笑顔
1.
眼前に群れる白骨の戦士達へと放たれる【変化球】。
白骨の戦士、スケルトンと名づけられたその魔物の顔面に球が命中し、顔を砕くとそのまま下降し、胸骨、骨盤と破壊する。【変化球・降下】の技能だ。
「投球できたんですね。というか……」
ディオレスは投球する際に、本当にかけ声を出していた。その言葉を聞いた僕は文章にしたくないぐらいドン引きしていた。
何度聞いてもアホ臭いとぼやくのはアリー。
「お前な、狩士の副職は投球士やっちゅーに。【速球】や【変化球】系の類は使えるんだよ」
スケルトン軍団を蹴散らしながら悠々とディオレスは喋る。
「とはいえ、今じゃ弓や銃を持っている狩士がほとんどだから覚える必要はあまりないんだけどな」
付け加えられた言葉は投球が軽視されているような気がして、少しムッとしてしまう。
「β時代に起きた度重なる世界改変によって、矢や弾丸が安価にならなかったら投球はもっと重宝しただろうけど……まあそんなに拗ねんな」
見兼ねて慰めたのだろうけど、果たしてそれが今を生きる僕の慰めになるのかは甚だ疑問だった。
機嫌を損ねていてもスケルトンは襲来してくる。
接近を許した僕は急いで新しい武器を握り締めスケルトンに反抗。
投球だけが主な攻撃手段だった僕は近距離時の対応策として鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕を購入していた。
鷹嘴鎚というのは名の通り右鎚頭が鷹の嘴のように尖っており、反対側の左鎚頭は平らに殴打できるようにもなっている。長さは僕の背丈と同じぐらいだが、軽量化がはかられているため片手でも振り回すことができた。
ちなみにそれまで使っていた練習用棒は【収納】に保管している。何かの役に立つかもしれないし、使い慣れた棒を捨てることも売ることもできなかった。
その鷹嘴鎚を振り回し、スケルトンの骨腹を殴打。コジロウに教わった動き方も伴って接近戦も様になっていた。
スケルトンは肉質が無く、人骨だけで構成されているので、斬るよりも叩くほうが断然有利だ。
合間に他のスケルトンへと【速球】を放つ。雑な投げ方だけれど速度は落ちず命中。
もしかしたらディオレスが投球を使ったのは矢や弾よりも大きさのある球のほうが命中力に優れているからかもしれない。
そんななかコジロウは強烈な蹴りでスケルトンの頭を蹴り飛ばす。僕やディオレスと同様にコジロウも球で攻撃するという選択肢があるけれど、持ち前の速さを活かしたほうが手っ取り早いと感じたのだろう。
スケルトンの頭は緩くなった螺子のようにクルクルと何度も回り、胴体から外れて落ちる。その頭を踏み潰すと胴体の骨はバラバラとなって崩れる。スケルトンを倒すには頭を破壊するしかない。正確には生前、脳髄のあった位置。そこを破壊しない限り動き続ける。
アリーは魔法を宿した魔充剣を振り回し、機を見ては解放し、スケルトンを続々と薙ぎ倒していく。
鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕の嘴がスケルトンの頭蓋骨を破砕。頭を狙う場合は叩くよりも割ったほうが効果的だった。ディオレスが言うには鷹嘴鎚は兜を割り、頭を攻撃するために作られた鎚らしかった。
一体のスケルトンを屠った僕の目の前に純鉄の鎧を身に纏い、S字型刀を携えるスケルトンが現れる。それが集団戦闘を得意とするスケルトンを束ねる長、フラッグスケルトンだ。冒険者から奪ったであろう純鉄の鎧は関節の部分にまで金属の板を仕込ませているため、強固。しかし関節に仕込まれた金属板のせいで動きづらくなっているはず……だがその期待は裏切られる。
思いもよらぬ俊敏さを発揮し、死んだ冒険者から奪ったのだろうS字型刀剣〔まあまあイケてるジャックソン〕を振り回してくる。鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕で咄嗟に受け止め弾き、間合いを取る。
