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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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水首

 53


「ふん」

「ふぬぅん」

 永倉とモッコスが己の肉体を誇示し、水の首へと拳をたたきつける。それだけでわずかに首がくの字に曲がる。ほんのわずかであっても。

 反撃すべく水の首から水が放射される。水鉄砲のように口から噴射され、超高速で、着地したモッコスたちを狙う。

「筋んんん肉ぅうううバァリィイイイイアアアア!」

「できるわけないですから、逃げてください」

 モッコスの言葉に珍しくアルルカが怒鳴る。

 モッコスは永倉と張り合うためか、いつも以上にバカな行動が多い。己が肉体のみで先程も水の息吹を防ごうとし、わき腹を抉られていた。

 水鉄砲のように、けれど超高速で噴射したそれはもはや刃物と同様。当たれば斬れる凶器だった。

 その性質上、超高速ながらも直線状、もしくは扇状にしか噴射されないため熟練の冒険者ならば避けるのも容易いが、モッコスは己が肉体が優れていることを再度見せつけるようにその息吹を耐えようとする暴挙に出ている。

 もちろん、その挑発的な行為、そしてポージングは水の首の敵対心を煽るには十分で。アルルカたちは容易に接近ができていた。

 永倉、近藤ら六人の闘球専士たちを除けば、アルルカ、モッコス、モココルと人数は少ない。

 ルルルカが後方に回っているが、それはいつものこと。前線は常に三人だが今回は近藤に加わえ、永倉他筋肉自慢の闘球専士が四人いる。

 そんな筋肉を見て、モッコスは失いたくないと思っていた。

 モッコスは同志とも呼べたナカソネらを失っている。筋肉の損失は人類にとっては大損害であるとモッコスは本気で考えていた。

 だからこそ、モッコスは自らの肉体で守れる筋肉は守りたい、そう思っていた。

 ゆえの暴挙。

 アルルカやモココルにはまったく理解できていない。なんとなく無理をしているようなそんな印象だけ受けている。

 どことなく同調した永倉だけが付き合い、近藤ですらため息が出ていた。

 モッコスが囮、という状況を打破するのも自分の仕事、とアルルカは考える。

 手を交差させ、真向から防御する気でいたモッコスを押しのけ、アルルカが前に出る。

 【雷音】と【雷網】を宿した魔充剣を水の息吹へと押し当てる。

 水の息吹は刃物のように、対象を斬るが、正確に言えば水流で吹き飛ばすというほうが概念的には近い。

 それゆえに硬質的なもので容易に防ぐことが可能だった。

 魔充剣も通常の剣より脆いとはいえ、硬質的物体だ。少し間違えば人体を貫くが直線的であれば防ぐのは難しくない。

 水の息吹に押し当てモッコスをかばうアルルカ。それでも水圧によって吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛んだアルルカを永倉が受け止める。

