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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
286/875

岩巻

 64


 盾の勇者アロンドが叫んだとともに殺されたのを見て、雅京の人々は再び絶望を想像し、そして本当のヤマタノオロチを見て、尾之害獣伝説が終わっていないことを悟った。

 尾之害獣伝説は英雄譚として再編され、それを読めば英雄たちの活躍を存分に知ることができるので伝記としても、楽しむこともできた。

 けれどその実、尾之害獣は様々な災厄を振りまいてきた。

 それが自分たちに降りかかるのだと知り、身体の震えが止まらなくなった。

 そんな雅京の人たちに聞こえてきたのは熱い旋律だった。

 音源はジョー。そこから距離が離れているので爆音に過ぎるが、その旋律は人々の恐怖を和らげたのは事実だった。

「頑張れ」

 誰が言ったか、それはジョーに投げかける期待だった。

 まだ希望は潰えていないという期待だった。

 闘球専士にもならず、贄の泉の生贄に家族が選ばれてもなお、哀しみを見せず、音を奏で続けたのがジョーだ。

 薄情者と家族に罵られ、変わり者と京中に言われてもロックを好み続けたジョーに雅京の人々が一縷の望みをかけていた。

「頑張れ」

 皮切りにその声が京中に広がっていた。


 ***


「YAAAAAAAAAAAHAAAAAAAA!」

 京中の声援はジョーには届いていない。

 それでもジョーのなかに溢れる何かがあった。

 それがなんなのか分からない。

 けれどイマジネーションが爆発して、指が高速で動く。

 頭のなかの想像力が止まらない。

 即興曲をその場で弾いて、それが魔法になる。

 魔法の詠唱方法をジョーは知っている。

 けれどどの音でどう定義できるかは知らない。

 頭のなかの想像力をそのまま曲として音に乗せて、そうして生まれた旋律がジョー好みの詩歌(ロック)になっているだけだ。

 そもそもロックとは何か、とジョーは尋ねられても答えられない。

 その都度、曖昧と言われるがジョーにとってロックとは感覚なのだ。

 自分の感覚は自分にしか分からない。

 他人が理解できるわけがない。いや、理解されなくてもいい。

 理解されるためにジョーはやっているわけではない。

 やりたいことをやるだけだ。

 【落石】を降り注ぎながら、旋律を奏でながら、ジョーは転がりヤマタノオロチの顔による、伸びる拳のような頭突きを回避。

 吐息は吐いてこないようだ。それかわざと吐かないのか。

 どっちでもいいと思った。いやどっちでもいいと思いもしなかった。

 そんな思考すら邪魔。ただジョーは旋律を奏で、そのついでにヤマタノオロチの頭突きを避けていた。

「俺の独奏会なんだ、そう焦るんじゃねぇZEEEEEEEEEEEE!」

 旋律が加速し、ジョーが加熱する。

 階級がひとつ上がり、【岩石崩】が連続音速発動される。

 幾許かの触手が落下した岩を破壊するように動き、いくつかは岩によって倒される。

 超高速の指弾き。

 その間、魔法が止まる。詠唱とは無関係の旋律。けれどヤマタノオロチはなぜか脅威だと察知。触手を一瞬で再生させ、すぐさまジョーに襲いかかる。

 分かっていたとばかりにジョーは笑い、旋律を変えた。

ロック()じゃねぇが仕方ない」

 【加速】に【硬化】、【魔抵抗】を音速展開。

 触手の回避が目的のため後ろのふたつは念のため。というわけではない。

 ジョーはこの3つを同時に詠唱する旋律しか知らないのだ。

 自身を加速して回避。触手が少し掠るがそれは軽傷にもならない、衣服は破れたが、肌は傷一つない。なぜか頭痛がし始めた。

「じゃあ次は俺の熱いロックビートを聞きやがれえええええだ、ZE!」

 旋律がより激しくなり、階級が今度はふたつ上がる。

 階級1【落石】、階級2【岩石崩】と来て今度は階級4【弾岩】だ。

 鋭く尖った岩が弾のように高速で対象を狙っていく。

 ずざり、と触手に突き刺さると同時にジョーはずきり、とまた頭痛を覚えた。

 だがそんなものは気にもならない。

 3分は短いようで長い。

「そろそろフィナーレだZE!」

 クライマックスのように旋律を早めて発動。

 攻撃階級7【隕石地任】。

 果し合いでも見せたその魔法だが、そのときと違いがあった。

 巨大な隕石が、ふたつ。落ちてきていた。

 まずはひとつめがヤマタノオロチの本当の首へと直撃。

