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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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融合

57


 レッドガンたちが繰り出す【滅我戯駕砲】という技能には属性という観点はない。アンナポッカが使用する【爆の一撃】という殲滅技能も、爆発している様を見ると一見、炎属性に見えるが、実は属性の定義はない。無である。

 では魔法に属性がないものはあるのか。

 存在はする。ただしそれは援護魔法に限ったことで、攻撃魔法に属性がないものはあるのか、と問われれば、存在はしない。

 魔砲ならばともかく、攻撃魔法の創造には属性の定義が必要だからだ。

 エル三兄弟が与えられた三分半をじっくりと使って、生成した魔法は攻撃階級7。

 アロンドの反対を押し切って、より役に立つために覚えた上級魔法。

 【電々蒸シュット・ド・フードゥル

 それが瞬く間に【滅我戯駕砲】と【爆の一撃】を飲み込みヤマタノオロチへと激突していた。

 同じベクトルに向かう技能や魔法は繰り返しとなるが同時発動することで、威力が何重にも膨れ上がる。

 そのとき、より強力な技能魔法の属性が優先され、無属性は無視される。

 今回は【電々蒸】以外に属性を持たないため、優先されるのは雷属性。

 雷属性を選択したのは、せざるを得なかったのはエル三兄弟の最強魔法がそれだったから、というのが最大の理由だが、幸運にもヤマタノオロチの四肢が未だに贄の泉へと浸かっていたからであった。

 水の息吹の超純水が絶縁体であるため防がれる可能性のある雷属性の選択は愚かだったのかもしれない。

 もちろん防がれたところで事前情報になかったエル三兄弟の魔法習得に誰もケチはつけない。

 無理をしてでも強くなろうとしてくれた結果なのだから。

 贄の泉はヤマタノオロチの巨体を隠せるほどに水深があるのかといえばそうでもない。

 ヤマタノオロチの存在で実際に潜っての調査は行われてないが、水脈探知の音波調査によって水深は浅いが、水中で横に伸び、そこから雅京のあたりまで地下湖が広がっていた。

 ゆえに地上から見えている贄の泉の範囲部分に限り水深はヤマタノオロチが足をつける程度のものだった。

 とはいえ、ヤマタノオロチは巨体。足をつける程度とは言ってもそれを冒険者で例えたらかなりの深さがある。

 閑話休題。

 八本の首を失い切り株のような様になった、巨大な蜥蜴の細長い体をぎゅっと摘んで小さくしたようなヤマタノオロチの胴体、そして泉に浸かったままの尻尾。

 そんなヤマタノオロチを【"融合"電々蒸】が包み込んでいる。

 包み込んだあと、内部を感電、その圧によって焼却していく。

 発生した熱が湯気を作り、ヤマタノオロチの姿を隠す。

 レシュリーたちは結果を固唾を呑んで見守っていた。

 やがて現れたヤマタノオロチは焼きすぎた料理のように焦げ、黒ずんでいる。

 その巨躯は倒れることはなかったが、動くこともなかった。

「や、ったのか?」

 初めに声をあげたのはアインス。

「倒した? 倒したぞ!!」「うおおおおおおおおおおおっ!」

 MVP48らが歓声をあげ、モモッカやムジカたちは安堵の息を吐く。


 再生した。


「はあああああああ?????」


 歓声を絶望に変えるように、ヤマタノオロチは再生を始めていた。

 最初に動かなかったのは、内部を修復していたのかもしれない。

 全力を出して疲れ切っていたとはいえ、それを押してでもなお畳みかけるべきだった。

 後悔しても遅い。

「集中! 気を張りなおせ!」

 アロンドが叫ぶ。パレコやセレオーナも次々と声をかけていた。遅れてレシュリーたちも。

 年季の差だろう。

「もう一回。もう一回だ」

 絶望なんてしていられない。

 レシュリーは叫んで、再び集団は突撃していく。

 もう全員が分かっていた。次は無理をしてでも畳みかける、と。

 それに今度はリアンも加わる。

 負傷を考慮してリアンを治療要員に据え置いていたが、一回目に目立った重傷を負ったものはいない。

 治療は不要と判断。大型魔物との交戦では攻撃を食らえば重傷か即死、と相場が決まっている。

 イチジツが毒の息吹を受けて助かったのはレシュリーたちの警戒の賜物といえた。

「今度も同じ時間!」

 レシュリーがもう一度、【三秒球】を放り、カウント0で先程と同じような行動に出る。

 多少の流れは違うが概ね一緒。

 再び三分半でエル三兄弟、レッドガンたち、アンナポッカに加え、リアンが混ざる。

 先程よりも威力を増した【"融合"電々蒸】が首無しヤマタノオロチを包み、焼き焦がしていく。

 再びヤマタノオロチの動きが停止。

 だが、今度は歓喜の声はない。

 不安。不穏。

 嫌な予感しかしなかった。

 不安がずっと胸の内にある。

 その不安を払拭するよりに全員が総攻撃に出た。

 胴体は太く厚く、到底切断には至らない。それでもジネーゼの毒などにより、表皮を劣化させ、そこからまるで掘るように全員がヤマタノオロチを傷つけていく。

 先程よりも長い時間、再生は始まらなかった。

 傷は増えていくが、不安は微塵にも減りもしない。

 大丈夫だよな? これで倒せるんだよな? 疑問を氷解させるように誰かが問いかけた、その時、

 ヤマタノオロチが再生を始めた。

 一瞬にして治癒された体が揺れる。踏ん張りが利かず、たまらず全員が地面へと飛び降りる。

「くそっ!」

 残念がるのも分かる。

「もう一回試すのかい?」

 レシュリーへと問いかける声も聞こえる。

「もう一回やって、何とかなるのか?」

 不安も聞こえる。

 レシュリーが使った戦法は大型魔物と対峙したときのこの世界での正攻法ともいえた。攻撃となる部分を封じ、無力化したところで一気にカタをつける。それが推奨されており、功績もあげられてきたのも事実だ。

