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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
277/875

光首


55


「魔法とかあんまり得意じゃないんだけど……」

 リーネはぼやいて杖を取り出す。癒術をメインとしてずっと戦っていたリーネだったが秘密裏に、というより必要以上に話す必要もないと、使える主張はしてこなかったが、魔法を覚えていた。

 もちろんパートナーのジネーゼは使う姿を知っていたが、今回戦うアルや、レシュリーにとってはリーネが魔法を使うという姿はある意味で新鮮だった。

 光の息吹は、水の息吹のように直線的だがその速度は比較にもならない。

 光速。口腔が光ったと思った瞬間、すでに対象の元に到達している。

「……面倒臭い」

 という言葉とは裏腹に光の息吹を直感と経験で避けるアルやジネーゼのために、リーネは詠唱を開始しようとしていた。

「えーっと……」

 魔法は癒術と違って、独特の祝詞が存在している。それがリーネにとっては面倒だった。

 癒術が教科書に記述された文字を音読するようなものだとしたら魔法は歌詞も違ううえに個人個人で歌い方が違う唄のようなものだった。

 つまるところ暗記するだけの癒術詠唱と違い、オリジナル性が求められる魔法詠唱がリーネは苦手だった。

「集え」

 リアンやムジカ、シャアナの祝詞は正直小っ恥ずかしいとリーネは思っている。

 だから3日間悩んだ末にリーネの祝詞はそれだけにして、属性の定義に入る。

「冷湿+冷湿」

 属性の定義も短い。とはいえ、一定の長さがないと威力が低すぎることをリーネも分かっていた。

「胡桃樹の御身を通じて顕現。紅縞瑪瑙により生成。発動!」

 自身が持つ紅縞瑪瑙の胡桃樹杖〔海のクヮーサー〕のプリママテリア(第一質料)エーテル(第5要素)の名を紡いで、

「水よ、鏡となれ――【水鏡(ミロワル)】」

 展開された攻撃魔法階級2【水鏡】がジネーゼと光の息吹の間へと展開。ジネーゼの全身を映す姿見のぐらいの大きさ。

 楕円状のそれは水溜りのように波ひとつない。

 【水鏡】に当たった光線のような光の息吹は、貫通するものの水に当たったことで屈折し、ジネーゼを逸れて上へと進んでいく。

「これで、たぶん大丈夫」

 リーネは言う。そして【水鏡】の効果はそれだけではない。

 そもそも【水鏡】は攻撃魔法だ。指定の位置に展開して終わりというわけではない。

 光の息吹が当たった【水鏡】が渦を巻く。そして前方へと水飛沫を放つ。

 【水鏡】は近接的攻撃を防ぎ反撃するために使う近距離反撃用魔法だった。

 ゆえに遠方から攻撃した光の首には届かない。

 もっともリーネは光線を屈折させるために展開しているので反撃部分はおまけと考えている。

 階級2の魔法は展開が早い。そのうえリーネの詠唱は短いため、他の魔法士よりも展開は数段早い。

 その分、リーネの魔法の威力は低いが、本人は気にしていない。あまり魔法を主体にして戦うつもりもなかった。

 光の息吹が屈折し、避けなくても当たらなくなったぶん、進撃は早い。

 【水鏡】は数分その場に残るため、リーネは【水鏡】を大量展開。

 リーネが援護してくれているという余裕ができるとアルやジネーゼの回避反応がどうしても遅くなる。

 万が一、自分が展開が間にあわなくてもアルやジネーゼがその後ろに飛び込めば助かるようにとリーネは保険を用意していた。

 当然、闘球専士もいる。彼らには無敵の【緊急回避】があるが、何回使えるかを知らないリーネは彼らも守る必要がある。

 興奮しすぎたのか闘球専士が転ぶ。格好の的。光の首が逃すわけがない。

「面倒臭い……」

 それでも原点回帰の島で癒術士を選んだのは誰かを救うという想いがあったからだ。

 おくびにも言葉には出さないけれど。

 高速で【水鏡】を詠唱。

 転んだ闘球専士を守るように展開。

「ナイスじゃん、リーネ」

「一回、死ねば……」

 素直な賞賛に照れ隠しに思ってもないことを言い返す。助けた闘球専士のお礼も知らんぷりして、不機嫌な顔を返す。

 あれ、照れてるだけじゃん、と助けた闘球専士にジネーゼがフォローを入れる。気を悪くさせたと思わせない配慮だった。

「ジネーゼ、とっととやって」

 その配慮すら嬉しいのだがリーネはごまかすために怒鳴る。

「分かってるじゃん! アル、ジブンに続くじゃんよ」

 ジネーゼは新人の宴でリゾネに加担したことを少しばかり悪いと思っていた。

 リゾネに言われ、リアンのエーテルたる宝石を奪ったのはジネーゼだったからだ。

 仕方なかった、と言えば仕方ない。ある意味で浮いていたジネーゼとリーネが迫害されないためには、実力があったリゾネについていくのが一番楽だった。

 とはいえ、ジネーゼがやった盗みは下手をすれば落第者を作る可能性だってあった。

 どこかで謝らなければいけない、と思ってはいるもののジネーゼは謝れないでいる。

「分かっている。それと、今更かもしれないが……あのときのことは気にするな。リアンがそう伝えてくれって」

「……」

 突然のことにジネーゼは頭が真っ白になった。一瞬、思っていることを読み取られたかと思った。

「……何を言ってるじゃんか」

「リアンも気にしてるようだったからな。わだかまりはなくしておきたいと思って」

「……」

 ジネーゼは押し黙る。

 ごまかして曖昧に返事することだってできた。でもそれでいいのか、とも思った。被害者側のリアンが気にしているのもおかしな話だが、根が優しすぎるリアンをそのまま悩ませているのもどうかと感じる。

