白状
27
「とりあえず報告しておくことがある」
飛空艇が出発してから数分後、僕は神妙な面持ちのアロンドさんに呼ばれた。
「どうしたんですか?」
「このタイミングでの報告もなんなんだが……今回、ジャムとコッカは来ない」
言われて然程ショックはなかった。ヤマタノオロチという倒せるかどうか分からない敵と戦いたくないという気持ちは十分に理解できる、責める気にならない。
「ああ、勘違いしないでくれ。怖くなったから来ない……ってわけじゃねぇんだ。来たくても来れないんだ。あいつらは今、入院している」
「! それはどういう?」
「いや、なに……調子に乗った結果だ。俺だってピンピンしているように見えるが、アバラが何本か折れてやがる。ばあちゃんに叱られたよ。孫を殺す気かってな」
そう言ってアロンドさんは語りだす。
空中庭園での激戦後、参加した冒険者はそれなりに有名になった。
その結果、魔物退治などの依頼も舞い込むようになり、倒せるだろうと過信した冒険者たちはその依頼を引き受け、痛手を負ったらしい。
アロンドさんも修業の代わりに依頼を引き受けたものの攻撃の主体がエル三兄弟の魔法だったため、魔法が効きにくい相手に苦戦し、同行していたジャムとコッカが重傷。アロンドもケガを負ったという。
「まあ、どっかに焦りがあったのも事実だ。お前のような強いやつが一年足らずでランクを上げてきて、偉業をどんどん成し遂げてやがる。だから俺たちも強くなって、ヤマタノオロチとの戦いでは活躍してやろうってな。空中庭園のあの戦いは色んなやつのプライドと好奇心を刺激したってわけだ」
「なるほど……」
「つーわけでケガはしてるが、どんどんコキを使ってくれよ。ミチガたちは当然、お前たちを守るのが……俺の役目なんだからよ」
グッと親指を突き出し、アロンドさんは快活に笑う。その頼もしさはケガをしているようには見えなかった。
「と、ばあちゃんに頼まれていた用事も済まさないとな。嬢ちゃん、サインくれ、サイン」
そう言ってアロンドさんは【収納】で色紙を取り出す。
「私の、なの……?」
「あんた以外に誰がいる。アイドル冒険者だろ、嬢ちゃん」
「どういうこと?」
何も知らない僕が訊ねると
「戦闘の技場の戦いからじわじわと人気が出ているのを知らないのかよ、空中庭園の戦いも嬢ちゃん中心に編集されてはいるものの、いい出来だった」
アロンドさんはルルルカをそう褒めると、嬉しかったのかルルルカが頬を綻ばせる。
「でも誰がそんなもの撮ってたの?」
空中庭園で戦いを撮る暇なんてなかったように思える。
「わしですぢゃ」
こう見えて敏腕筋肉マネージャーぢゃからな、とモッコスがポージングをする。
これが仮にアクジロウとかあんまり活躍していないベベジーだったら激怒していたかもだけれど、きちんと戦っていたモッコスが同時に撮っていたのだとしたら怒る気にはなれなかった。
それに、アイドル冒険者と成功するのがルルルカの夢のはずだった。
直接は聞いたことはないけれど、噂か何かで耳にしたことがある。
なら反対はできなかった。
「んなことより、サインだ。サイン」
「ま、待って欲しいの。そんなこと考えたこともなかったの、時間が欲しいの」
そう言って色紙を奪ってルルルカは船室へと引っ込んでいく。
「知ってたか。嬢ちゃん、すげぇ強くなってるぞ」
引っ込んでいくルルルカを見ながら、アロンドが言う。
「まあ、嬢ちゃんの妹さんもすげぇ強くなってるがな」
実を言えば……とアロンドさんは頬をかきながら白状する。
「嬢ちゃんたちがいなけりゃ、俺もミチガたちもここにはいない。俺たちが挑んだメガンテスは嬢ちゃんたちが倒したんだよ」
メガンテスと言えば、共闘の園で戦ったサイクロプスの上位種に当たり、同種のギガンテスターよりも巨大だったはずだ。
「……もうここまで言ったんだから最後まで白状する。ちっと辛いかもしれないが」
アロンドさんはさらに続けた。そこまで言うことには笑顔はなく悲壮な表情になっていた。
「そのとき、マッスル隊と無頼漢も一緒にいたんだが、マッスル隊は全滅、無頼漢はふたり死んでる」
それは衝撃的な告白だった。よっぽどの死闘だったのだろう。
「ランクは低かったが、さらに経験を積ませようとした俺の失態だ。……すまねぇな」
アロンドさんのせいじゃありませんよ、なんて言葉は気休めにもならないのだろうか。
僕は言葉が出なかった。気休めでも言うのならこのタイミングだったはずだ。
「……」
「……悪いな。恨むなら俺を恨め。戦力は減ってしまったし、俺もケガしてるが、きっちりと働くからよ」
僕が何も言えずにいるとアロンドさんはひとり完結して、ルルルカたちとは別の船室へと向かっていく。その背中がどこか哀しげに見えた。
ちっと辛いかもしれないが、なんて言っておいて一番辛いのはアロンドさんだろう。
もしかしたら、メガンテスよりも死闘になるかもしれないのに、そこにケガをした自身だけでなく、常に守っているエル三兄弟も連れてきている。
絶対に守りきってみせる、という覚悟の表れなのかもしれないけれど、どことなくアロンドさんが心配になる。
「あれ、アロンドさんはどこに行ったの?」
サイン色紙を持って現れたルルルカが僕に尋ねてくる。
「あっちだよ」
今更声が出た。僕の声は震えてなかっただろうか。
アロンドさんに声をかけれなかった、その悔恨だけが僕の中に残った。




