表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
284/874

触手

 62


 それは地面からの奇襲だった。

 反射魔法から街を守ろうと全神経を集中させていたアロンドに不意をつく形での。

 守りきって安堵、油断するところを一突きしたのだ。

 その触手は蛇に似た表皮を持ち、蛇の頭のように先端はぷっくらと脹れていた。目はないが、代わりに大きな口があり、口内には鋭い牙が見えた。

 心臓を食い破り容易く背中を貫くほどの切れ味を持っているのはアロンドが身をもって実感していた。

 アロンドは触手を握る。意外とヌメリとしておらずしっかりと握れた。

 そうして思いっきり引きちぎる。これほどまで力が出るのだ、と逆にアロンドが戸惑ってしまうほどの握力でアロンドは触手を断じた。

 しかしその頃にはアロンドの周囲に同じ触手がたくさん現れていた。

「おじさん、大丈夫なの?」

 アロンドを心配してルルルカが近寄ってくる。周りを囲う触手を一気に切断して。

「ま、大丈夫じゃねぇだろうな」

 アロンドは苦笑。出血を防ぐためか、貫いたままの触手はまだ身体から抜いていない。

 生きているのは奇跡――いや呪いかもしれない、とそんなことを思った。

「だが……まあ、なんとかしてやるよ」

「レシュリーをつれてくるの。そうすれば……」

 死んでも蘇生球が使える、そう言いたいのだろう。

「いや、もう間に合わない」

 逃げ場はなかった。切断しても触手は地面から生え、周囲にはまだ魔物たちがいる。

 クレインやデデビビは無事に逃げ切ったので、この場にいるのはふたりだけだ。

 魔外装盾〔救われよ、アデルーリア姉妹〕から長女だけを引き抜き、アロンドは構える。

「お嬢ちゃんだけでも逃げろ。ついでにミチガたちにも伝言も頼めるか」

 遺言のようにアロンドは言った。「強く生きろ、ってな」

「イヤなの。おじさんも諦めたらダメなの!」

「わがままは良くねえ。言うことを聞いてくれ、お嬢さん! 頼、む! 頼むから、守りきって死なせてくれ」

 自分の死期が分かるのだろう。アロンドは叫ぶ。

 ベイベエが言った死に様の意味がルルルカにはなんとなく分かった気がした。

 でも納得はできない。

 だからルルルカは逃げない。

 周囲の触手を切り刻み、アロンドを肩で支える。

 そうして一緒に逃げようとして。

 触手はその一瞬の隙を突いてきた。

 油断をしたつもりはなかった。

 ルルルカを狙う触手をアロンドは身を呈して守った。

「……ごめんなさいなの」

 完璧に守って死にたかったであろうアロンドと逃げようとしてこの様だった。

 ルルルカは謝る。その死に様が無様に思えたから。

 けれどアロンドは無様だとは思っていなかった。

 無様に逃げ出して、生き延びて、アデルーリア五姉妹を救えなかった自分が、レシュリーたちと出会い、最期には一人の少女を守って死ねるのだ。

 それのどこが無様だろうか。

「オレは満足だ」

 ルルルカに後悔させないように、アロンドはそう告げて倒れる。

 魔盾〔弟想いのアイリスフィール〕が使用者の死亡と同時に消滅し、長女が欠けた魔外装盾〔救われよ、アデルーリア姉妹〕が中央にぽっかりと穴を空けたまま、鎮座していた。

 ひとりとなった少女を囲うように触手と魔物たちが集まってくる。

 でもルルルカは諦めない。

 遠く、レシュリーたちが満身創痍ながらも首を全て切断したのが見えた。

 それがジェニファーひとりでやったことだとルルルカは知らない。

 それでもそれが勇気になった。

 泣いてなんていられない、嘆いてなんていられない!

 アロンドの死を哀しむのは後回しにしてルルルカは集まっていた魔物たちを屠っていく。

 魔物の数は目に見えて減っていた。

 けれど触手の数はまったく減っているようには思えなかった。

 もしかしたら再生しているのかもしれない。

 まるでヤマタノオロチの首みたいだ。

 そこまで考えてルルルカはもしかしたら、ととあることに気づく。

 でもその気付きを確認しようがない。

 一瞬の思考で動きがわずかに緩慢になる。

 ほんの一瞬だったはずなのに、触手はその隙を見逃さない。

 ルルルカを触手が的確に貫く


 

 ――その少し手前、頭上から降ってきた岩が触手を押し潰した。

 その個体だけではなく、周囲にいる触手も次々と。

 【岩石崩】だった。

「遅刻なんてロックでもねぇが、女ひとりに寄ってたかるなんて、それこそロックでもねぇ話だZE。ゲスの極みDARO!」

 雅京を覆う外壁の天辺から、ジョーは叫んでいた。

 ルルルカの元へさえも届く大音声だった。

 窮地を助けられたルルルカの窮地は終わっていなかった。

 落ちてきた岩の隙間を縫って触手はまた姿を現す。

 数としては減ってはいないようにも見える。【岩石崩】なんて無駄だと訴えているかのよう。

 ジョーは外壁登りしたように外壁降りをして、ゆっくりと降りてきている最中だった。

 間抜けな姿にルルルカは気が抜けてしまうがすぐに入れ直す。

 ジョーがやってくるまではひとりで触手を追い払わないといけない。

 頭に生まれた気付きを宿したまま、ルルルカは触手を倒し続け、

「行くZE★ 来たZE★ 倒すZE★」

 ZE★で韻を踏んだつもりのジョーが星白銀の岩巻樹杖〔情熱の歌い手ロック・ザ・スター〕をかき鳴らし、音で詠唱。【岩石崩】を連続展開していく。

 それはどんな魔法士系よりも高速の詠唱――音速詠唱ゆえに早い。

 重なりに重なり、六重以上になった【岩石崩】が触手を押し潰していく。

 確認していたわけではないが、潰した感触はあった。

 それでも触手は岩を突き破り、出現してくる。再生していると見て間違いない。

「なんなんだZE、こいつは!? 俺のソゥウウウウルがビンビンBIBIN、YABEEEEEEEEEEEEと告げてる、ZE!」

「うるさいの! とにかく倒すの!」

 さりげなくじわじわと前進している触手のせいで、ルルルカは後退を余儀なくされていた。

 雅京の外壁に近づいている。だからこそジョーとの合流もそれなりに早くできたのだけれど、このままだと雅京への侵入を許してしまううえに、離れへと逃げたクレインたちにも危険が及ぶ。

 それどころから放置しているアロンドの遺体も気になる。もちろん、先程から頭にちらつく気付きがルルルカを邪魔していた。

 そんなとき、地面が揺れた。

「おいおい、俺は【大地震(あーすくえいく)】なんて使ってねぇZE!」

 自然発生した地響きが続くなか、ルルルカたちがいた地面が隆起を始める。

 ちょうど触手がいたあたりだ。

 そうしてそれは姿を見せる。

 その正体を見てルルルカは自分の気付きが半分は当たりで、半分は外れていたことを知り、愕然とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