純鉄の鎧は実際に僕たちが着てみると意外と動きにくいという不利益が生じるけれど、スケルトンには肉がない。つまり厚みがない細すぎるその体には関節部分に仕込まれた金属板なんて邪魔にはならないようだった。
しかし肉が無いので鎧と体に隙間ができてしまっている。それが弱点にもなりえた。
僕の横を疾走するアリーの魔充剣から魔法が解放される。【竜風】が、フラッグスケルトンの鎧ごと破壊。フラッグスケルトンには想定外の事態かもしれないが、ろくにメンテナンスされてない純鉄の鎧は劣化が目に見えていた。渦巻く風によって風塵と化したのはフラッグスケルトンだけじゃない。周囲にいたスケルトンも悉く破壊。嵐の後の静けさにようやくフラッグスケルトンの消滅を知って生き残ったスケルトンは一目散に逃げ出していく。集団戦闘が得意だろうとも、フラッグスケルトンの統制がなければ何をしていいのか分からない。その辺はゴブリンと同じか。
「本当にこんな先にいるんですか?」
一息ついて僕はディオレスに訊ねる。
「おう、吃驚したことに、ヴィヴィ……だったか、その子は十本指の配下ってことになってる。ってことは間違いなく十本指に命令されたんだろうよ」
「十本指の人は、指名手配されないんですか?」
「ああ、それが[十本指]の利点でもある。所詮は集配社が作った程度のものなのにそれを冒険者や民衆が勝手に神聖化して[十本指]なんだから多少は間違っていても、むしろ正しいみたいな風潮が出来上がってる」
「なんだか気に食わないですね」
「何が、だよ」
「その制度がですよ」
「弱肉強食が全てってことさ。挙げ句に弱者切捨。死んだやつが悪い。そういうことだろうな」
なんだかその理が嫌になってくる。
「ところでなぜ、キムナルはこんなところを拠点しているのでござろうか」
キムナルとは[十本指]の十本指で束縛王子で今僕たちの話題になっている渦中の人だ。
ディオレスの情報ではキムナルはガーデット旧火山の麓――ラトセルガの森、そこにある街道外れの廃教会にいるらしい。
「そんなの決まってるだろ。スケルトンたちが苦手な癒術を使える九本指がいるし、今回の救助対象のヴィヴィってやつも癒術士系。さらに束縛という名の軟禁にあっている癒術士系が多数居る。男女問わずな。おそらく結界を張らせたり追い払わせたりしてるんだろう。癒術士たちがいればスケルトンなんざ楽勝だが、俺たちだとそうはいかないからな。そういう意味では守りやすく攻めがたい。面倒臭いことこの上ない。下もないがな。ほら、また来るぞ!」
のん気に話をしていると再びスケルトンの群れが見える。
「軽くあしらって駆け抜ける! 癒術士系たちが張る結界にお邪魔しさえすれば追ってこない」
全員がディオレスの指示に従い駆け抜ける。スケルトンの持つ戦斧を払いのけ、スケルトンの胸を蹴り飛ばす。崩れるように倒れたスケルトンが後続のスケルトンを巻き込む。
「一気に駆け込むぞ!」
合図とともに結界へ飛び込む。結界は目視できる類のものではなかった。しかし一定の場所を過ぎると、スケルトンたちは見えぬ壁に阻まれ、侵入してこなかった。
「これで、一息つける……ようでもないな」
ディオレスが嘆息。予想はしていたけれど、眼前の庭園には癒術士系複合職が並んでいた。
「「「「「「「王冠からベートを通り理解へ。理解からヘットを通り神力へ」」」」」」」
結界に侵入した途端、癒術の祝詞が聞こえてきた。休む暇なんてない。
癒術詠唱を始めた癒術士系複合職は誰しもがMとWに数字の刻印がある首輪をはめていた。
その奥にヴィヴィと、キムナルと寄り添う女性――おそらく九本指を見つける。
「ヒーロー。お前はあいつらを止めろ!」
ディオレスは詠唱者たちに視線を送って、僕に指示を出し、
「俺はどうにもアリーを止めなきゃならんらしい」
突然、キムナルへと向かっていったアリーを追う。何かしらの因縁があるらしいことはディオレスからそれとなく聞かされていた。
「コジロウ、お前は全体的に援護しろ」
