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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
270/874

闇首

48


 風の首がある位置に辿り着いたレシュリーは攻撃のタイミングを合わせるために【三秒球】を上空に投げた。

 三、二、一と数字が減り「ジリリリリ……」と音が鳴る。

 気配だけを感じていたヤマタノオロチの首が一気にそちらを向く。

 全員が一斉に攻勢に出た。

 闇の首に向かったセレオーナはかなり燃えていた。

 果し合いでは自分の実力を十全に出せたとは言いがたい。

 スゥ、ススゥ、ス、スゥと息づかいとともにセレオーナはリズムを取る。

 セレオーナは吸体士ではない。ゆえにそれは【獣呼吸】や【命吸法】といった吸体術とは異なる。

 それでもセレオーナは吸体術にも似た独自の呼吸、そこから奏でられるリズムを基準にして戦闘形態(バトルスタイル)を確立していた。

 果し合いではアエイウの暴走でリズムが狂わされてしまったが、今回は邪魔する要因が少ない。

 初めて組んで戦う闘球士は不安要素ではあるが、彼らには戦闘が始まった際の位置――開始地点から援護してもらう算段になっている。

 セレオーナを間近で援護するのは人操士のダモン、セレオーナのタイミングに合わせて援護するのが物操士のクレイドルと物操術で作り出した【土巨人】、そして賢士のケッセル。

 三人と一体との連携は熟練の極み。

 剣先盾槍〔煌きコンドゥル〕を右へ、左へと振り回し、反復横跳びのように左、右へと独自のリズムで飛び跳ねながら、近づいたセレオーナは突き、斬り払うと、ぐるりと回りながら後ろへと退避。

 直後にヤマタノオロチの闇の吐息がその場へと降りかかった。

 無駄な動きが多く見えるが、その無駄とも思える動きは全てセレオーナの独自のリズムに身体の動きを合わせた結果だ。そのリズムに逆らわず動く。それがセレオーナにとっては十全の結果をもたらしていた。

 とはいえセレオーナが思ったほどの威力が出ていないのは、セレオーナの予想以上にヤマタノオロチの表皮が硬かったからだろう。

 予想は超えていたが、想像はしていた。

 セレオーナは慌てることもなく独自のリズムのまま、ヤマタノオロチに切りかかっていく。

 トリッキーと人は呼ぶこともあるが、民間人からすればそれが踊っているようにも見えることがあるらしい。

 専属の踊り子にならないかと貴族のお眼鏡に適ったこともあった。

 けれどセレオーナにとってこのリズムを刻む行為は踊りではないし、それにこれが戦闘形態である以上、戦場以外で使おうとは思ってもないのだ。

 闇の吐息は小刻みにセレオーナを狙う。それは扇状に広がるような息吹とは異なり、どちらかといえば火球にも似た球状の吐息だった。

 セレオーナが回避しても草原に引火した黒炎のようなそれはしばらくそこに留まり、進行を妨げる障害物となってセレオーナを妨害する。

 黒炎のようなそれは黒炎のようなそれであって、炎ではない。草原に付着しても燃え広がることはないのはセレオーナの推測通り。

 影響はなかった。跳んで、回り込んで、とリズムに合わせて障害物をかいくぐり、またしてもヤマタノオロチへと接近する。

 狩士であるセレオーナに、これといった強力な技能はない。狩猟技能は狩りを有利に進めるために用意されたもので、最終的には自分の腕が物をいう。

「ラァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 呼吸で刻んでいたリズムの途切れを狙って、セレオーナは【威嚇(スレートゥン)】を繰り出す。

 雄叫びにも似たそれは魔物の嫌がる音を含有していた。周囲に小型の魔物がいればその音を嫌い遠ざかっていくが、それだけではない。

 不意の【威嚇】は敵を一瞬怯ませ、体を弛緩させる。

 闇の首が統一意思のもとに動いているのか、それとも個々の意志を持っているのか、セレオーナは知らない。

 それでも闇の首の動きが一瞬でも止まったのは確かだった。

 リズム通りに片足を上げて、半回転した後、武器を眼前に構え、セレオーナは右へと小さく飛んで、左へ大きく跳ね上がる。

 セレオーナの跳躍地点へとクレイドルが【土巨人】を移動。首根っこを【土巨人】が押さえ込む。

 その【土巨人】を踏み台にしてセレオーナがさらに跳躍。後ろにはダモンが追従。

 セレオーナがダモンを掴んで強制的にスイッチ(入替)

