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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
245/875

料理


 23


 遊牧民の村のはずれ、大きな3つの岩に囲まれた中心にアリーたちはいた。

 中央には小さな石で作った簡素な竈が複数あった。

 竈が何個もあるのも当たり前だ。僕たちと弟子を合わせて12人。

 そこにネイレス、メレイナ、ムジカ、セリージュに身を寄せていたヴィヴィもいる。

 17人分の料理となると竈はひとつじゃあ足りない。

 そこに置かれたすべての鉄製の鍋からいい匂いが漂ってくる。

 調理道具はすべてメイレナが【収納】していたもので、アリーも予備の器具を借りていた。

「戻ってきたようでござるな」

「うん。無事に全員に副職がついたよ」

「どの複合職になったはおいおい聞くでござる。こちらももうすぐできるでござるから」

「すごい意外だけどコジロウも料理できるんだね」

「意外とは失礼でござるな。ディオレスの世話は主に拙者がしていたでござる」

「なるほど」

 納得したあと、周囲を見渡すとアリーとメレイナのほかにヴィヴィも料理をしていた。

 近くにある、木の板と石でできた台所でてきぱきと野菜を切っている。

 サラダか何かだろうか、包丁を切る手際は良く慣れている印象を受けた。

 こうしてみんなが料理をする光景というのを僕はおそらく初めてみた。

 原点回帰の島の寮にも自炊する場所はあったけれど、僕は自炊する意識すらなかったから近寄ることもなく、他の冒険者が料理をする姿を見たことがない。

 だからこうして見ていると感慨深い。

 今更ながら、僕もこんなに仲間ができたのだと実感していた。

 3年前に新人の宴を失敗してからの2年間、思い浮かべはしたものの絶対に不可能だろうと思っていた光景が目の前にある。

 僕がいて、みんながいて、そして好きな人もいる。

「何、ボサッとしてんのよ。もうできてるわよ」

「ごめん。今行くよ」

 自覚はなかったけれど、僕はそれほどまでに物思いに耽っていたらしい。

 ヴィヴィもとっくに調理を終え、全員が焚き火の前に集まっていた。

 アリーの隣に座ると、アリーが料理を手渡してくる。

 その料理にわずかに言葉を失う。

 なんというか、見た目がその……

「これ、アリーが作ったの?」

「……なんか文句あるの?」

 余計な一言でギロリと睨まれる。味はどうなんだろうか。

 見れば全員に配られたはずのそれを誰も手をつけていない。

 言い方はあれだけど、僕が毒見ってことだろうか。

 おそるおそる、箸をつけるとドロッとした触感。箸で引っ張ると粘りがあり、千切ろうにもなかなか千切れない。

 一思いにパクッと齧る。

 ……あれ?

「見た目はアレだけど……美味しい」

「一言余計よ」

 それを見ていたコジロウが吹き出す。

「アリー殿の料理は見た目に反してなぜか美味しいのでござるよ」

 アリーの料理を知っていたコジロウがからかうように言い、アリーの料理を食べ始めた。

「うっさいわよ」

 そのやりとりに反応して、他の料理を食べていたジョレスたちも口をつける。

 一番先に口をつけたのはジョレスだ。師匠の料理を食べないわけにはいかない、と意気込んでだろうか。

「見た目は美しくないのに……味は美しい」

「ふん。料理も人も内面なのよ、内面!」

 アリーはそう言い放ったあと、自分の料理に触れられないためか、こう話を切り出す。

「それよりもジョレスたちはなんの副職をつけたの?」

 僕はアリーの手料理を半分食べ終えたあと、コジロウが作った蜀黍根のスープを飲む。アリーの料理のようにドロリとしたスープだが、そのドロリの部分がクリームだと分かるので安心できる。ところどころに散らばる粒が蜀黍根の柔らかい種の部分だろう。

 口のなかで甘さが広がるとともに時折、粒を齧ると触感が変わり、一度で二度美味しい。

「あの……【分析】で副職も見れるのでは……?」

 ムジカが恐る恐る尋ねる。

「使えるのは忍士だけだし、確認するためだけに使っちゃうのはさすがにマナー違反よ」

 ネイレスの指摘が飛ぶなか、僕はヴィヴィのサラダへと手をつける。

 全て大草原で取れる野菜だろう。口に入れた途端、小さく刻んだフィールダー人参のみずみずしさ、レポコン草の苦味が入り混じる。下に敷いてあった苣葉は採れたてで歯ごたえがすごい。シャカ芋はみじん切りにしたあと軽く炙っているのか、甘みが引き出されていた。

