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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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分析

28


 空中庭園に辿り着くと、

「街は今、色んな感情が入り混じり、ピリピリしておる」

 出迎えてくれたアカサカさんが一言そう告げる。

「ピリピリってなによ?」

 僕よりも先にアリーがそう訪ねる。飛空艇での旅は少しの時間だとしても疲れる。

 羽休めをしたいと思うアリーを逆撫でするように制止され、街に入るのを阻まれたせいでわずかにイラついているように見えた。

 不躾な質問に思えたけれど街に入れないことを不満に思っていたのはアリーだけじゃない、僕もわずかに不満げな表情をしていたし、雅京の料理を楽しみにしていたルルルカも頬を脹らませていた。

「そう不満げにするでない。特別に離れを用意しておる。マユどのが気を利かせての」

 言ってアカサカは雅京の外壁づたいに歩き出した。

「さっきはすいません」

 不満げな顔をしてしまったことを詫びて

「ところで今の状況は?」

「今のところ、首は二本ほど出現しておる。この様子じゃと完全復活は2、3日じゃろう」

「そうですか」

「いくつか文献を漁ってみたところ八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と命名した、つまり戦った(たける)の文献が見つかった。有益になるかどうか分からんが……」

「本当ですか……」

 それは大いに役立ちそうだ。

「とはいえ、その情報よりも先にお主の仲間の不満を和らげるほうが先じゃろうて」

 アカサカさんは呆れるようにそう言った。


 ***


 離れに辿り着くと懐かしい、そして美味しい匂いが漂ってきた。

「お主が懇意にしておった酒場の親父さんに頼み、来てもらっておる」

 入るなり禽取の酒場のマスターと視線が合う。

 会話もなく会釈するとさりげなくココアを差し出してきた。

 さすが分かっている。

 美味しい匂いのなかにココアの甘ったるい匂いが漂ってきた。

 最高の匂いだ。

 僕は待っていただろう人物をないがしろにしてココアを優先した。

「さすが、ぶれないわね」

 呆れながらも同じ色のコップに入っていたココアをアリーを手に取っていた。

「ココアのほうが大事とかひどくないでやんすか、アニキ」

 苦笑いのコエンマが近寄ってくる。

「キミは変わってなさそうだね」

「ちょ、それはひどいでやんす。これでも闘球専士候補になるぐらいは頑張ったでやんす」

「その例えは空中庭園に住んでいないと分からないなあ」

「ひどいでやんす……でもその突き放すようで実は期待してくれている、そんなところがアニキらしいでやんす」

 勝手な想像で僕を語るコエンマだけど、僕はコエンマが戦うとは思っていなかった。

「というか冒険者だったんだね、コエンマ」

 正直言えば、僕はコエンマを冒険者だとは思っていなかったのだ。

「ちょ……そこからでやんすか。まあ確かに言ってなかったでやんすけど……」

「話はそこまでなの。すっかりおなかも減ったし、食べ尽くすの」

 僕とコエンマの話が積もっていくのが我慢できなかったルルルカが空腹を訴える。僕たちは昼食を済ませていたけれどルルルカたちはまだらしい。

「それにわしからも色々と離すことがある。長くなるから食べながらのほうがいいじゃろう」

 アカサカさんがそう言い、僕の着席を促す。僕が話し終わるのをみんなが律儀に待っていた。

「そうそう。それとでやんす、半日ぐらい前からアニキを待っている人がいるでやんす。結構な美人さんでやんしたよ」

「もてもてね」

 アリーがじと目でこっちを見てくる。

 冷や汗が出る。

「誰だろう……?」

「その辺で修業してると言っていたでやんすから、期待して待っているといいでやんす」

「呼びにいかないんだ」

「いかないでやんす。無闇矢鱈に呼びにいって修業の邪魔をするのは悪いでやんすから」

「そっか。まあキミがそれならいいけど……」

 僕がアリーの冷ややかな嫉妬じみた視線を向けられたままコエンマと話していると、テーブルに広げられた料理はあっという間に減っていく。