「無茶でござるな」
「無理なのか?」
「無茶であって無理ではござらんよ」
コジロウは近寄ってきた癒術士系複合職の腹を蹴り、詠唱する癒術士系複合職を巻き込んだ。攻撃による癒術解除だ。魔法も癒術も詠唱を止めれば止まる。本来なら、何人かを護衛に回すべきだが、ほとんどの癒術士系複合職が武器を持っていない。いや、持たせてもらえてないのかもしれない。彼らはキムナルの奴隷だから、反抗の芽は摘まれている。
ディオレスはとっくにアリーのもとへと向かっていた。
僕は鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕を振り威嚇しながら、【蜘蛛巣球】で、癒術士系複合職の動きを封じる。
「「「「栄光からシンを通り王国へ。王国から全てを遡り王冠へ。地中に埋まる骨々よ。我らに力を貸さん! 【操糸死者】!」」」」
それでも数人の詠唱は止まらず、【操糸死者】が発動。
【操糸死者】は死体を一時的に操る癒術だ。セフィロトに刻まれると【蘇生】などによって蘇生することができないのは冒険者にとって基本の知識だが、セフィロトに刻まれても肉体は残る。消滅するのは魂だけだからだ。
本来なら各街の共同墓地に冒険者の遺体は埋葬されるが、単独冒険者や犯罪者などは、今僕たちがいるような廃教会の墓地や、森の中などに埋葬される。
そうやって埋葬された地中に残った魔力を含んで、スケルトンになる。このあたりにスケルトンが多いのは死体が癒術士系複合職の魔力に中てられたからだろう。
ちなみに街の共同墓地では管理者である神父が聖水を蒔いて地中の魔力を浄化しているらしい。
もっとも【操糸死者】はその対策すらも無視して死体を操る癒術だ。道徳的観点から忌避される方向にあるため使用すら珍しかった。
【操糸死者】が発動し、地中からスケルトンが這い出る。何度も使い回されているのかそのスケルトンたちには骨の所々に継ぎ目があった。
元・冒険者だろうが何だろうが、魔物化したのなら畏敬の念は払えない。振り下ろした鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕の嘴がスケルトンの頭蓋骨を遠慮なく叩き潰す。
しかし【操糸死者】で操られているせいで動きが止まらない。それが自然発生したスケルトンとの違いか。油断していた僕にスケルトンの拳が直撃。くそっ! 身体を起こし、頭を失ったスケルトンの腰を破砕。上半身と下半身が二分されたら動けはしないだろう。
さらに襲いかかってくる別のスケルトンへと意識を向けた途端、僕の右足に違和感。さきほど二分したスケルトンの上半身が僕の右足にしがみついてきた。しつこいっ! 蹴るように右足を振り上げ、前方から襲ってきたスケルトンへと蹴り飛ばす。
ぶつかったスケルトンは一度倒れるものの、再び起き上がったときには蹴り飛ばしたスケルトンと合体し、ふたつの上半身にひとつの下半身という異形に変貌する。迫りくる異形を鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕の突きで牽制し、状況を観察する。
コジロウはスケルトンを破壊しつつ、癒術士系複合職のほうへと向かっている。やっぱり術者を倒さないと動きが止まらないのか。経験豊富なコジロウを見習い、僕も前に進む。
鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕で異形と化したスケルトンを破砕。スケルトンが修復する前に駆け出す。
コジロウは忍者刀〔仇討ちムサシ〕で癒術士系複合職を切りつけ、さらに頭を回し蹴り。脳震盪を起こした詠唱者のひとりが倒れるとともに、スケルトンの一部が消滅。
僕も見習う。鷹嘴鎚で近くの詠唱者のわき腹を殴打。鈍い音とともに倒れる相手と同時に背後のスケルトンが消滅。
