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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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舌舐

 38


 エンバイトの猛攻が続く。

「わいの顔を覚えてないっぺか、エンバイトはん」

 必死に攻撃を回避したウイエアは先程から何度も呼びかけていたが、エンバイトは反応しない。

 イロスエーサはどこか無駄だと思いながらも、そう告げることはしなかった。

 今のエンバイトはどこかおかしい。

 そう思っているからこそ、エンバイトが正気に戻ってくれることをイロスエーサは信じていた。

 とはいえ、襲いかかってくる以上、応戦する必要はある。

 アエイウは室内のせいか長すぎる武器が出せずにいた。

 代替の武器も持っていないアエイウの武器は素手しかない。

 殴りなれてないのか、その戦い方は不恰好極まりない。おろおろするエミリーを守りながらでもあるので本来の活躍を見せていない。

 主力となっているのはシッタとフィスレだった。

 イロスエーサとウイエアは情報収集が主のため、戦闘には特化していない。

「ちっ、こりゃあ骨が折れるな」

 シッタが舌なめずりをする。エンバイトはおかしな状態にあるとはいえ、元々が強かったのか苦戦を強いられていた。

 ブラギオが実力を隠していた、とエンバイトを評したように、エンバイトは仲間にもランク1を、レベルを100程度偽っていた。

 挙句、蟲毒によるレベルアップによって強化されていた。

「けど、まあやるしかないよ。エンバイトさんが正気に戻ってくれると楽なんだけど」

「そりゃあ希望的観測すぎて絶望するぜ。さっきから呼びかけにだって応えねぇじゃねぇか。必死に呼びかけてるウイエアには申し訳ねえがやるしかねぇよ」

 やるしかねぇ、ともう一度、シッタは舌なめずりして言い聞かせるようにそう言った。

 もしかしたらシッタにとってもエンバイトは何かしらの因縁がある冒険者なのかもしれない。

「行くぞ、フィスレ。新しい技を覚えた俺についてこい!」

「おう!」

 男らしさのある返事をしてフィスレは気合十分、シッタに続く。

 新しい技。それを覚えたのはつい最近、弟子との修行中だったが、その前兆があることは祭りの日に教えてもらっていた。

 エンバイトへと向かっていく最中、シッタは【舌なめずり】をする。


 ***


 祭りの日、

「いったい、用ってなんなんだ?」

 舌なめずりしながらシッタはひとりの男を待っていた。フィスレすら同伴せずにひとりできてくれ、と言われてまさか男から告白されるんじゃないかと身の毛がよだったシッタだったが、呼び出されたところが技能協会だったためそれはないと思い直す。

 シッタが待っているのはリンゼットだった。

 リンゼットは投球士の師匠、はぐれた冒険者の指導員、初心者協会人事部長、技能協会会長など様々な役職を持つ。

 持ちすぎてリンゼット以外は把握できていないのが事実だが、それでも仕事は回っている。

「やあ、お待たせしました」

「いや……」

 今来たところだ、と言いかけてそれは別の場所、別の人とでやりとりしたいと思って言葉を止める。

 男になんて言いたくない、とシッタは舌だけをなめずる。

「おお、目の前で拝見できるとは思いもしませんでした!」

「何のことだよ?」

 疑問を呈してもう一度舌をなめずる。

「それです、その舌なめずりです」

「舐めてんのか?」

「舌で舐めてるのはあなたです、とそんなことが言いたいんじゃなくてですね、あなたのその舌なめずりが【舌なめずり】として技能化したことはご存知ですか?」

「はぁ? 意味分からねぇんだが」

「無理もありません」

 言ってリンゼットは微笑む。

「世界改変が起こってから一年間は技能強化年間、とでもいいましょうか。急激に固有技能を覚えたり、技能を戦闘中に閃いたりする冒険者が増えるのです」

「つまり、どういうことだ?」

 説明を受けてもシッタはピンと来ない。ややこしい話は頭で処理するよりも先に、耳が左から右へ、右から左へと受け流していた。

「要するにシッタさんの舌なめずりは無意識で行われる癖のようなものだった。癖というのは何回も繰り返していくものです。そしてまた技能というのも何回も繰り返して熟練度を上げていくもの」

 ゆえに、リンゼットはシッタに迫り、

「顔が近い」

「失礼」咳払いひとつ、リンゼットは興奮を抑えるように「つまり、あなたの癖と技能のいわば共通点が、あなたの癖を技能に昇華したのかもしれません」

「つっても、俺のこれは生まれてきた頃からのもんらしいし。今更止められんZE?」

 はは、とリンゼットは笑う。

「ならそれでいいのです。むしろついていますよ。あなたの【舌なめずり】は無意識でしか発動しません。意識して【舌なめずり】したところでそれはただの舌をなめずっただけ。無意識化での舌なめずりこそ、【舌なめずり】となりえるのですよ」

「やっぱよくわからんねぇな」

 言ってシッタは【舌なめずり】をした。

「分からないままのほうがあなたにとってはいいのかも知れませんね」

 原理を理解してないシッタだったが、そのほうが意識せず使えていいのかもしれない。

「そうそう。あなたは技能を作ったということで褒賞が進呈されます」

「お、それってレシュリーが貰ったとかいうのだろ、確か、1億だか2億だか……」

「いえ、今は技能強化年間と言ったはずです」

「おっ? つーことはさらに増えるのか?」

 【舌なめずり】して期待していると

「いいえ。むしろ激減します」

 とリンゼットは札束を渡してきた。100万イェンだ。

 それでも大金だが、レシュリーが貰っていた額と比べると段違いに少ない。

「マジで?」

「マジです。この一年間は上級の冒険者ならひとつやふたつ、新しい技能を生み出すそうです。文献に載っていました」

 事実、世界改変と技能創造の経緯をグラフ化してみると世界改変後一年間の技能増加量は莫大だった。

 ゆえにそのたびにレシュリーに渡していた金額を渡していると、財政が破綻する。

「ですので、ご容赦を」

 シッタはそれに託けて贈与金額を減らそうとしているんじゃないかと疑ったが、それはある種レシュリーへの嫉妬もあった。

 レシュリーは手元にある100万イェンよりも莫大な金額を手にしている。

 それがなんとも羨ましく、シッタは人知れず【舌なめずり】をした。

「ですが、これを機にあなた専用、もしくは複合職専用の技能をさらに生み出すこともあります。更に褒賞を受け取ることも可能ですよ」

 リンゼットの言葉が耳に届いたかどうかはともかく、シッタはその数日後、固有技能を生み出した。


 ***


 シッタは【舌なめずり】をしてエンバイトの懐に入り込む。

 そしてシッタの新技能が炸裂する――。


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