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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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氷首

 52


 β時代。炎属性魔法を使う魔法士系が雪島――ウインターズ島で魔物を乱獲したことで、炎属性は氷属性に強い、というイメージが冒険者のなかに定着している。

 シャアナは〈炎質〉という才覚を持っていることもあって、その定着率が高い。ようはそう強く思い込んでいる。

 氷の首が吐く息吹に合わせて、唱えていた魔法を展開。

 攻撃魔法階級4【炎轟車】。

 大車輪のような炎の奔流があたかも吹雪のような氷の息吹へと衝突。炎の勢いが小さくなると同時に氷の息吹が消滅。

 だが絶えず吐き出される息吹は【炎轟車】が消失してもなお、シャアナたちのもとへと向かってきていた。

 予測が外れたことにシャアナは早くも苛立ってきている。

 氷の息吹は、闇や雷、炎、土などの息吹と違って2種類存在する。

 ひとくくりに言えば氷の息吹だが、その形状で分類するならば吹雪の息吹と氷柱の息吹。

 吹雪の息吹は吹きつける雪のように細雪とともに強風が冒険者を襲う。【氷結】と【強突風】を合わせ強くしたような印象を受ける。

 対して氷柱の息吹は洞窟に牙のように生える巨大な氷柱がそのまま冒険者を襲う。こちらは【氷長柱】と【冷風】を合わせて強めた印象。

 しかも氷柱の息吹は、闇の息吹が炎のような何かを地面に付着したように、地面に激突した氷柱は氷筍となって地面から牙を向ける。

 つまり氷柱をぎりぎりで避けたところで安心はできない、瞬きする頃には、逆向きの氷柱、氷の(たけのこ)が槍のように突き出してくるのである。

 その対処がなかなかに難しい。氷属性だから炎属性をぶつければ勝てる、というそんな簡単な話ではない。

 そんな簡単な話だとシャアナは思っていたからこそ、若干苛立っている。

 氷は急激に熱を奪う。熱を必ず持っている炎は、氷とぶつかればその熱を奪われてしまう。

 氷柱の息吹のように氷柱がばらばらに飛んでくるのであれば避けるという手段も取れるが吹雪の息吹のように一定時間止むことなく吹き続ける息吹にはそれが止むまでの間放出された冷気以上、または同等の熱量を持った炎でなければ相殺できない。

 どちらも相殺できるものの、二種類の息吹の相殺のされ方が違うため、シャアナにはそれが全くの別物に写ってしまっている。

 何より、氷柱の息吹は致命的なものだけ相殺していけばいいため、低階級の魔法でも対処できるが、吹雪の息吹は出鼻だけを相殺しても噴き続ける後続をも相殺しなければ、相殺とは呼べない。そのため高階級の魔法が必要とされる。

 もちろん〈炎質〉によって炎属性の威力を高められるシャアナに求められるのはそれよりも低いが、それでも詠唱時間が吹雪の息吹に対応できない。

 吹雪の息吹が周囲の温度を下げていく。低気温は冒険者の体をいやおうがなしに鈍らせる。

 シャアナは苛立ちつつも、【弱炎】を連射。早口で噛んでしまいそうだが、高速詠唱で周囲の温度を上昇させ、致命傷になりえそうな氷柱のみを高速で打ちぬいていく。

 もはや、吹雪の息吹は無視だ。だがそれだとヒルデたちはいまいち踏み込めない。氷の首の根元に近づけば、ランダムに吐く吹雪の息吹を確実に撃ってくる。

 その対処をしなければヒルデたちは何もできない。だがヒルデたちは何も言わない。もうすぐだ、と分かっているのだ。随伴する山南敬助も彼女らが何も言わないため黙ってその機を窺っている。