 自分で頬を叩いて、アルに向き直る。

「こっちも悪かった、って伝えておいて欲しいじゃん」

 悩んだ末、素直になることにした。リアンが勝手に気に病むのも、こっちが密かに気にし続けるのも、自分たちにも、だがなぜだかレシュリーにも悪いと思ったのだ。

「分かった」

「この件はもう終わり。今はそんなことしてる場合でもないじゃん」

 突然だったにしろ、ジネーゼはつっかえが取れたことを自覚していた。

「先頭は頼む」

「ならトドメは任せるじゃんよ。ヴィヴィも手伝って欲しいじゃん」

「分かっている」

 改めて依頼するアルに軽口を返すとジネーゼは走り出す。

 ヴィヴィはレシュリーの頼みで、ジネーゼの毒を中和する役目を担った。

 そういう意味ではリアンとリゾネのいざこざに巻き込まれたわけだが直接的な被害はないため、謝ってもらう筋合いをヴィヴィは持たない。

 けれどなんとなく疎遠になっていた関係が、リアンへの謝罪と、気兼ねないジネーゼの一言で解けたような気がした。

 ジネーゼの後ろを闘球専士の沖田総司とヴィヴィが追従。ジネーゼの渾身の毒が聞かなかった〈病原菌〉の持ち主が今度はジネーゼの仲間だった。

 魔球が唯一扱える闘球専士の芹沢鴨は他の闘球専士4人へと指示を出していた。

 ジネーゼが音もなく光の首へと近づく。無音で忍び寄るのはさすが暗殺士といえる。

 暗殺技能【虚脱】を発動。防御力低下をもたらすそれは、硬い光の首には雀の涙。

 その技能が気休めだとしてもジネーゼは自信満々。短剣を斬りつけた。

 もはや誰もが周知しているが、短剣〔見えざる敵パッシーモ〕には毒が塗ってある。

 〈病原菌〉を持つ総司との戦いで通用しなかった毒だが、その程度では挫折しない。

 もちろん猛烈に悔しかった。だけれどその悔しさを元にジネーゼは成長していく。

 才覚も秀でた技能もない。

 それでもジネーゼはたった一つの夢中になったことを極めていく。

 レシュリーが使える【合成】とは違い、その毒は武器に塗るだけなので技能化もアイテム化もしない。ゆえに誰かが技能としても覚えることも、アイテムとして量産することもできない。

 ある意味で誰にも認められないが、けれどある意味では固有技能を得たに等しい。

 ジネーゼが夢中になった成果はすぐに現れた。

 弾くかに思えた皮膚が刃が当たった瞬間、溶けた。

 【激毒酸】よりも、早く。誰よりも早く。

 ジネーゼの調合毒はヤマタノオロチの硬い皮膚、鱗に対する解決策を作り出していた。

 それは難解なパズルを無理矢理繋ぎ合わせて完成させるかのような力業だった。

 さらに毒は浸透していく。

「もはや、これだけで十分そうだね」

 その毒の威力に総司が驚き、ヴィヴィが同意。今の毒なら〈病原菌〉も意味を成さないかもしれない。

 鉄錐棒〔同時切りユキツナ〕を用いて【大撃打】。渾身の一振りを命中させる。

 肘を角にぶつけたときのような、痛烈な衝撃が光の首へと伝わり、それが痺れとなって首の動きをわずかに止める。

 さらにその効果を引き伸ばすようにヴィヴィが追撃の【蛾駕牙岩】。

 さらに鴨の【魔球・大回転】と四人の闘球専士による継投の四連続の【剛速球】が痺れを継続させた。先程の指示はこのためだ。痺れの継続はそう容易くできるものではなかった。

「十分です。ありがとうございます」

 アルはそこまでしてくれた仲間にお礼を告げて、首元に飛び込む。刀剣〔優雅なるレベリアス〕を鞘から滑るように抜き――

「【新月流・――」

 それは溜めを必要とするものの、対大型魔物用として作られた剣技。

「――立待の初(たちまちのはつ)】」

 さらにそれが初撃ならば威力が倍増するという付加効果があった。

 ジネーゼたちの時間稼ぎにより、溜めは十分。

 込めた気合とともに、滑らかに滑り出す居合い斬り。

 気合が闘気(オーラ)となって剣に宿り、膨れ上がった闘気が刀身を何倍にも増長させていた。

 一閃。

 闘気が通り過ぎる。何も起こったようには見えなかった。宿った闘気が消え、元の長さへと戻る。

 着地して刀剣を鞘にゆっくりと収める。

 鞘に刀身が収まった瞬間、首がずれ――落ちていく。

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