溶消
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それは焼き尽くすというよりも焼き焦がす、という表現に近い。
ミチガ・エルの水銀の月桂樹杖〔赤帽子のオールル〕
ヨミガ・エルの火成岩の金木犀杖〔白帽子のゴルタタ〕
ヒックリカ・エルの金鉱石の木天蓼杖〔黒帽子のヤーマン〕
三本の杖から同時に、あたかも炎の息吹のように炎の魔法が吹き出る。
その魔法は、アロンドたちを越え、一気に広がる。
燃えつくすのではなく、強いて言えばフライパンの上に乗ったたまごをじわじわと、徐々に弱火で焦げ目をつけるかのように、焼き焦がす。
炎が足元に燃え広がり、熱の波がラッテたちを襲う。
魔法攻撃階級6【炎熱波】。しかも三つ重ね。その威力は単発で【炎熱波】を使ったときの三倍以上。
対応するのであれば同階級、いや同威力以上の水、もしくは氷魔法を重ねるか、【無炎壁】などに頼るしか方法はない。
テッラは怯まず【減熱壁】を宿す。魔法と違い魔法剣で防げる部分は剣の部分だけでしかない。
パロン、ポロン、ポポン、パパンが魔法を詠唱、瞬時に展開。
黒真珠の聖樹杖〔黒白のクワドルプル〕、白真珠の魔樹杖〔灰色のクォーター〕白夜石の不死樹杖〔黒塗り八重歯のシロヤミ〕、パパンの黒夜石の死続樹杖〔白塗り御膚のクロガミ〕から同時に【氷結】が発動。
ランク2で精一杯だった。
冷たさは一瞬。熱波が冷たさを奪い、周囲の熱が空気を焼き尽くす。呼吸困難に陥り、喉が焼けた。
テッラたちの肌が焼けていく。がそこで火傷した肌は再生する。
見ればテッラの切断された腕も傷も再生されていた。薬の影響だ。
だがその薬がもたらした再生がテッラたちをさらに苦しめる。
火傷しては戻り、戻っては火傷しを繰り返す。痛みと安らぎ、飴と鞭が繰り返される状況に体力ではなく精神が持たない。
「あああああああああああああああっ!」
薬によるヒリヒリする痛みと熱さ、熱波によるジリジリする痛みと熱さ、繰り返しの再生によって起こる苦しみ、それらを全て受容するかのように、テッラだけは歩く。
アロンドたちがいる方向へと、歩く。気を失わないように、耐えるように叫びながら。
そこで異変が起きた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っあああ!」
叫びの質が変わる。歩みが止まる。
確実に喘いでいた。
火傷が回復しなくなる。肉体が再生されなくなる。外側からじわじわと熱波が肌を焼いていく。
【炎熱波】の効果が切れる。
「くそったれ……」
テッラの目に涙。そのまま倒れる。ドロリと体が溶け出してく。
「なんだありゃあ……」
【炎熱波】でとどめを刺したとき、そんなことが起きることはない。
明らかに薬の影響だった。体が耐え切れず限界がきた。そのせいでスライムのようにドロリとした液状の物体になったのだ。
骨も、筋肉も、焼けた肌でさえも、涙した目でさえも、血さえもが水のようにすきとった、ドロリとした液体になった。
それはパロン、ポロン、ポポン、パパンも同じだった。
全員が跡形もなく溶け、その液体はゆっくりと、静かに地面へと吸い込まれていった。
***
時はわずかに遡り、上空でも決着がつこうとしていた。
***
「ってか、なんでジブンも連れてきたじゃんか!」
空中でジネーゼが叫ぶ。
絶好の機会のなか、魔法は詠唱され、機会が絶好ではなくった。
それでも好機ではあったのだけれど、魔法回避とともにそれを狙おうと欲張った結果、僕はジネーゼとアリーを上空へと連れてきていた。
現在は空中を落下中だった。