さらに【回転戻球】で少し距離のある相手を気絶させると、巧みな操作で隣の相手も気絶させる。ろくに食料を与えられずやせ細った癒術士系複合職を見るといたたまれなくなったが、なんにせよ、スケルトンを消滅させるためには仕方がない。
やっとの思いでスケルトンを消滅させることに成功した僕とコジロウ。いや訂正。コジロウはやっとの思いだなんて思ってなかった。額の汗を拭く余裕がある。僕にはそんなものありはしなかった。これが経験の差だろう。正直悔しいが悔しがっている状況でもなかった。
ディオレスたちの後を追う。
「何をしにきた?」
僕がレシュリー・ライヴだと理解できていないヴィヴィが僕の前に立ちはだかった。
「キミを助けに」
それだけ呟くと僕とヴィヴィは衝突した。鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕から繰り出されたのは棒術【蛾檎冴厳】。ガッと上方に繰り出された鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕はゴ、ゴンと右下へと方向を変える。僕はなんとか鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕で受け流すも、やはり棒術に関してはヴィヴィのほうが一日の長がある。
僕はヴィヴィが避けるのを前提で【速球】を投げる。その威力も弾道が読まれれば意味を成さない。
だが、次いで作り出した【蜘蛛巣球】で【速球】として放った鉄球を絡めとり、【合成】!
【回転戻球】へと変化させ、腕力で無理矢理方向を変える。これには対処できないだろう。
ヴィヴィは焦った表情を見せたものの、瞬時に祝詞を紡いでいた。【回転戻球】が直撃する間際に、ヴィヴィの癒術が発動する。【回転戻球】とヴィヴィの体の間に出現したのは半透明の壁。【防御壁】の癒術。衝撃を和らげる程度だが、それでも【回転戻球】の速さが緩和され、結果【回転戻球】の威力は大幅に削られてしまう。
投球の威力は速さに関係する。ヴィヴィは単独冒険者を目指していただけあって、判断力や生存力は高いのか、それを知っていた。
「お前は誰だ? 私を助けるとはどういうことだ?」
【怒狐鈍】を繰り出したヴィヴィが尋ねる。それを凌ぎきった僕はヴィヴィの質問に答えた。
「ああ、確かにここままじゃ誰か分からないか」
僕のつけている仮面は僕の情報を阻害する。
だからこそ、ヴィヴィは僕が誰だか分からない。輪郭や骨格、声帯情報ですら阻害する。分かっているはずなのに分からない、一種の混乱のような作用を相手に引き起こしている。当然、情報入手系魔法及び技能は仮面の効力で全て不明と表示されるようになっていた。
だから、ヴィヴィは僕のことを分かりようがない。
アリーに正体を見せるときは運良くリアンがいて、【絶封結界】を張れたが今回は無理だ。今この場にいる癒術士系複合職は全て敵だった。誰かに【絶封結界】を使わせるとその人にも僕の正体がバレてしまう。つまりヴィヴィだけに僕の正体を明かすことはできない。もちろん、ヴィヴィが使える可能性はあるけれど、誰とも知らない僕の頼みを聞くわけがなかった。
ヴィヴィが足を踏み込み、鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕を強く押し出す。まるで馬の蹄で蹴ったように当たったものの体を抉るそれは【馬蛮伴】の棒術。払うように方向を変えるも、その強い押しには純粋に力負けし、わき腹を掠られる。
それだけでは終わらない。今度はそれを上へと振り上げる。繰り出された【座狗座苦】が僕の右脇を狙う。ヴィヴィが用いているのは鉄杖。あくまで鉄の棒なのだが、【座狗座苦】によっては強力な斬れ味を持つ。右腕が肩から切断。
