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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
246/874

歓楽

 24


「行こう」

 料理を完食していた僕は言う。

 ヤマタノオロチの完全復活まで時間がない。

 アカサカさんが過去の文献を探った結果、一本首が出た時点では襲うことはないが、倒すことはできないらしい。

 もしかしたら、もあるから攻撃を加えてみるつもりだけれど、完全復活までは作戦を練ったり、仲間を募集することに決めていた。

「とりあえず全員でマンズソウルに行こう。残りたい人はそれまでに結論を決めてほしい」

 ごくりと弟子たちが唾を呑む。どうすべきか、迷っているのだろう。

「アタシは残るわ。まあここを守らないといけないのもあるけど……少し気になることがあるのよ」

 その一方で迷いなくネイレスは言った。

「気になること?」

「うん。ブラジルさんの妹さんが眠る場所を探っている人がいるらしいの。あそこには毒素も眠ってるから」

「そっか。それは見つけられるわけにはいかないね」

 ブラジルさんの毒素はブラジルさんの遺産で、その妹さんはブラジルさんが死んでもなお助けたかった人だ。

 それを守り続けるのが今のネイレスの使命なんだろう。

「分かった。それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」

 ネイレスに見送られて僕たちは早急にマンズソウルに舞い戻った。


 ***


 ペロリとシッタ・ナメズリーは舌なめずりをした。

「どこに行きやがったんだ、あのハーレム女子」

「その言い方はやめてあげないか?」

「つってもよ、いまいち、いまに、いまさんぐらい名前覚えらねぇんだ、ZE!」

 ジョーの真似をしてそう言うとフィスレはあきれ果てた。

「エミリーさん、だろう。そうそう難しい名前ではないのに……」

「あー、そんな名前だったなあ。ってか、女の名前にゃあそんなに興味ねぇーんだよ」

 舌なめずりしてシッタはそう呟いた。

「それよかフィスレ。さっさとあの子探すぞ」

 だからエミリーさんだとフィスレは言い返せなかった。女の名前にそんなに興味がないと言いながら、自分の名前だけはきっちりと覚えていることに気づいたからだ。

 わずかに照れて、けれどもそれはらしくないと恥ずかしがってフィスレは平常心を保つ。

「一般の通りであの服装なら目立つはずだからね。もしかしたら、外れの通りに行ったのかもしれない」

「外れっつーと完全に歓楽街じゃねぇーかよ。あの服装じゃあ勘違いされても仕方ねぇぞ」

 舌なめずりをしてシッタは焦る。勘違いして声をかけてきた男の誘いをエミリーの性格ではきっと断れない。

「キミは先に行け」

 フィスレの声に舌なめずりするとシッタは激走。フィスレの速度ではシッタの全力疾走には追いつけない。

 シッタの速度を活かすためにフィスレはそう言ったのだった。


 ***


「お譲ちゃんが誰だろうが関係ねぇ」

 路地裏で男はエミリーを羽交い絞めにしていた。

「そんな姿で、こんな場所にいる時点で、すでにそういうことをしてくださいって言ってるようなもんなんだよ」

 その男の正体は馬車業者のダンディーおじさん……ではなかった。そのおじさんはその近くで倒れている。

 エミリーをここまで送ってきたダンディーおじさんは、ここまで送ったあとエミリーが気になって追跡していた。

 エミリーが必死に誰かを探し回っている、。ダンディーおじさんがそれを理解した頃、エミリーは歓楽街に迷い込む。

 歓楽街に入った途端、下品な男がエミリーに話しかけ、エミリーはそれを嫌がっていた。

 ダンディーおじさんはそれを見て動き出す。男の魔の手からエミリーを守ろうと。

 そうして守ることも敵わず一撃で倒された。

 不運にもダンディーなおじさんの意識はいまだにあった。そのせいで嫌がるエミリーの悲鳴と何もできない自分の無力さを存分に痛感してしまう。

 その無力さに自然と涙が流れた。瞬間、風を切ったような音が聞こえた。何かが上を通り過ぎていく。

「ようや…見つけ……ZE! 清……ッチちゃ……」

 その後聞こえた声ははっきりと聞こえなかったが、その言葉に続いて聞こえた舌なめずりの音だけははっきりと聞こえた。

 霞みゆく意識のなか、目はエミリーに狼藉を働こうとしていた男が地面に倒れる姿を捉える。彼女が助かったという安堵感によってか、ダンディーおじさんは意識を失った。


 ***


「助けてくださってありがとうございます」

「お礼なんていい。気にすんな。これはこっちのミスみたいなもんだよ」

 舌なめずりしてシッタはエミリーに事情を話す。

「そうだったんですか。それでもありがとうございます」

 エミリーの名前がうろ覚えだったシッタが恥ずかしくなるぐらいの眩しい笑顔をエミリーは見せた。

「ようやく追いついたがどうやら無事解決したみたいだね」

 フィスレが追いつき、周囲の状況から色々と察した。

「ああ、とりあえずそっちのおじさんは守ろうとしてやられたみたいだから、宿屋に運んでおこう」

