダメだろう」

 体を支えてくれている妻の言葉に悲観的な言葉を返す。

「けれど、命は繋いだ」

 妻は妊娠していた。百二代目はいずれ生まれる。生贄にならない世界で。

 だから命は続く。

 死ぬとしても悲観はしない。前ほどに嘆いたりはしない。

「あとは願わくば……」

 願いが叶ったというにベイベエはまだ願う。

 いや、これは願いを叶えてくれたルルルカに対する願いだ。

「僕も一緒に戦わせてくれ」

 ベイベエは願う。

 冒険者としても、闘球専士としても大した活躍はできず引退した。

 血気盛ん、勇猛な柳友一族にとって自分は出来損ないだった。

 それでも一緒に戦わせてくれ。ルルルカに恩返しさせてくれ。

 ベイベエは願う。

「僕が死んだら、……ゴホッ……鍛冶屋にすぐにゴホッ……匕首を打つようにゴホッ……」

 ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ……と咳が止まらなくなる。

 妻を払いのけてベイベエは地面に倒れる。

 口から激しく吐血。払いのけたのは妻の着物に血がつかないように配慮してだった。

「頼んだ……よ」

 最期に妻に伝言を残してベイベエは息を引き取った。一族のなかで一番若くしての、そして初めての病死だった。

 分かりました、と妻が告げる前にベイベエに変化が起きた。

 死体が光に包まれ、そして収縮していく。

 何が起きたのか妻には分からなかった。

「魔剣化だ。噂には聞いていたが……見たのは初めてだ」

 外の様子を見ていた鍛冶屋がベイベエの様子に驚く。

「強い想いが稀にこういう現象を起こすってのを聞いたことがある。感情が負であろうが、正であろうが関係なく、な。そうしてできた魔剣は強靭な力を持ち、そして使って欲しい者のもとへと飛んでいく」

 鍛冶屋がベイベエの妻にそう説明する頃にはベイベエはどす黒い匕首へと変化していた。

 そしてひとりでに動き出す。

 百本の匕首を展開したルルルカは哀しげに雅京のほうへと手を差し伸べた。

 命を感じられるようになったルルルカはそこに尽きる命があることを知った。

 そしてそれがベイベエであることも。

 さらにはベイベエが魔剣になったことも直感で分かった。理屈も無視して。

「一緒に戦うの」

 ベイベエがそこへと飛んでくる。その光景を見た人によりのちにその魔剣はこう呼ばれるようになった。

 魔匕〔来たれ、ベイベエ〕。

 百一本もの匕首がルルルカの後ろに並ぶ。

 娯楽雑誌なら見開きを文字で埋め尽くすような壮観さ。

 魔匕を掴んで、前へと投げる。

 それに連なって他の百本も動き出した。同時にルルルカも動き出す。

 百一本の匕首が魚群のように集まる。魔匕が目の位置となり、一匹の大きな魚を作り出す。

 大魚が大空を泳ぎ、ヤマタノオロチへと突撃。

 衝突。

 まるで鮫が獲物を食い散らかすかのように触手がボロボロに切り刻まれた。

 瞬時に反転。ヤマタノオロチが通り過ぎていった匕首のほうを振り向く。

 百本の匕首が再度、突撃。

 目の位置に黒い光点が消えていた。

 触手が再生すると同時に匕首が半分に割れる。

 形作るのは竜の顎。

 噛み砕くかように匕首が挟み込み切り刻んでいく。

 触手が再生しきる前の強襲だった。

 ヤマタノオロチの瞳が光る。業を煮やして咆哮。途端に口腔に光球が膨れ上がり、身体が発光。

 ばらけて小魚のように飛び交う匕首を一掃すべく、溜めた光球を放つ。

 多くの匕首が群がる周辺めがけ光線として扇状に発射。

 大地を焼き焦がし、木々が燃えていく。

 だが匕首はまるでそれをすり抜けるように動き、全てを回避していた。

 そうして翻弄されるがままのヤマタノオロチは追いきれていなかった。

 竜の顎を形作る前に一本消えた魔匕を。

 ざしゅん!

