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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
285/875

正体

 63


 例えば、水をココアだと、ココアを水だと幼少期に刷り込まれた場合、その人はココアのことを水だと思うし、水のことをココアだと思う。一種の暗示だ。

 けれどそれは成長して様々な人と出会うことで、ココアはココアで水は水だと、自分の認識が間違っていたのだと多くの人が思っている方向へと修正される。

 そういうふうにゴブリンがゴブリンであるのは、あれこれ関連付けられた特徴を持った魔物をそう呼ぶと認識しているからだ。

 それは先人が名付け、そう呼ぶようにしたゆえだ。

 つまり後世においてゴブリンを他の名前で呼んでいた事実、歴史が見つかれば、それはそちらへと徐々に修正される。若い世代と年老いた世代で一時的に呼び名が異なるが、やがてその事実は若い世代の増加とともに世界に浸透し、呼び名が変わるはずである。

 それを念頭に置いて、

 唐突ではあるが、この空中庭園には様々な伝説があり、そのなかのひとつに尾之害獣伝説がある。

 一尾付毬藻、二尾之猫、三尾玉杓子、四尾海老、五尾砂獏、六尾蠍、七尾乃牛鬼、九尾之狐、一から九までの尻尾をもつ強敵を倒したという伝説だ。

 ツインテイル(ニ尾)フォックス()トライアンクロウ(三尾烏)など、多くの尻尾を持つ魔物はその従者だと言われている。

 ここで気になった人もいるかもしれない。

 この伝説には八尾の魔物がいない。

 尾之害獣伝説の文末には、まだこの伝説は終わりではない、と記されている。

 それは十尾以上の魔物がいるかもしれないという推測と、八尾の魔物が見つかっていないという事実からであった。

 けれど前述した魔物が倒されたのは随分と前のこと、それ以来、十尾以上の魔物は出現しておらず、八尾は確認されていない。

 空中庭園の人々は尾之害獣には八尾はおらず、尾之害獣伝説もすでに完結している――そう思いこんでいた、今までは。

 ルルルカの目の前に現れたそれは首だった。大きな首。

 その首の周囲にはまるでメデューサ(蛇顔女)のように周囲に触手を纏わりついていた。

 そしてその首は、全員がずっとヤマタノオロチの尻尾だと思いこんでいた部分に繋がっていた。

 つまりそれが正体だった、ヤマタノオロチの正体だったのだ。

 八岐大蛇だなんて所詮、先人が戦い遺した文献から語り継がれてきた名称でしかない。

 八本の首があるから八岐大蛇。

 単純な名付けだが、見て見れば言い得ている。

 名前が先にあれば、姿を見て後人はそう思い込んでしまう。刷り込まれてしまう。

 だからレシュリーたちは正面から八本の首を倒していた。

 だがそれがそもそもの勘違い。

 レシュリーたちの頑張りも、ジェニファーの特攻も、何もかも見当違い、何もかも無駄。

 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ、と何発も殴られてしまったかのように今までの行いが一瞬で水泡に帰した。

 ヤマタノオロチと名付けられた魔物にすればレシュリーたちによって蛇の頭にも似た尻尾を攻撃されていただけの話。

 蜥蜴が窮地に尻尾を切るように、ヤマタノオロチもまた尻尾を切り、再生すればいいだけなのだ。

 おかしいとは感じなかっただろうか。

 伝説にも残るヤマタノオロチの八本の首が三分程度の時間でですんなりと切断できたのを。

 単純なことだった、ある程度、敵対者に斬られたら、悟られない程度にヤマタノオロチ自身が皮膚を軟化させ切られやすくしていたのだ。

 全ては掌の上。

 踊らされていたのだ。

 ルルルカは触手が再生していることからこの地面の下に、ヤマタノオロチの尻尾があるではないか、その尻尾に触手がついているのではないか、そう気づいた。

 けれどそうではなかった。あったのはヤマタノオロチの頭だった。その頭に触手がついていたのだ。

 出現した本体は、なるほど確かにこちらを見ればこちらが本体だと認識できるほどにしっかりとした鱗を生やしていた。竜に分類される多くの魔物と似た頭の造りをしている。

 全容を明かせば、ヤマタノオロチ(と名付けられた魔物)は蛇にも似た八本の尻尾を持った竜だった。

 触手に囲われた竜頭が鋭い目つきでルルルカを見た。次にジョーを。

 そうして笑う。いるのはたったふたりだけかと言わんばかりに。

「一旦、引いて……レシュリーと合流するの?」

 ルルルカが問う。

「いや、それはロックじゃねぇZE。それにあっち、首だか尻尾だがよく分からねぇが、ニョキニョキと生えてきてそれどころじゃねぇみてぇだZE」

 言われてルルルカも遠方を見る。長い尻尾が八本、確かに生えていた。

「だったら、戦うしかないの」

「みたいだZE★ 俺は覚悟を決めている、ここで引いたら男、いや漢じゃねぇZE」

 言い直した意味が分からなかったルルルカだが、言い直したあとのほうがなぜだか力強く感じた。

「お嬢さんは逃げてもいいんだZE。漢ジョー・ゴンダワラ、ひとりでも戦い抜く覚悟はあるつもりだZE」

「ひとつだけ聞いていいの? ジョー、あなたは怖くないの?」

「怖いに決まってる。逃げ出したいに決まってる。けど俺は冒険者だZE。夢を希望を与える、熱いロックを奏でる冒険者だ。だとしたら無様に無残に逃げ帰れるわけがねぇZE。逃げた人間が夢を持て、希望があるだなんて言えるわけがない。そんなロックでもねぇ、ロックでなしになれるわけがねぇZE」

「そこまで言われたら私も逃げたりできないの。私だってアイドル冒険者。みんなに夢と希望を与えてる。逃げてろくでなしになったら、私はアイドル冒険者なんて続けられないの」

 ルルルカは覚悟を決めて、

「うん、迷っている暇なんてないの。ジョー、お願いがあるの」

「なんだZE? 言ってみろDARO?」

「三分、三分でいいの。ひとりで時間稼ぎをして欲しいの」

「それで何が起きる? 何を起こす? ロックでもねぇ話ならお断りだZE?」

「そうすれば、ヤマタノオロチが倒せるの」

「YAAAAAAAAHAAAA★ そいつはロック、ロックだZE。魂BINBIN、燃えてKITAZEEEEEEEEEE!」

「それじゃやってくれるの?」

「当たり前だ、ZE。漢のなかの漢ジョー・ゴンダワラ、おして参る、ZE!」

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