 この人は、とダモンは苦笑。無理やり盾にされたとか、そういうことをされたわけではない。

 安全を確認したうえで、セレオーナはダモンを攻撃の起点にする。

 人操士ですよ、という文句はいっつも無視される。

 棘鞭〔獄門ジシツノヅ〕を闇の首の表皮に叩きつける。

 傷ついた形跡はない。棘にはわずかに表皮が付着している。その程度だ。

「やっぱり硬いですよ、セレオーナさん」

「それで十分!」

 剣先盾槍に乗ってさらに跳躍。

 途端に闇の吐息がセレオーナを狙う。セレオーナが主力だと闇の首はしっかりと認識をしていた。

「甘いっての!」

 落下しながらダモンがセレオーナに人操術を発動。

 かつてキムナルが人操術で人を操っていたことで人操術のイメージは悪い。

 しかし人操術の本来の使い方は違う。

 セレオーナを【左移動(ワイヤレス・レフト)】で左へと移動。誘導性のない闇の吐息はセレオーナがいた場所を通過して地面へとぶつかる。

 本人では避けれない、動けないと悟った攻撃ですら、人操術では避けさせることができる。

 人を救う術、それが人操術だった。

 動かされている最中に動けないのがデメリットとはいえるが、それでも操った者の動きを阻害はしない。

 跳躍とともに左移動させられたセレオーナは左移動させられている最中も跳躍しているのだ。

 後ろを向いてウィンク。視線でお礼を述べてセレオーナは【収納】で武器を取り出す。

 踏み台にして跳躍した剣先盾槍が主力。だがそれを容易に捨てたのはそれが大型魔物に不向きだと分かっていたからだ。

 屠龍爪鎌〔偽帝ギルガメッツ〕。

 セレオーナと腐れ縁のジョバンニに作らせた一品だ。ジョバンニは渋っていたがレシュリーの名前を出した途端、やる気を出して作られたこの爪鎌は絶品と言ってもいい代物。

 長い柄に六本の鎌が爪のように生え、手元に近づくにつれ鎌は小さくなっていた。

 屠龍爪鎌を振り回してダモンが攻撃した部分に寸分狂いもなく直撃させる。

 すると硬いはずの表皮が嘘だったかのように突き刺さった。

 ダモンの攻撃は無意味ではなかった。

 少しだけ表皮を剥ぎ取ったということは、すなわち、少しだけ傷を与えることができたということだ。 

 ダモンにとってはその少しでも傷を与えるという行為が大事だった。

 なぜならジネーゼが武器に毒を塗りこんでいるように、ダモンも武器に薬を塗りこんでいた。傷口から侵入し、細胞を脆くする薬を。

 その結果もあって、そこから六爪の鎌が食い込んでいく。

「ケッセーーーーーーーーーーーーール!」

 セレオーナが確かな食い込みを確認して、下で待機をさせていたケッセルを呼ぶ。

 無言で頷いたケッセルは詠唱していた癒術を発動。

「恐慌を抑え、力を称え、大いなる超力を与えたまえ! 【声援(ファイティングコール)】!」

 癒術の力がセレオーナへと流れ込む。

 回復癒術階級7【声援】は強敵との戦闘の際に陥りがちな恐慌状態を回復し、さらには戦闘力を向上させる。

 力が流れ込んだセレオーナはさらに食い込みを加速させる。

 クレイドルの【土巨人】が敵の目標を分散し、ダモンとケッセルがセレオーナを徹底的に援護する、それがセレオーナたちの戦術。

 そしてセレオーナの算段であれば、これで闇の首を倒すことができるはずだった。

「らあああああああああああああああああ!」

 もうひと息といったところで食い込みが止まる。

「くっ……どうして……」

 これ以上進まない、セレオーナに動揺が走る。

 闇の吐息がセレオーナへと降りかかってきた。

 やられると思った一歩手前で闇の吐息が爆散。何かに吐息が当たり弾け跳んだのだ。

「ここまで来るのは案外大変なものだな」

 MVP48がひとり、土方歳三が鬼のような右腕で闇の吐息を防いでいた。

 【転移球】を繋いでここまで登ってきた歳三は屠龍爪鎌に着地して、ここまでの苦労を笑う。

「今度はともに戦おう」

「具体的にはどうするの?」

「こうする」

 言って歳三は跳躍。屠龍爪鎌が食い込んでいるよりも少し上の部分を鬼の右腕で殴り始めた。

 肉は叩くと柔らかくなる、というのが料理の手法にあるが、そんな心得がない歳三の目論見は違うところにある。

 おそらく急に切断できなくなったのは、そこに力を集中させたからだろう。

 例えば冒険者も左腕で防御しようとすれば、そこに力を入れるのは道理だ。その道理をヤマタノオロチも使っているのではないだろうか。

 つまり攻撃を分散させさえすれば、その力の集中が解ける、と歳三は睨んでいた。

 その目論見は的中する。

 セレオーナの屠龍爪鎌が切断に向けて進んでいった。

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