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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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舌劍

39


 その技の始動条件はたったひとつ。

 【舌なめずり】によって、口周りが湿っていること。これが渇くと始動しない。

 無意識下の舌なめずり――【舌なめずり】の効果時間も同様。

 すなわち、【舌なめずり】の効果発動中がその始動条件となる。

 エンバイトの懐に入り込んだシッタは舌の根が乾かぬうちに新技能を発動。

 ぐるりと光速回転。回転するシッタへエンバイトが舞踏用短剣〔死んでるよガルズー〕を一突き。

 シッタが掻き消える。光速回転によって生まれた幻影だった。

 そこにシッタはいない。回転のさなか、すり足で背後に移動していたシッタが一閃。

 【舌劍絶命アブソルートリー・デスノの型(ノーガード)〉】

 さらにそこから派生する。

 背後を切りつけたシッタが分身。前と後ろ、それぞれがすれ違い様に斬りつける。

 【舌劍絶命〈十の筋道(トゥルールート)〉】

 さらに前後に通り抜けた二人のシッタがさらに分身。前後左右を四人のシッタが囲う。

 四人が詰め寄り一気に乱舞。

 【舌劍絶命〈口の包囲(ローカルネット)〉】

 エンバイトは滅多打ちにされる。

 〈ノの型〉は必中、〈十の筋道〉は防御無視、〈口の包囲〉は連続攻撃といったところか。

 【舌劍絶命】は六つの型、〈ノの型〉〈十の筋道〉〈口の包囲〉〈千の風(レクイエム)〉〈古の因子(イニシエーター)〉〈舌の機銃(タングステン)〉に分かれ、「舌」を形作るまで繋げることができる。

 全四通りしかないがそのどれもが【舌なめずり】の恩恵を受けているため強力だった。

 【舌なめずり】の熟練度はそのままシッタの舌なめずりをした回数と同等だ。これはかなり特殊な事例で、癖が技能に昇華されたことでその回数がそのまま熟練度になったためだ。

 本来の技能というのは覚えてから熟練度を育てていく。けれどシッタの【舌なめずり】はそうではなく最初からかなりの熟練度を持っていた。

 それこそレシュリーが落第者になってからも2年間、投げ続けた以上の熟練度を。

 当たり前だ、シッタは生まれてから今まで舐め続けていた。その熟練度はかなりものに決まっている。

 その熟練度を生まれ持った【舌なめずり】はシッタ自身にかなりの影響を与えている。

 【舌なめずり】の効果中、熟練度――すなわち無意識下で舌なめずりした回数に応じて自己強化される。多ければ多いほどその強化はすさまじい。

 それこそレベルを200、それ以上上乗せするように。

 そんななかで繰り出される【舌劍絶命】が弱いはずがない。

 〈ノの型〉→〈十の筋道〉→〈口の包囲〉と続いた【舌劍絶命】を受けて、エンバイトは意識を失って倒れた。

「終わったか……?」

 シッタは膝をついて蹲る。

 【舌なめずり】には体力疲労も精神磨耗もない。

 けれど【舌劍絶命】は違う。まだ慣れていない。体力の疲労はすさまじいものがある。

 それに【舌なめずり】自体が何も消費しないとしても、肉体が強化されることにシッタは慣れていない。急激に強化され、肉体がそれにまだ対応できずにいた。

 ある意味で舌なめずりが【舌なめずり】になったことでシッタ自身に負担をかけているのだ。

 それでも、それでも決め手にかけていたシッタにとってはありがたいことだった。

「エンバイト、手加減はしといてやったぜ?」

 立ち上がって格好をつけたシッタだったが視線の先にエンバイトはいない。

 気絶したからと完全に油断していた。

 薬による影響で、体は無意識に覚醒させられていたのだ。

 跳びかかったエンバイトの舞踏用短剣(ダンシングダガー)がシッタへと突き刺さる――

 一歩、いや半歩手前で、エンバイトは再び崩れ落ちた。

「やれやれ、それがキミの悪いところだ」

 エンバイトに噛みつくのは黒狼。

 フィスレが繰り出した【吸剣・黒魔狼】だった。

 追従していたフィスレは冷静にエンバイトの倒れていた姿を観察していたのだ。

「まあ、私が追撃しなくても、イロスエーサさんがなんとかしたようだけどね」

「いやはや、そうではあるが某の攻撃だけで止めれたかどうか」

 そう言ってエンバイトのわき腹へと直撃したあと、地面に転がっていた賽子群〔出鱈目なゴグルゼト〕を拾い上げる。

 イロスエーサも立ち上がるエンバイトの姿を見て行動に出ていた。

 とはいえ、イロスエーサの攻撃は致命傷になる攻撃を、重傷程度に留めるぐらいの足掻きだった。

 しないよりはマシだったがそれでシッタへの大打撃は防げなかった。

 ゆえに先程のイロスエーサの言葉は安堵から出ていた。

 フィスレがきっちり追撃をしてくれたお陰で、大した被害もなくエンバイトを無力化できたのだから。

「おい、エンバイトはん。大丈夫っぺ?」

 ウイエアが今度こそ起き上がらないエンバイトに近づき、声をかける。

 いきなり襲いかかってきたうえに、話も通じなかった。

 どうしてそうなったのか聞きたい。

 それは情報屋、集配員としてではなく純粋に友人として聞きたかった。

 体を揺らす。ジメッとした感触。スライムのような液体が手につく。

「なんなんだっぺ、これ……?」

 ウイエアの戸惑う声にシッタたちが反応するなか、エンバイトの体が溶けていく。ドロドロと溶けていく。

 ウイエアの手についた液体もまるで証拠を掴ませないと言わんばかりにウイエアから滴り落ちる。

 ウィッカの本社は水が浸透しにくい床だというのに、その液体はあっという間に消える。蒸発と言ったほうがいいのかもしれない。

 すぐさま跡形もなく消滅した。

「何が起きたであるか……?」

 ウイエアが知るよしもない。だがイロスエーサは訊ねずにはいられなかった。

 偵察用円形飛翔機が人知れず去っていく。

「分からん。本社が蛻の殻ってのと関係があるのかもしれないっぺ」

 これだけ騒いでも誰も駆けつけなかったこと、誰の気配も周囲から感じなかったウイエアはそう結論づける。

「もう少し、探ってみる必要があるであるな」

 イロスエーサの言葉に全員が同意した。

「待っていろ、エリマ。ミンシア」

 ふたりの匂いをアエイウの嗅覚は感じ取っていた。

 間違いなくふたりはここにいた。いるのかは分からない。それでも手がかりは見つけてみせる。

 アエイウは活躍できなかった苛立ちをエミリーにぶつけながら、そう決意した。

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