 アルルカは「すいません」とお礼を述べるが視線は水の首を見ていた。

 防御した際に宿したふたつの雷属性の魔法。それにぶつかった水の息吹が導線となり、雷が頭へと到達しているはずだった。

 だけれど頭にはなんの変化もない。

「どうして?」

 アルルカに困惑の顔。水棲魔物が吐いた水鉄砲のような息吹にはこの戦術は通用していた。

 何が違うのか、アルルカには分からない。

 その違いは水だった。

 水の首が吐き出した水は不純物を含まない超純水であるがゆえ絶縁体となり、雷を通さないのだ。

 その理由をアルルカは知らない。

 知らないからアルルカは理由を探ることをしない。素直にそうできるのがアルルカだった。

 もちろん何十時間も手探りで戦うならその正体を探りたいのが、冒険者の性だ。

 けれど今は迅速に水の首を切断する必要がある。

 だから素直に割り切って他の手段を考える。手段なら他にもあるのだ。

 もう一度アルルカは水の息吹へと挑む。

「モッコスさん、私の体を支えてください」

「そんなことせんでもわしの筋肉で抑え……」

「られませんから。私には分かりませんけど、その筋肉の使い方は本当に正しいんですか?」

 言われてモッコスは言葉を失った。

 魔法などを用いない筋肉こそ本物、を信条とするモッコスはその筋肉を正しく使いたいと常に思っている。

 その筋肉を使って無謀にも攻撃を受けようとしているのは真に正しいことなのか、アルルカの言葉をモッコスはそう判断して衝撃を受けた。

「……わしは焦っていたようぢゃな」

 モッコスは自省してポージングを取った。

「よく分かりませんけど、とりあえずよろしくお願いします」

「うむ、任せておくのぢゃ」

 返事を聞いたアルルカはモッコスがポージングを切り換えたのを無視して構える。

 ポージングしていようが、任されたことをきちんとすると分かっていた。

 わずかな会話の間にも水の息吹は発射され、今にも到達しようとしていた。

 再びアルルカは剣で水の息吹を受け止める。弾き飛ばされそうになった瞬間、筋肉がアルルカを包む。

 モッコスがアルルカを抑え、水圧による吹き飛ばしを防いでいた。

「ぬううううううううううううううううううううん!」

 モッコスが気合でアルルカを抑えつける。

 瞬間、魔充剣に【氷結】と【冷風】を宿す。アルルカの目論見では水が凍りついてくれるはずだった。

 しかしその目論見も外れる。凍結のきっかけとなる不純物が入ってない超純水は過冷却状態となり、水が凝固するはずの0度になっても凍らない。

「そんな……」

 凍らすという手も通じなかったアルルカに動揺が走る。度重なる強敵での失敗は恐慌を起こしやすい。

「筋肉は全てを解決しますのぢゃ」

 モッコスが突然そんなことを言い出す。そんなわけがない、と思わず笑ってしまう。

 恐慌状態になりかけていた自分をモッコスが救ってくれた、ルルルカはそれに気づく。

 けれどそれだけじゃなかった。モッコスは本気で筋肉が全てを解決すると思っていた。

 モッコスは拳で水の息吹を叩きつけた。衝撃。

 瞬間、水の息吹が一瞬で凍りついた。

「ほら解決ですぢゃ!」

 過冷却状態となった超純水は少しの衝撃で凍りつく。

 モッコスが拳を叩きつけた衝撃がそれを引き起こしていた。

「嘘……」

 筋肉が引き起こした現状にアルルカは目を疑う。

 原理も理屈も分かりはしない。それでもこの現状を受け止めて、アルルカは走り出す。

「この隙に畳みかけます」

「待ってたよ~」

 前線で待機していたモココルが返事。本来、囮となるはずだったがモッコスが囮となったことで暇を持て余し、周囲で魔物狩りをするBCT48、MCP48、MVB48らを援護するように連射銃〔全弾不発のアタリ〕を撃っていたのを中断。

 アルルカへと合流。近藤やポージングしていた永倉も攻撃に加わっていく。

「私が起点を……」

「いや、それはワシらの役目ぢゃ!」

 先行するアルルカを引き止めるようにモッコスが筋力のみで加速。

 前線にいたモココルが鋼鉄槍〔警戒するバンガッド〕を皮膚へと突き刺す。

 しかし硬い皮膚には十分に突き刺さらない。

「ふぅううううん」

「ふぬぅんぬらばあああ」

 先程よりも体を逸らしてモッコスと永倉が鋼鉄槍を叩きつける。ドン、ドンと皮膚へと釘のように槍が打ちこまれる。

 それでもまだ足りない。ドン、ドン、ドンと他の四人の闘球専士を拳を叩きつけ、

「ふんっ!」

 大金鎚〔杭打つドンピシャリ〕を借りた近藤が回転して、鋼鉄槍を打ちこむ。

 十分に埋まったところでモココルが鋼鉄槍の柄頭にある出っ張りに大鋏〔切り裂くジャック兄弟〕をひっかけ、こての原理で引き抜く。

 槍の長さが足りず貫通には至らないが、それは分かっていたこと。

 その開いた穴へとアルルカが魔充剣を突き入れる。

 魔充剣に宿るのは攻撃魔法階級3の【病闇止(イルネスシャドウ)】と【尖突土(ペルセ・アルバートル)】。

 【病闇止】の闇が内部から侵蝕し、【尖突土】の尖った土が弱らせた内部を削っていく。

 まずは左側、

「やああああああああああああああああああっ!」

 気合とともに切り裂いて、次は右側。

 再び穴を開けた部分から右へと斬り進めていく。

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