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tenth  作者: 大友 鎬
第4章 見捨てられる想い
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二人

 4.


 キムナルの怒声にヴィクアは反応した。僕が弛緩させたはずの体が一瞬にして動き、思いもよらぬ速さでコジロウを蹴飛ばした。

 僕たちに見向きもせずに、ヴィクアはキムナルの傍に近寄った。まるで引き寄せられるように。

「【誘惑召集(テンプテーション)】、人操士の特定の人間に強制的に命令する技能だ」

 傍観者ディオレスがそう解説する。蚊帳の外にいると決め込んだが、出番が欲しいのででしゃばった。そんな感じだ。

「おい、ボサッとすんな。ふたりはもう行ってるぞ」

 前を見ると体勢を直したコジロウと、ヴィヴィがヴィクアのもとへと向かっていった。

 僕は慌てて駆け出す。

 ディオレスがゆっくり歩いて向かってくるのを、なんとなく気配で感じた。

「あの女のトリックをようやく聞ける~」

 キムナルはヴィクアを引き寄せ、呟いた。

 しかしヴィクアはキムナルの呟きを無視し、回復しようと祝詞を唱え始めた。

「回復はいい~」

 間延びしたキムナルの声が回復を拒み、傷口の前で手をかざしたヴィクアの手を払いのける。

「おとなしく回復させてくれる輩じゃないだろ、あいつらは~。それよりもトリックだ。僕が落ち着かない~」

「ですから、それは一度言ったはずです」

「それじゃあ~分からなかったってことだよ~」

「……おそらくドールマスターの候補になったのでしょう。ドールマスターの操作はクローンを作り出し、本人そのもののように操ります。つまり、人操士よりも何倍も強力で、さらにその候補者は色濃く影響を受けます。要するに――」

「あ~、もういい。分かった~」

 だから操作技能が通用しないということが分かり、興味を失くしたキムナルだったが[十本指ザ・ゴールデンフィンガー]にまで選ばれた自分の操作技能がドールマスターの操作よりも劣っているというのは癪に障った。

 間髪いれず、アリーが迫る。ヴィクアの種明かしはアリーが体勢を立て直すぐらいの時間があった。

「凍てつけ! レヴェンティ!!」

 【氷結(フリージング)】によってレヴェンティの凍った刃がキムナルに襲いかかるも、それは当然のようにヴィクアの戯れる刃によって弾かれる。

「いきなり攻撃魔法の階級が下がりましたね? もう精神が限界なのでは?」

「そんなことはないわ。ただ、あんたに使うのがもったいないだけよ!」

 互いの刃がぶつかり合い、レヴェンティの刃から片刃剣〔一矢報いるソレステイロ〕へと氷が付着していく。このままでは使い物にならなくなると判断したヴィクアが剣を振り払い、距離を取る。

 追いついたコジロウはヴィクアを無視してキムナルへと【苦無(スピアエッジ)】を放る。距離を取っているのはキムナルに操作されるのを警戒してだろう。もはや鞭を振るうことができないキムナルは逃げようとするが、それをヴィクアが体を使って受け止める。全ての苦無(スピアエッジ)】が突き刺さり、苦痛に顔を歪める。さらにヴィヴィがヴィクアへめがけて突進からの二連撃【頭蛾頭餓(ズガズガ)】で追撃。

「させねぇよ~」

 キムナルがヴィヴィを【足止(ムブスト)】で、足止め。ヴィクアが片刃剣〔一矢報いるソレステイロ〕でヴィヴィを屠る瞬間、


 ***


 ようやく追いついた僕が【転移球(テレポーター)】でヴィヴィを転移させ、もうひとつの【転移球(テレポーター)】で僕がヴィヴィのいた場所に転移する。

 当然、ヴィクアの戯れる剣が僕へと襲うが、左手に握っている鷹嘴鎚(ベク・ド・ファコン)でなんとか防ぐ。反動やら、無理して【転移球(テレポーター)】を投げたやらで収まっていた右手の出血が再開される。しかしヴィヴィへの攻撃を防げたのだからどうだっていい。

 ヴィクアへと蹴りを放つが、それは両腕を組んだガードによって防がれる。再び片刃剣〔一矢報いるソレステイロ〕が僕へと放たれるも、【潜土竜(グランドドラゴン)】によって地中へと身を潜めていたコジロウが、地中から出るとともに土を宙に撒き散らし、ヴィクアの意識を拡散させる。僕が【戻自在球(フォーザー)】でヴィクアの腹を抉った。命中とともに【破裂球(ショッカー)】に作り変え、瞬時に破裂した欠片がヴィクアの腹へと突き刺さり、鮮血が飛んだ。