高所恐怖症なのか、ただ単に怖いのか、ジネーゼは少しだけ涙目。
アリーは悠然と落下しているが僕をじろっと恨みがましく睨んでいるから、やっぱり怖いのだろう。
僕は何かしら空中で戦ったことがあるので、幾許かの恐怖心はあるものの慣れてはいた。
「一気に片をつけよう」
ラッテも空中に放りだされたのは初めてなのか少し動じている。
しかも僕らのほうが上空にいるため、ラッテには不利に不利が重なっているといえた。
落下しながら僕とラッテは向き合う。
すると喚いていたジネーゼも、睨みつけていたアリーも、戦いの体勢に入る。
「やる気満々だね」
「とはいえどうやって戦えばいいか分からないじゃんよ」
「とりあえず先に行くわよ」
アリーが宿した【加速】を解放して落下速度を加速させる。
テッラへと追いつき、空中でめまぐるしい攻防が繰り広げられる。
「ううん、追いつかないじゃんよ」
ジネーゼが手足をばたばたさせて呻く。少しかわいい。
「じゃあ、ジネーゼも行っておいで」
【転移球】でジネーゼをラッテの上へと送る。
「行くじゃんよ」
ラッテより下になったアリーが【岩石崩】を上に放つ。
ラッテが瞬時に回避、がすぐに狙いに気づく。放たれた岩石はやがて重力に捕らわれ下に落ちてくる。
【加重】を宿してラッテはアリーの下に潜り込もうと画策。
「させないじゃんよ」
【影縫】を使ってジネーゼが急速落下を阻止。
ラッテが空中に縫いつけられる。
幾つかの岩がラッテに直撃、アリーが自分が放った岩を足場にして重力に逆らって、ラッテの傍へと到達。
ジネーゼはそのまま落下していく。
「ジネーゼ!」
「大丈夫じゃん。それよりも!」
ジネーゼは【影縫】を発動させたままだ。
僕がラッテの間近に迫る。
「アリー!」
「分かってるわよ」
ジネーゼの【影縫】にラッテは抵抗できないでいた。
わずかに違和。でも躊躇う意味もなく、隙を見せればやられるだけだ。
「貫け、レヴェンティ」
アリーの魔充剣から解き放たれた【雷疾】がラッテの体を弛緩させる。
「あとはあんたの仕事」
アリーも重力に逆らえず落下。
僕ももうすぐラッテを追い越して落下してしまう。
空中停止させている今こそがチャンス。
両手に持った【戻自在球】をぶつける。いつもより速い。重力の力を借りて加速していた。その分戻りは遅い。
すぐに気づくべきだった。【戻自在球】を【毒霧球】に変える。
そのあとは【剛速球】の連投。加速を増して、全球、ラッテへと直撃。
直後、ラッテがドロリと溶けた。
「なんっ……」
僕は目を見張る。
何が起きたか分からない。
それでもラッテが溶けた。水のようになったラッテはそのまま、落下。
急速に落下していくそれを僕は目では終えず見失った。
終わったのか?
拍子抜けするような終わり。僕がとどめを刺したようではなかった。
どちらかといえば時間切れで自滅、という言葉がふさわしい気がする。
あの薬の影響、なんだろう。
ジネーゼが【影縫】したあたりからテッラが沈黙しおとなしかったのは溶ける前兆だったのだろうか。
あれがなんなのか、さっぱり分からない。
ラッテが来た目的さえも、何もかも分からないまま、戦闘は終了ってところだ。
僕は【転移球】で下へ下へと移動しアリーとジネーゼを回収。無事に帰還すると下での戦闘は終わっていた。
「コジロウ、他のやつらは?」
「溶けて消えてしまったでござる」
コジロウがそう答える。テッラたちも薬を飲んでいたから、間違いなくあの薬でラッテたちは消滅したのだろう。
ラッテたちが消滅したことで全てが謎に包まれたまま、消化不良のままだった。
***
この戦いを偵察用円形飛翔機が密かに撮影していたことをレシュリーは知らない。




