協同
33
「もう3人でやるとか言ってる場合じゃないじゃんよ」
アリーの切断された左腕を見て、ジネーゼが飛び出す。
左腕はあとで接合できるけれど、左腕が一瞬で切断されたという状況が異常だった。
ジネーゼの言葉に返す言葉はなかった。
いや返す暇さえもなかった。僕の怒りはとっくに沸点を超え、アリーの左腕が切断された直後にはラッテへと向かっていった。
両手には【戻自在球】。
超高速で放つとその場にラッテはいない。
「こっちよ。天才たる私の速度についてきなさい」
首筋に剣があった。やばい死ぬ――
ぎぎぎぢぃいん! と僕の首めがけて無理やり飛び込んできたそれが、ラッテの魔充剣リヴァイヴと衝突を起こし、間一髪僕の命は守られる。
体勢が不安定のまま崩れ、僕が倒れると、ぶつかったそれ――応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕が弾き飛ばされる。
「頭に血ぃ昇らせすぎ。たかが左腕が切断された程度よ」
アリーがため息とともにそう言ってのける。
「私はまだ死んでないわよ」
笑顔のアリーに僕は冷静にさせられる。当たり前のことだけれど、アリーはまだ生きている。
焦る必要はない。
「それに拙者らもいるでござるし」
「やばそうな気配だが、守ってやんよ」
コジロウとアロンドさんが気楽に言って前進。僕たちを守るように前に出る。
「喋ってる暇あるじゃんか。なんかすげーやばい感じじゃんよ」
「確かに、やばそうだ」
撥ね退けたラッテはテッラを引きつれコジロウとアロンドさんと衝突。テッラの爆散した足は狂戦士でもないのに再生していた。薬の影響だろう。
アリーに【止血球】と【徐々癒球】を放る。癒術による治療は時間がかかるため、たぶん今の状況じゃあ、間にあわないというかラッテたちが許してくれそうもない。
「あとで治療を頼むよ、リーネ。ヴィヴィ」
後ろに控えるふたりにそう言って、ルルルカとジネーゼに向き直る。
「みんな、今度は協力を頼むよ」
「「当たり前じゃん」なの」
ふたりが僕に合わせて走り始める。
「ルルルカは後ろの4人を、ジネーゼは僕とテッラへ」
「言われなくても」「分かってるの」
ルルルカはすぐに僕のもとを離れ、立ち止まる。
【収納】されていた匕首10本がポポンたちへと超高速で向かっていく。
エル三兄弟がポポンたちに対抗すべく詠唱を開始。
今回は総力戦だけど弟子たちは立ち回れなくても文句はない。非常時がすぎる。
ムジカ、セリージュ、メレイナの3人が弟子たちを守っていてくれてた。
彼女たちの姿に安堵する。後ろの憂いはない……と思ったけれど、弟子の姿が7人しかいない。
「ムィ!」
「WTMTSW」
「ひひっ、こういう戦いなら歓迎!」
アテシアが空から、ミセスが地を這うように僕を追い越していく。
「どうしよう、アリー?」
「ひとりはあんたの弟子だけど、まあ大丈夫でしょ?」
楽観的な感想を言って、「それよりも、あの盾のおっさんが抑えるのも限界みたいよ」
「すいません。アロンドさん」
「どうってことねえよ。つーか、なんていうかすげー力だが、ごり押しだぞ。一本指のお嬢ちゃん」
「うるさい。天才たる私の獲物はお前じゃないっ!」
【激毒酸】を宿したリヴァイヴがアロンドの盾を溶かしていく。
「おっさん、その盾溶ける前にどくじゃんよ」
「おっさ……ってそりゃねぇぜ、嬢ちゃんよ」
「いいから、どきなさいよ、おっさん」
ジネーゼに続き、アリーに言われて、アロンドさんは肩を竦めつつも、エル三兄弟のことが少し不安だったのか、駆け足で後退及び交代。
代わってジネーゼが前に出る。ジネーゼは前線向きじゃないけれど、その役目は重々承知していた。
だから僕もジネーゼにラッテを相手するように頼んでいたのだ。
「天才たる私の邪魔をするんじゃないわよぉおおおおおおおおおお!!」
感情をむき出しにしてアリーとジネーゼに魔充剣を振るう。アリーよりもジネーゼが前に出る。
「どけええええええええええ」
ジネーゼの短剣〔見えざる敵パッシーモ〕と【激毒酸】が付与されたリヴァイヴが衝突。
ただの剣ならジネーゼの敗北は目に見えていた。ラッテもそう思っていたはずだ。
だが、打ち勝ったのはジネーゼだった。
【激毒酸】が消失し、通常の剣以下の脆さに戻った魔充剣なら短剣でも競り合える。競り勝っているのは絶妙なタイミングで【弛緩】を使ったのだろう。
【力盗】より、強力な攻撃力奪取の暗殺技能は暗殺士ならでは。でも【激毒酸】に打ち勝ったのはジネーゼだからこそ。
ラッテにそのトリックが分かったのだろうか。
【激毒酸】程度なら毒のスペシャリストのジネーゼなら解毒できると踏んだ僕の推測は間違ってなかった。
つまり毒を以って毒を制したのだけど、ネタばらしをする気はない。ただラッテも疎くはない。何らかの方法で毒を打ち消したと理解したのだろう。
すぐさま【火傷】を宿す。特定の場所に火傷を作り出す魔法は、魔法剣では斬りつけた場所に火傷を作り出していく。それはぶつけあった剣をじりじりと焦がしていくということでもある。
「さすがにそれは無理じゃん」
毒の塗った短剣を火で完全にはでないが消毒されてはたまらないとジネーゼが交代。
入れ替わるようにアリーが【炎轟車】を宿して対抗する。炎を宿せば焦げることはない。
「片腕の分際で立ちふさがるなああああああ!」
「おかしな状態になっても私程度殺せないなら、片腕でも十分よ!」
挑発に挑発で返して、アリーが立ち向かう。左腕を失ってもなお、アリーの闘志は衰えない。
左腕はほとんどの冒険者にとって致命傷になりえない。僕のような例外を除いてほとんどが右利きだから、愛刀は大抵右腕に持つ。
ラッテのような冒険者にしては凡ミスだ。力を奪うならまず利き腕を狙うのがセオリーなのに、それすら考えつかなかったほど、もしくは忘れているほど、頭に血が昇っているのか……それとも薬に付き物の副作用なのか。
今は考えている暇はない。
ジネーゼとアリーが引きつけてくれたからこそできた絶好の機会を逃すわけにはいかない。