――されてたまるか。左手で【蜘蛛巣球】を【造型】。握りつぶして斬り込んできた鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕を掴んだ。粘着性を持つ【蜘蛛巣球】を挟むことで左手が切断されることなく僕は鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕を受け止める。だが、切断を免れただけでなおも予断は許されない。なんとか動く右腕でヴィヴィの左頭部を打ち抜く。
いつの間にか僕は鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕を落としていることに気づいたが、拾う暇なんてなかった。ようやく二、三人分の距離を保てた僕ではあるが、ヴィヴィは頭部を強く揺さぶられたにも関わらず僕を睨み続けている。
「私はお前を知らないっ!」
ヴィヴィが距離を詰めるべく駆け出し、僕は構える。コジロウに武術を習っておいてよかったと改めて思う。鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕を落としてもなお、接近戦が可能だ。もっとも【回転戻球】があれば接近戦もできなくはないけれど今回は素手で勝負するつもりだった。
ヴィヴィが跳躍し、鉄杖を振り上げ、力任せに振り下ろした。振り下ろすとともに衝撃波が発生。【虚仮狐降】だと見抜いた僕は躊躇わず走っていた。
【虚仮狐降】は中距離向きの戦闘技能で、近距離で用いられた場合、さらに接近することで実は回避できる。それは落第者時代に読みふけっていた技能書による知識。その知識が僕の経験を補っていた。
驚いたのはヴィヴィだろう。僕はただ前へ走るだけでその攻撃を避けた。虚仮狐降】は僕のはるか後ろの大地を抉り、その大地は荒地へと姿を変えた。
着地したヴィヴィの胸めがけて横薙ぎの一閃。けれど勢いをつけすぎて空振り。そのまま止まれず、柔らかい感触が僕を襲う。ヴィヴィの胸の感触だった。それに気づいて少し僕は顔を赤らめる。駄目だ。集中しろ。胸の感触に――ではなく戦闘にっ!
ええい! 邪念を振り払うように足払いでヴィヴィの体勢を突き崩す。
「思い出した。お前、ランク2の試練の時にいた……アル達の協力者だな……」
「確かにそうだけど――」
振りかぶった鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕を跳ね飛ばし、
「それ以前に僕とキミは出会ってる」
「私に仮面の知り合いはいない」
「確かに――キミに毒を治してくれと頼みに行ったときにはこんな仮面を被っちゃいなかった」
僕は正体を気づかせるために回りくどい方法をとった。ヴィヴィにそう頼んだのは僕しかいないだろう。
「――何を言っている?」
僕が今ここにいることを信じたくないのか、動揺してしまったヴィヴィの【打蛇弾】の太刀筋が鈍る。 瞬時に【煙球】で煙に紛れ【打蛇弾】を回避。その煙幕のなかから叫ぶ。
「分かっているんだろう、ヴィヴィ。僕は新人の宴でキミにアネクの毒を治してくれと頼んだやつだ」
ヴィヴィにそんなことを頼んだのは僕しかいない。それを知っていることこそが僕がレシュリー・ライヴである証明だった。
「本当に――?」
ヴィヴィが気づいたように何かを言おうとするがその言葉は仮面によって規制されてしまう。
「僕の本名はこの仮面がある以上、告げることはできないんだ。僕の名前はマスク・ザ・ヒーローへと置換されてしまう」
「つまり――キミは、キミなのだな」
「そう僕だ」
「なぜ、キミがここへ?」
震える声が僕がここへきた目的を問うた。
「さっきも言ったじゃないか。僕はヴィヴィを助けに来た」
動きが止まったヴィヴィへと僕は優しく投げかける。何度だって投げかける。
「どうして?」
瞳に溜まる涙。必死に堪え、ヴィヴィはさらに問うた。
「そりゃあ……」
頭を掻きつつ、僕は言った。
「……ヒーローだからかな」
流石にこのセリフはクサすぎた。
「ハハッ……」
涙の代わりに笑うヴィヴィがそこにいた。
やっぱりキミには笑顔が似合う――なんてことは恥ずかしくて言えないのだけど。