 押し潰すかに見えたが触手が連続で拳を叩き込むように動き、隕石を破壊。

 だが、その後ろからもうひとつの隕石が迫る。

 ひとつめの隕石にきっちりと隠す形で。

 けれどそれは単調、単純すぎた。

 そのままヤマタノオロチは触手使いでふたつめも破壊。

 だがふたつの隕石を破壊した時間こそがジョーの目的だった。

「きっちり三分。独演会には短かすぎるが、これにて幕引きだ、ZE!」

 言ってジョーはルルルカのほうを見る。

 けれどルルルカはまだ動かない。そんななか、視線だけが動く。もう少しかかると訴えていた。

「と思ったがアンコールにお応えして、もう一曲。ロックだろうぅ?」

 ヤマタノオロチに問いかけて、ジョーは笑う。

 その反面、頭痛が酷い。それを内緒にしてジョーは役割を果す。

  攻撃階級1~3の魔法の高速展開に加えて、攻撃階級7の連続行使にすでに精神に限界が来ていた。眠気も襲ってきているのがその証左。

 魔法の使用で死なないように人体には安全装置が備わっている。

 頭痛が忠告だとすれば、眠気は警告。素直に従わなければどうなってもしらないぞ、と身体が訴えているのだ。

 それがどうした、逃げ出すのはロックじゃねぇだろ。

 自分の体に言い聞かせて、指を弾く。

 眠気に負けじと指は動いてくれる。

「これが俺のラストSOOOOOOONG。オゥケエエエエエイ、行くZEEEEEE!!!」

 自分の身体がどうなっても知ったことか。

 死んだって構いやしない。

 雅京が故郷でもなんでもない冒険者が、雅京を守ろうとしているのだ。

 雅京が故郷の自分が命燃やさないでどうする。

 雅京の人々が自分をどういう目で見ていたのか知っている。

 自分の家族が自分をどういう目で見ているのか知っている。

 それでもジョーは雅京を嫌いになれない。何があっても嫌いになれない。

 それはジョーが幼少期にロックを教えてくれた外界者の吟遊詩師が影響しているのかもしれない。彼の演奏は熱く滾る何かがあり、そのなかで故郷を大切にしろと歌っていた。

 だからジョーはロックを愛して故郷を愛す。

 生まれた場所だから、愛すべき人々がいる場所だから。

「これが俺の全力だぁあああああああああ!!」

 熱烈な旋律が響く。きっと誰もが忘れられない景色になる。

 魔法、技能に関わらず全体的な底上げとなる【戦闘力強化】、体重を擬似的に減らし、【加速】効果の恩恵を十全に得る【身軽(レティス)】、誘導効果を追加し、ほぼ百発百中となる【必中(ヒットアンドヒット)】、それを三重展開。

 ありえない動きで、ヤマタノオロチの顔に肉薄する。

「特等席のプレゼントだZE!」

 鳴り響き、【隕石地任】が星白銀の岩巻樹杖〔情熱の歌い手ロック・ザ・スター〕の脹れた杖頭から発動。ジョーは杖を逆さに持てるように改造を施して石柄から魔法が展開されるようにしてあるが、このときばかりは逆さを向いた杖頭から発動した。

 しかも、詠唱者のはるか彼方から落ちる【隕石地任】を無理矢理、杖頭から発動した。

 結果、その場に隕石が出現し、ヤマタノオロチへと迫った。ジョーは【身軽】と【加速】の効果ですっかりとその場から退避している。

 触手にも対応できない速度、距離での展開に、処理が間にあわない。

 それを確認して

「拍手の途中だが、これにて終幕だ、ZE!!」

 言い切ってジョーはその場に立ち尽くした。ルルルカがどうなったかは確認できなかった。精神が完全に枯渇し、心が死んだ。

 まともに立てなくなり、ジョーはそのまま倒れていく。

 【隕石地任】の衝撃によって巻き起こった砂埃による視界の悪さが晴れるとヤマタノオロチが吼える。

 触手の大抵失い、顔がはっきりと見えた。その触手もじわじわと再生を始めていた。

 それでもヤマタノオロチは吼えた。それは強さを誇示するために行ったようにも、ここまでされたことに対する怒りを露にするために行ったようにも見えた。

 何にせよ、ジョーがあそこまでして倒せなかったというのは雅京の人々をわずかに落胆させた。けれどジョーが立ち向かったことは人々にマイナスの感情では決してない何かを植えつけていた。

「ありがとうなの、ジョー」

 ジョーが死んだとは気づいていないルルルカがお礼を述べる。自分が少しだけ手間取ったのに、それにすら対応してくれた。

 だから次は自分の番だ。

 ルルルカの髪のは透明になかったかのように透き通り、散乱した光によって青く光り輝いていた。

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