 同時に、アリーが宿していた【氷結(フリージング)】が解放され、地面を巻き込んで右足を凍らせる。片足の自由が効かないヴィクアは動きを封じられたも同然だった。さらに追い討ちをかけるようにコジロウが顎へを殴打。その強打によって意識が朦朧としているはずだ。

 【転移球(テレポーター)】によって僕の場所と入れ替わっていたヴィヴィがヴィクアへと歩み寄る。

「姉上。もう終わりにしましょう。どうしてあいつに付き従うのですか?」

「……」

 無言を貫くヴィクアに対して反応したのはキムナルだ。

「そんなのどうでもいいだろぉ~」

 お前らには関係ない。そういわんばかりの口調。

「どうでもよくない。姉上を解放しろ。お前のもう負けだ」

 ヴィヴィが降伏を勧めるとともにヴィクアの解放を求めた。

「ふざけるな~。奴隷は全て僕のものだ~。お前らには渡さないよ~」

「どこまでもふざけた奴なんだ、お前は。お前が姉上の人生を壊したも同然だ」

「酷い言われようだね~」

 軽口を叩いてキムナルはヴィヴィをあしらうが、逆にヴィクアはいきり立っていた。そして凍った足を自らの剣で斬ってまでヴィヴィのもとに歩き、胸倉を掴み、睨みつけた。

「どうして、睨むのですか……姉上?」

 困惑の表情を浮かべるヴィヴィ。ヴィクアの行動が理解できないようだった。僕だって理解できない。ヴィクアは操られているんじゃないのか?

「ヴィヴィには分からない」

 ヴィクアが冷たい言葉を言い放ち、ヴィヴィの身体を切りつけた。片足なのに仁王立ちするヴィクアに僕は恐怖を覚えた。どうしてそこまでそいつを守るのか、まったく理解できなかった。

「どうして……ですか?」

 ヴィヴィも分からず、涙を流す。

「どっちにしろ、キムナルを倒さないと救えないってこと?」

「ええ。その通りよ。こいつを殺さなきゃ誰も救われない」

 僕の呟きは怒りに満ちたアリーの耳へと入り、同意を得る。

 その言葉の”誰も”には、アリーの父親と母親、それにおじさんも含まれているのか。

 僕はアリーがキムナルに因縁があることしか知らなかった。それもディオレスに聞いただけ。

 それが復讐だということは、ここでの激情、やりとりを見て知った。

 それを理解するともしかしたら“誰も”という言葉にはアリー自身も含まれているのかな、なんてことを考える。

 でもじゃあ、アリーはキムナルを殺して、復讐して本当に救われるのだろうか?

 僕には分からなかった。でもそれをアリーが望んでいるのなら、僕はそれを手伝いたかった。後悔が待っているのだとしても。

「コジロウはその子をお願い……」

 ヴィクアの行動が理解できず未だ呆然とするヴィヴィに戦闘は期待できない。

「で、ヒーロー。あんたはやれんの?」

「当たり前ですよ」

 満身創痍の僕は答えた。即答だった。

「だと思ったわ」

 アリーは笑顔でそう答えた。

「本当はひとりで殺したかったけど、さすがにひとりじゃもう限界よ」

 憎悪に歪むその顔を見せまいとしてなのか、その言葉を発したアリーの顔は、キムナルたちのほうを向いていた。

「ひとりよりふたりのほうが、後味も半分にできるよ」

 良いものだとしても悪いものだとしても。

「………………そうね」

 随分と間を空けてアリーは答えた。アリーだって分かっているのだ。復讐の後に悔いが残ることを。でも後悔したって、それをやらなきゃ前には進めない。なんとなくそういうことなのだと思う。

 左手に握っていた鷹嘴鎚(ベク・ド・ファコン)を右手で握りなおす。真ん中に空いた穴が痛々しさを派手に演出しているが、もはやどうでもいい。手の関節を動かすたびに痛さが襲うも、顔には出さない。なんとか強く握り、準備はできたとアリーに視線を送る。

 アリーがその視線に気づくと、無言で頷いた。無言の信頼が僕の背中を押す。

 僕はアリーと並走。

「貫き通せ! レヴェンティ!」

 おそらく今日最後となるだろう【突神雷(ヴェテスエクレール)】をそのレヴェンティに宿すアリー。その禍々しい稲妻の刃を持ってキムナルへと向かっていく。

 僕も【戻自在球(フォーザー)】を左手に作り出し、ヴィクアへと向かう。ヴィクアは片足を失い、ほとんど動けずにいる。青銅杖〔無慈悲のレヴィーナ〕を介護杖代わりにしてその身をゆだねているが、それの助けがあってもなお、動きは鈍い。