 僕は昼食を食べて小腹が空いていたわけではなかったのだけれど、弟子たちは育ち盛りなのか、ルルルカに負けじと食卓の料理を減らしていた。

「さて、まず現在のヤマタノオロチの状況だが先程述べたように二本の首が出現しておる。一度試し切りをしてみた結果、この状況でも首は再生する。復活速度は約二分弱」

「二分弱か……」

「文献によれば、各首によって属性が違うとあるが、二本の首の属性は炎と氷……文献どおりじゃった。おそらく三本目以降も属性が異なるのじゃろう」

 アカサカさんが文献を取り出し、ヤマタノオロチの頁を開く。

 八本の首が扇子のように開いた絵があり、右端から闇、土、雷、炎、氷、水、風、光と属性が書かれている。

「それぞれが竜のようにブレスを使う感じかしら」

 その絵を見て、アリーが言う。

「二本の首からはそれぞれ、炎の息と氷の息を吐くことを確認しておる。それと属性に関係なく毒の息もじゃな」

「ということはジブンの出番じゃん」

 気配を消して現れたジネーゼに驚いて喜劇師ばりに椅子から転げ落ちかけた。

「ジネーゼ、早いね」

「超特急で来たじゃん」

「狼煙が上がるのずっと待ってたもんね」

「うるさいじゃん」

 隣にいたリーネの声にジネーゼが赤面する。

「まあ毒の対処は任せるよ。時間があるなら、成分を解析して毒消し作ってくれると助かるよ」

「任せるじゃん」

 【吸毒】や【滅毒球】もあるけれど、毒消しがあるに越したことはない。

「それより、そこの絵がヤマタノオロチの全貌なんだね?」

 リーネが目敏く見つけて訊ねる。

「どことなくヒュドラに似てる」

「ヒュドラと言えばアズラール砂漠のヤド狩場付近に生息している魔物でござるな、あれは強かったでござる」

「私も知ってるの」

 コジロウの言葉にルルルカがリーヴクラウド麺を啜り同調する。リーヴクラウド麺は出雲綿花リーヴクラウドフラワーの種を練りこんだ麺でそれにメンツユをつけて食べるものだ。

 それはともかく、ヒュドラに話を戻そう。

「僕も聞いたことがある。首を切っても再生するんだよね、確か。そこもヤマタノオロチと類似してる」

「もしかしたら、ヒュドラの上位種に当たるのかもしれないわね」とアリー。

「であればヒュドラの対処法が試せるのではないではござらんか?」

「ヒュドラの対処法?」

「切り口を焼いてしまうと再生しないというやつでござるよ。修業中に倒したでござるが……苦労したでござる」

「何気にすごいことをさらりと言ってんじゃないわよ。けどまあ、使えそうな手であるわね。魔法剣士系は意外と多いし」

 とアルルカやセリージュを見た。アリーも加えれば三人になる。その三人を主軸として切断後、炎系魔法剣で焼いていく手は使えなくもない。それも一案として留めておくとして

「僕としては再生力に注目して回復細胞を活性化して倒したいところだけど……」

 僕が提案したのはユーゴックやガイラスに使った手だ。超回復をする人間は案外、回復細胞がパンク寸前の場合がある。

 尋常じゃない回復力の相手なら考えられない手ではない。

「色々と思いつくものじゃの。だったら、今のうちに色々と試行錯誤しておくんじゃ。ヤマタノオロチの調査をしておる剣士にもそう告げておく」

「剣士って……?」

「アルフォードって言ってたでやんす」

「アルも来てたのか。連絡もないなんて水臭いな」

「知り合いじゃったか……ふむ、そういえば果し合いのときにもおったか。なんであれ、完全復活までに試せることは試しておくのじゃ」

「そこで倒せれば御の字でやんす」

 コエンマがそう軽快に笑ったときだった、

 離れの扉が唐突に爆発した。

「ケガ人は?」

「なんとか大丈夫よ」

 アリーの声に安堵する。ケガ人がいないことにも、アリーが無事なことにも。

「天才たる私と勝負しろ、レシュリー・ライヴ!」

 爆発の煙が晴れ、大音声が響き渡った。

「あの美人さんでやんすよ、アニキを待っていたのは!」

 コエンマが外で待つ声の主を確認して声を上げた。

 扉を爆発し、僕へと宣戦布告したのは――

 [十本指]の一本指、ラッテ・ラッテラだった。

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