「そっちの男はどうするつもりだ?」

「ほっときゃ誰かがどうにかするだろ」

「ここは歓楽街だぞ。男女問わず放っておくのはまずい気がするが……」

「知らん」

 シッタは舌なめずりをしてそう言い放つとフィスレは呆れながらも、狼藉を働こうとしていた男を放置した。

「それよか、さっさと戻ろうぜ。どうやら時間が来たみたいだ」

 言って空を見上げると空中庭園から狼煙があがっているのが見えた。

「ご所望のレシュリーもマンズソウルに戻るはずだ。話をするならそのタイミングしかねぇ」


 ***


「他の奴らに連絡を取って、ウィッカの集配員がいるかどうか確認取ったっぺが……どうやらどこにもその姿はないっぺ」

「こちらも同じであるな。つまるところ、街中からウィッカの集配員が消えていると結論づけられるのである」

「こりゃ、ウィッカ本社に探りを入れるしかねぇっぺ」

「本社に忍び込む、であるか? 不可能とは言わないであるが……そうそう忍び込めるものではないのである」

「だっぺが、このままじゃあジリ貧。本社なら蛻の殻ってことはないっぺから、何かしら情報をつかめるっぺ。エンバイトはんは失うに惜しい人材だっぺ」

「確かに公認の三重スパイを失うのは惜しいである」

「後任もいないっぺ」

 軽く冗談を言ってウイエアは覚悟を決める。他の集配員が、違う集配社に忍び込めばただではすまないと分かっていた。

 それでもエンバイトの消息をつかめるのなら、忍び込むほかない。

「行くのである」

 お互いに忍び込む必要があると考えていたから、実はウィッカ本社の近くで待機していた。

 本社はもう目と鼻の先にある。

「貴様ら、もしかしてあいつらの仲間か」

 そんなふたりに怒号が飛ぶ。

 本社に近づいたふたりに立ちはだかる男は怒りの形相。

「確か彼は……アエイウどのであったか」

「なんでこいつがいるっぺ?」

 ウイエアとイロスエーサの声を無視し、アエイウは怒鳴り続ける。アエイウはエリマを浚った相手を見失ってもなお、エリマの匂いは覚えていた。

 行為中に漂ってきたその匂いをアエイウは忘れるはずがない。

 その匂いを追って、アエイウはここまで辿り着いていた。

「エリマとミンシアを返してもらおうか。どこにいやがる?」

「なんのことである?」

「こりゃ事情を知る前に、こっちの身分を明かす必要があるっぺ」

 宥めるようにウイエアとイロスエーサは自分たちが集配社の人間であることを明かし、エンバイトという人物を探しにきたことを告げる。

「つまり貴様らもおれ様と同様、誘拐された仲間を助けに来たってのか……」

「誘拐……? それこそどういうことである?」

「こっちの誤解が解けたんだっぺ。そっちの事情も話すぺさ」

 アエイウはまだどこか怪しんでいたが、このふたりからはエリマの匂いはしない。

 ひとまず信用して誘拐された経緯を話しだす。

「でそのエリマっぺ人の匂いがここに通じていたっぺな」

「もしその誘拐がウィッカの仕業だとして何が目的であるか?」

「おれ様が知るか。おれ様は女を取り戻し、さらに奪い去ってやるだけだ」

「なんにしろ、忍び込むしかないであるか」

「そうだっぺな。っとちょっとタンマ」

 そんなおり、ウイエアは通信が入ったのか耳を抑える。「おお、ひさしぶりっぺなあ、シッタはん……」

 ウイエアに対して誰かが【念波】を使ったのだろう。【念波】は周囲の音を抑えるとよく聞こえるようになるのだ。

「忍び込む? おれがそんな面倒臭いことすると思うか? 強行突破だ」

 ウイエアの行動を気にも留めずアエイウは言い放つとウィッカへと向かおうと足を進める。

「ちょいちょい、待つっぺ」

 ウイエアの声も無視するが、「あんさん、アエイウって言ったっぺな。エミリーはんを知ってるっぺか?」

 無視できない声に足が止まる。

「どうして貴様からその名が出る?」

「わいの知り合いのシッタはんとどうやら一緒にいるっぺえな」

 シッタ、という名前はどこかで聞いたような気がしたが、男の顔なんざ興味がないアエイウにはいまいちどんなやつだったのか、思い出せない。

「んでシッタはんがいうにはエミリーはんって子があんさんを探しているらしい。女の子のひとり歩きとは危ないことこの上ないっぺ」

「勝手なことを……」

「どうするっぺ。合流するなら忍び込むのは少しだけ待ったほうがいいっぺよ」

「待たん! さっさと突入するぞ」

「でももう場所を教えてしまったっぺからエミリーはんこっちに来るんとちゃうぺか?」

「お前……勝手なことを……」

「こっちも勝手に強行突破されたら困るっぺ。抑止力になるって思ったからエミリーはんを呼んだに決まってるっぺ」

「というわけでアエイウどのも強行突破せずにおとなしく待つのである」

 ウイエアのやり方は同業者としてあまり好きにはなれないイロスエーサだったが、好き嫌いで手段を選んでいては最悪の結果を引き起こすこともある。

 ウイエアの今のやり方はアエイウの強行突破を止める手段を持たないふたりにとって、シッタからの連絡は好都合であり、それを巧く活用したウイエアの手段をイロスエーサは素直に評価していた。

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