 高速で落ちてきたそれはヤマタノオロチの目玉を確実に抉っていた。

 跳躍しすぎたせいで今まではるか天空へといたルルルカはその途中で魔匕を呼び寄せ、突き刺したのだ。

 喘ぐヤマタノオロチから飛び退くと高速再生していたヤマタノオロチの触手が強襲。

 ルルルカの足を絡めとろうと動くが間にあわない。

 ヤマタノオロチが発光し、同時に触手の口が大きく開く。

 その無数の触手から光線が発射。

 最初に来た光線を魔匕で払いのけると、次なる光線が来襲。

 超高速のステップで横に飛び退け、攻撃に転じようとする最中、

 光線が曲がる。追尾性能を持っているようで、見れば全てがルルルカを追ってきている。

 前後左右、そして上からも。

 ルルルカを光線が穿つ、かに思えた。

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 ヤマタノオロチの咆哮は歓喜からではなかった。

 煙が晴れ、そこにルルルカはいた。先の咆哮はヤマタノオロチの怒りだった。

 回避が間にあわないと判断したルルルカは飛び交う匕首を【収納】。

 操剣技能発動中の剣はどこにあろうとすぐに【収納】できる。それを利用して【収納】で自分のもとへと回収した匕首百本を瞬時に展開。光線に超高速で当てることでその全てを弾いたのだ。

 そこに噛みつくヤマタノオロチ。

 転がるようにすぐさま回避。同時に百一本を顔へと向かわせ、触手を切断。

 再生を始めた触手はいつもの半分。それも再生速度は遅い。

「そろそろ決着なの」

 自分の命の輝きが燃え尽きようとしている。

 ルルルカには分かっていた。

 けれど焦りはない。ヤマタノオロチもまた命の輝きが薄まっているのが分かった。

 どうやらヤマタノオロチにとって、口から吐き出す光球は最後の手段なのだろう。

 それを使うたびに命が削られているのがルルルカには分かっていた。

 その奥の手を使ってまでルルルカを倒しきらなければならない、とヤマタノオロチも分かっているのだ。

 だからこそ、

「グルウウウウウウウウウウウウウウウォオオオオ!!」

 咆哮のあと、放たれた光線は雅京のほうを向いていた。ヤマタノオロチとしてはそちらに余力を裂かせて、不意を打つ算段だった。

 しかし、驚くべきことにその進路上にルルルカがいた。

 理由は簡単だった。その光線は自らの命を削っている。

 つまり命の塊だ。命を感じ取れる今の状態のルルルカならばどちらに放たれるかは一目瞭然だった。

 百本を固め、大きな盾となった匕首でその命の光線を防ぎ、ルルルカは笑う。

 挑発的な笑み。

「グルウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 逆上したヤマタノオロチが今まで以上に大きな光線を吐く。

 持久戦に持ち込めば、やがて命が尽きる可能性はある。

 けれどそれはルルルカも同じだ。ヤマタノオロチがルルルカがどういう状態にあるか悟ればその手段を取る可能性もある。

 だからルルルカは挑発し、その考えに至らせないでいた。

 そのまま発射された光線へとルルルカは飛び込む。

 槍の先端のように匕首を前方に並べ、光線を切り裂きながら前へ、前へと進む。

「やああああああああああああ!」

 ルルルカが気合とともにヤマタノオロチの口へと飛び込む。

「ぶちまけろなのおおおおおおおおおおおお!!」

 腸をぶち破るがごとく、ヤマタノオロチの頭を大槍と化した百本の匕首が貫く。

 首がそのまま落下する。

 地面に落ちて、衝撃。

 動いていた触手が止まり、枯れるようにしぼんでいく。

 遠く、八本の尻尾も同じように枯れしぼむ。

 ヤマタノオロチの終焉だった。

 ゆっくりと着地したルルルカの髪型が元に戻り、膝をつく。

 操れ切れなくなった匕首が地面へと落ちる。

 ルルルカもまた命が尽きようとしていた。

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