 僕の振りかぶった鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕は強く握ったつもりでも痛みのせいで強く握れないのか、動きが遅い。同様に鷹嘴鎚(ベク・ド・ファコン)を払おうとしていたヴィクアの片刃剣〔一矢報いるソレステイロ〕はヴィクア自身の踏ん張りが効かないのか押しが弱い。よって本来なら力負けするはずが均衡を保っていた。いけるっ! 僕は痛みを堪え、力を込める。調子づいた僕を貶めるかのようにふいにヴィクアは力を抜く。力を込めて押していた僕は、突然のことに体勢を崩し、介護杖と化した青銅杖〔無慈悲のレヴィーナ〕を軸にした蹴りが僕の腹を抉る。あばら骨が折れていることをすっかり忘れていた僕へと激痛が襲う。

 思い出させてくれてありがとう……などとひねくれている場合じゃなかった。痛みを堪えるように唇を噛締め、【戻自在球(フォーザー)】を放る。

 僕が【戻自在球(フォーザー)】を選択したのには理由があった。僕はまだヴィクアを救えると思っているからだ。何か理由があるに違いない。ヴィクアはキムナルをやたらと守るが、それはやっぱり操作されているからに違いない。僕はそう推測する。だからこそアリーがキムナルを殺せば操作から解放され、元に戻るはず。そうすればヴィヴィだって救える。

 つまり僕は【戻自在球(フォーザー)】を援護球へと変化させることで身動きを封じるつもりだった。悠長な曲線を描いたその球はヴィクアの腰へと激突する。それを確認し、僕は【戻自在球(フォーザー)】を【蜘蛛巣球(コクーナー)】へと変化させる。蜘蛛の巣を模した粘着糸がヴィクアの身動きを封じる刹那――ヴィクアは消えた。


 ***


 アリーの振るうレヴェンティを止めるべく、キムナルは【腕止(アムスト)】を連続発動させる。【腕止(アムスト)】によって干渉されたアリーの腕は、そこだけがゆっくりと、それこそ動画再生機の速度を遅くして再生したように見えた。遅再生(スローモーション)の腕をキムナルが避けるのは容易い。

「それ、そんなに連発していいものなの?」

 精神磨耗が酷いアリーがクスリと笑う。

「てめぇに効かないから~、仕方なくだよ~」

 そうやって軽口を叩くキムナルだが焦りが滲む。連続発動という荒業を、しかも思いつきだけでやっているのだからその負荷は計り知れないものだろう。【動腕(ワイヤレス・アーム)】によって無理矢理自分の腕を動かし、鞭を振るうが、集中力の大半をアリーの腕へと向けているため、その動きは単調。それがアリーに当たるはずもない。

 黒鞭〔無知なる叡智ノースチャレンジ〕が稲妻を帯びたレヴェンティに容易く斬られた。短くなってしまった鞭が役に立つはずもなく、キムナルは平然と投げ捨てる。がこれはこれでキムナルには好都合。安易に攻撃するという選択をする必要はなくなったからだ。

 ヴィクアがいる。だから逃げていればいい。逃げて逃げて逃げ続けて、それでもヴィクアは見捨てない。助けてくれる。キムナルにはそういう確証があった。

 しかしその確証という安心が油断を招いたのかもしれない。

 どん、という音とともに、キムナルは自分が樹にぶつかったことを理解した。襲いかかるレヴェンティが遅くなっているとはいえ、キムナルが回避をやめれば、もしくはキムナルが回避できる状況でなくなれば、それは直撃する。横薙ぎに斬られ、雷がキムナルの身体を弛緩させる。前のめりに倒れようとしたキムナルをアリーの蹴りが拒み、倒れることはできない。

 直後、キムナルの目にふたつの光景が飛び込んでくる。ひとつはアリーが自分の心臓めがけてレヴェンティを突き刺そうとしている光景。もうひとつは、ヴィクアが自分の前に、庇うように出てきた光景。

 それを見たキムナルがしたことはひとつだった。操作技能【右移動(ワイヤレス・ライト)】。対象者を右に移動させる、ただそれだけの技能。それをキムナルはヴィクアへと発動させる。助けてくれると期待したヴィクアに絶望して自ら死を選ぶわけではなかった。

 ヴィクアを助けたいと思ったのだ。

 ヴィクアにそれが芽生えていたように、キムナルにもいつの間にかそれが芽生えていたのだ。

 しかしヴィクアにも操作は効かなかった。ドールマスターによって備わった抵抗力によって抗っていたアリーに対し、ヴィクアは癒術によって完全に操作を無効化していた。キムナルが気づかぬ間に、ヴィクアは【操作無効(スタンドアロン)】を展開していたのだ。

「僕がお前を助けると思っていたのか~」

 見透かされた思いはお互いが抱いていた気持ちを代弁していたのかもしれない。

 キムナルの前に飛び出たヴィクアに一瞬戸惑いを見せたアリーだったが突然のことに勢いは止まらない。そのまま、レヴェンティはヴィクアを貫き、キムナルの心臓を突き刺した。

 稲妻が迸る。

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