「ええいっ!」

 詠唱をやめたシャアナはおもむろに服を脱いだ。氷柱を【速球】で砕き、炎魔法を【着火補助球】で援護していた五人の闘球専士が思わず目を逸らす。

 上半身は後ろから見れば何もつけていないように――つまり半裸になったかのように見えたのだ。

 だが実際は違う。安心してください、つけてますよと言わんばかりに胸だけは布を当て∞のように結んだ赤い紐で固定していた。

 それでも露出は強めで、下半身は短裾丈(ショートパンツ)のみ。女旱の闘球専士には少々刺激が強い。 

 とはいえ、シャアナはただ脱いだわけではない。

 シャアナは〈炎質〉であるために、他の冒険者よりも体内温度が高く、炎魔法を使うにつれ、体温が上昇していく。

 使えば使うほどその熱さに我慢できなくなる。服を着ていると暑苦しくて鬱陶しい。

 ゆえに脱ぐ。だからこそ脱ぐ。目元を覆う仮面だけは鬱陶しくても外すことはなかったが。

 肌にひんやりとした冷気が突き刺さり、体温が奪われていくのが分かる。

 同時に熱くなりすぎていた頭が冴え、体温が失われ、体が冷えていく。

 それはそれで気に食わない。熱さも持ってこそシャアナだった。

「行くよ!」

 ヒルデたちが待ち望んだ、もうすぐがやってきた。

 シャアナは冷たい空気を吸い込んで、詠唱を始める。熱さを求めるように、恋焦がれるように。

 それは超高速詠唱だった。

「応じよ、気体。叶えよ、期待。揺らめけ、火の穂」

 始動の祝詞をシャアナは唱える。

 熱を逃がさないように冷気を取り込まないように、呼吸すら忘れ、息継ぎすらせず、シャアナは止め処なく詠唱を続ける。

「左手に熱。右手に乾。合わさりて炎。右足に熱。左足に乾。合わさりて炎」

 属性や階級によって詠唱の長さは違う。それでもパターン化されているので、詠唱はただひたすら早口言葉のように続けるだけ。とはいえ、噛めば詠唱失敗。間違えれば望みどおりの魔法は形成されない。

「左手に熱。右足に乾。合わさりて炎。右手に熱。左足に乾。合わさりて炎」

 熱と乾の要素を合わせてシャアナは炎属性の魔法を生成していく。4回合わせて階級は4。

 詠唱すると無意識下で魔法は練り上げられる。その速さは才覚や才能による。

 〈炎質〉のシャアナは炎属性に限り詠唱の速度に比例する。

「左足に熱。右手に乾。合わさりて炎。右足に熱。左手に乾。合わさりて炎」

 階級は6にまで上がる。シャアナの得意とする【憤怒炎帝】の階級は7だが、シャアナはここで切り上げる。それには理由があった。

「炎の魔人よ、大いなるその身で、敵を焼き尽くせ! 【炎帝(イーフリート)】」

 朱石の紅樹杖〔彗星落しのガーダント〕の朱石から、炎が噴出し、ランプから出てきそうな魔人を形造る。

 全身炎のその魔人は、ヒルデたちが氷の首に飛び込んだ瞬間に発動。

 同時に近づいたことで氷の首が吹雪の息吹を吐き出した。

 【炎帝】と息吹が衝突。五人の闘球専士による【着火補助球】、自身の〈炎質》により、階級以上の威力を引き出した【炎帝】が吹雪の息吹が奪う熱量を上回り、頭に迫りつつある。

 その手前で【炎帝】が消滅。息吹はまだ途切れていない。

 だが、「――敵を焼き尽くせ! 【炎帝】」再び、【炎帝】が飛ぶ。【炎帝】が消滅するのを見計らって。

 再び激突。今度の結果は違う。息吹が途切れ、氷の首がわずかに呼吸。再び吐息の準備――する暇もなく、その頃には【炎帝】が到達。口腔に入り込み、内部から焼いていく。

 ヒルデがシメウォン、ラインバルトを引き連れて突撃。その少し前を山南が走る。

 シメウォンは魔道士で剣も扱えるため、シャアナ加入以降は前線で戦うことが多い。

 初手はそのシメウォン。ヒルデたちには得意とする三人の連携があるが、まずはヤマタノオロチの硬さをなんとかする必要がある。

 まずは黒曜石の妖樹杖〔黒き危ぶむガイヤガラ〕から【猛毒酸】を発動させた。

 毒と酸による爛れが防御力低下を引き起こす。

 それがシメウォンの精一杯。そこめがけて山南が【転削球】を放つ。

 爛れてわずかに脆くなったそこを、鋭く尖り回転する球が掘り進んでいく。

 勢いがなくなり【転削球】が消滅。それでも中ほどまで、貫通。

 内部へ侵入していた【炎帝】がそこから噴出。皮膚を、さらにはその内部を焼け爛れさせる。

「行くよ」

「おうよ」

 ラインバルトの超高速の連続攻撃【連撃】とヒルデの塵すらをも斬り伏せる【浄華塵(ダストブレイカー)】が交差。同時にヒルデの隠技剣〔隠された力オテルガム〕から【蒸噴(ジェット)】が展開。蒸気を撒き散らしながら、わずかにヒルデの剣速が上がる。

「らあああああああああああああああああああ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 気合とともに氷の首へと二本の刃が食い込んでいく。

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