 けれど、まずはその根本を見直さないといけないのかもしれない。

 でも時間はない。

 随分とゆっくりではあるものの首は再生を始めている。

 再生を待っているのは戦略としては下の下。

 レシュリーが言うまでもなく、全員が倒せるという期待を胸に秘めて、襲いかかる。

 だが……再生中のヤマタノオロチはあらゆる状態異常でさえも再生する。

 それはすなわち、ジネーゼの毒もダモンの薬もキューテンの【脆←→堅】さえも瞬時にかき消してしまうことを意味していた。

「打つ手がない……」

 誰かが絶望するように言った。

 倒せないんじゃないか、という不安が急速に広がっていく。

 それは空中庭園の人々が長年、ヤマタノオロチに抱いてきた気持ちに酷似していた。

 絶望の魔物。ヤマタノオロチをそう呼ぶものもいる。

 幾度とない再生によって、冒険者の心を打ち砕いてきたからだ。

 ヤマタノオロチは強すぎる魔物――強敵ではなく、倒すのが難しい魔物――難敵だった。

 目立った強さはない、けれど倒し方が見つからなければ倒せない。

 しかもヤマタノオロチがその上位に位置することをレシュリーたちは知らなかった。

 上位ともなれば当然、強ささえも兼ね備えている。

 首が再生し終わると、当然首から息吹が発射される。

 再びそれぞれが対応を始めようとすると、変化が起きた。

 闇の息吹と土の息吹。

 炎の息吹と雷の息吹。

 氷の息吹と水の息吹。

 風の息吹と光の息吹。

 首がそれらを重ね合わせて吐き出してきたのだ。

「散開!」

 全員が転がるように息吹の射線から離脱。

 その息吹はエル三兄弟たちが重ね合わせたように威力を増しているくせに、属性をふたつ持っていた。

 上位職、剛弓師の魔弓技と同じように二種類の属性を持たせることが可能のようにも思えた。

 だがそう判断するのは軽率。愚の骨頂。

 吐き出され続けている八属性にして四種類の息吹がさらに合わさる。

 闇土の息吹と炎雷の息吹が、氷水の息吹と風光の息吹が。

 ふたつになった息吹は威力がさらに増し、けれどの属性は減っていない。四つずつの属性が共存していた。

 一通り吐き出されたあと、ヤマタノオロチは息吹を吸い込むかのように空気を吸引。

 攻撃が休まったその時間はレシュリーたちにとっては安息の時間にも見えた。

 しかしてそれは嵐の前の静けさでしかなかった。

 全首が同時に八属性の息吹を吐き出し重なる。ひとつの息吹と化して周囲の冒険者を薙ぎ払っていく。

「退――」

 完全に言葉を紡ぐ前にレシュリーたちは逃げ出していたが、それでもその速度、威力には敵わなかった。

 致命傷を避けただけでも幸運だったのかもしれない。

 それでも衝撃による内臓破裂、全身打撲、吐息による身体一部消失、四肢焼失、壊死、様々な外傷、内傷に見舞われていた。それだけではない。闇属性による侵食、土属性による鈍重、炎属性による火傷、雷属性による麻痺、氷属性による凍傷、水属性による水毒、風属性による裂傷、光属性による眩暈といったそれぞれの属性が持つ異常性にも襲われている。

 後方支援に任命されていなかった全員が一気に重傷を負い、周囲の魔物狩りをしていた闘球専士も数十人が巻き込まれ、負傷しなかったほとんどのものがその威力に腰を抜かしていた。

 そんな事態に恐慌に陥るのはごく自然な流れだった。

 恐慌に陥り、冷静さを失えば、なんとかしないといけないという衝動と、恐怖が競合し、予期せぬ行動を取ることもある。

 建て直しをなんとか図ろうとしていたせいでアロンドは、エル三兄弟やレッドガンたちが、勝手に【"融合"電々蒸】を打とうとしていることに気づけずにいた。

 リアンがアンナポッカを止めようとしたことで、少しだけ同時展開がずれ、威力が弱まる。

 それは恐慌状態のアンナポッカにとっては余計に思えたのかもしれない。

 しかし、ヤマタノオロチが取った行動を見れば、それは気休めにしかすぎないとしても、結果的には幸運だったのかもしれない。

 【"融合"電々蒸】が八本の首の前で止まる。

 展開されているのは癒術だった。

 かつてアジ・ダハーカも使い冒険者を一瞬にして葬り去ったことがある。

 その光景がリアンの脳裏に浮かび、思わず目を背けた。

 【魔法反射穴】。

「やべぇぞ、こりゃあ……」

 アロンドが魔盾〔弟想いのアイリスフィール〕を取り出したのが、その言葉の意味を体現していた。

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