 何より、それらを引き立てるのは大陸では珍しい風味。空中庭園の酒場で庭園風サラダにかかっていたミソドレッシングだ。

 ミソが野菜に絡み合い、本来なら野菜が持つ味だけを楽しむ大陸のサラダの美味しさを数倍引き立てていた。

「ですよね……ごめんなさい」

 指摘にムジカが素直に謝る。

 一度、僕のステータスを見たことのあるムジカは他の人のステータスも気になっているのだろうか。

 料理を食べながらそんなことを思う。

 良くない傾向ではあるけれど、ネイレスも気づいているのだろう、なんとかすると目配せをしてくれる。

 最後に手をつけたのはメレイナの料理。無意識に水を飲んで、口の中の味を消したのは純粋にメレイナの料理を味わいたいと身体が訴えたからかもしれない。

 メレイナが作ったのは牛肉のようなハンバーグを挟んだサンドイッチだった。

 ハンバーグをパンごと齧ると、そこから肉汁が染み出し、パンと肉の間に挟まれたとろけるチーズ、酸味と辛味がほどよいソースが一緒に口の中にへと入り込んだ。

 なんだこれ。

 肉は食べたことがない感触。齧るごとにプチプチとはじけ、一気に口どけ。消えてなくなっていく。

 美味しすぎて一気に頬張る。

 あとでこれが何の肉なのか尋ねよう。そう僕が旨味を噛み締めている間にジョレスがアリーに告げる。

「オレは狩士になりました。迷いましたがやっぱり決め手は武器を装備できる数ですね。オレは四刀流のジョレスになるつもりですから」

「ひひっ、散々悩んだのに結局それだもの拍子抜け……」

「そういう告げ口は美しくない。仕方がないだろう、剣士で剣を四本持とうとしたら結局それしか選択肢がなかったんだ」

「他の職業でも努力次第では可能性はなくはないけど、まあそれがベストの選択よ。でアンダーソンとミセスは?」

「オレは吸魔士でス」

「ひひっ……ワタシは魔聖剣士だよお」

「ふぅん。ふたりともなかなか渋いチョイスね。ミセスは私と同じ放剣士になると思っていたのに」

「ひひっ、それも憧れたけどお……なんとなく違うって思ったんだよお」

「そっか。確かに直感が大事って言ったのは私だもの。それが正しい選択よ」

 と言うもののアリーはどことなく寂しげに見えた。

 それは僕だから見抜ける程度のもので、付き合いの浅い弟子たちには分かりようのないものだったけれど。

 やっぱりアリーも同じ職業の弟子を育てたかったっていうのがあるのかもしれない。

「ユテロどのらはどの副職にしたでござるか?」

「わだしは薬剤士もいいと思ってだんですが、わだしはバカだがらうまいこと【合成】を使えないんじゃないがって思って魔球士になりましただ」

「魔球士でござるか。一度戦ったことがあるでござるが、あれはあれで意外と頭を使うような気がするでござる」

「本当だべか……いきなり不安になったべ」

「すまんでござる。確かに不安にするようなことは言うべきではござらんかった。何であれ、ユテロどのは察知力が優れているでござるから、きっと大丈夫でござる」

「オレは聖球士ってぇのになりました」

 続けてインデジルが言う。

「聖球士でござるか……拙者らはまだ対峙したことはないでござるな」

「確か……副職は投球士だべ。癒術と棒術に加え、攻撃球以外の球が使えるはずですだ」

「でござるな。もっとも癒術が使える以上、回復球や援護球に頼る機会はそうそうないでござるが……そこを使いこなされば強いでござろうな。マムシは何になったでござるか?」

「……暗殺士」

 マムシはそうとだけ呟くと、メレイナの作ったサンドイッチを貪り尽くしていた。

 僕はサンドイッチを食べる手を止めて、

「クレインは魔法士系の複合職になったんだよね?」

「やっぱりダメでしたか……」

「いや、全然。何の複合職になったか気になっただけだよ」

「ボクは賢士になりました。賢士がボクの憧れですから」

「ちなみにわたくしは弓士になりましたの!」

「ムィ!」

 クレインに何かを言う前に、アテシアが主張する。

 僕の意見を待っていただろうクレインに告げる機会を失った僕は「そっか」としか答えられなかった。

 でも憧れの職業に就いた今もクレインの心はどこか晴れないように見えた。

 やっぱり迷惑をかけてしまう、という想いがどこかにあるのかもしれない。

 迷惑なんてかけて当たり前なのに。

 僕は師匠になったというのに、安心させる言葉を持っていないことに気づいた。

 まだ、僕は色んな意味で非力だ。

「クレイン。あんた、ちょっとうじうじしすぎじゃない?」

 僕の代わりにそう言ったのはアリーだった。

「えっ……?」

「というか気にしすぎ。憧れの職業になったんだからもっと喜んでいればいいのよ。迷惑をかけることを心配しなくていいわ」

 どうせ、迷惑をかけるんだから、とアリーは言い放った。

「それにあんたがうじうじしているとコイツまで気にしだして、むしろそっちのほうが迷惑なのよ」

 アリーの言葉は辛辣だ。でもアリーにとってはクレインが魔法を使えないことをうじうじしているよりも、僕がそれを気にして悩み続けるほうが迷惑なのだろう。

「すいません。でも……」

「いいんだよ。クレイン。何度だって言うけどキミは迷惑をかけていい」

 クレインは僕の弟子だ。アリーに迷惑をかけてばかりじゃいられない。アリーはあえて厳しいことを言っているけれど、それで嫌われてしまうのは僕が耐えれない。

 この状況では誰もがアリーがあえてそう言っているのだと分かっていても、他の場所、冒険者の周囲の目がある場所で、そんなことを言ったら他の冒険者の心証が悪くなってしまう。

 それが僕には耐えれない。だから今、今後そういうことにならないように僕が言わなければならない。

「僕がキミを気遣ってとか一切ない。もしかしたら驕りかもしれないけれど、迷惑をかけられた程度で僕たちは迷惑だなんて思わない。キミを見捨てたりなんてしない。むしろ、きっと僕がキミたちに迷惑をかけると思うよ、たくさんね」

「そ、レシュリーの迷惑のかけ方は半端ないわよ」

 涙目のクレインを尻目に僕に対してアリーは呆れる。

 それでいいのだ。アリーが呆れてくれるぐらいがちょうどいい。

 クレインがいくら僕に迷惑をかけようとも、クレイン自身が活き活きとしてくれれば僕は師匠冥利につきるのだ。

「辛気臭い話が終わったところで、ひとつ聞いてもいい?」

 僕たちのやりとりを眺めていたネイレスがそう話を切り出す。全員が何を聞きたいのかと注視する。

「メリー、この肉ってやたら美味しいけど何の肉?」

 その質問には呆気に取られたが、その内容は僕も聞きたかった疑問だった。

「あ、これですか……これ、エナジーウォームとタフネスラタの肉をすりつぶしてパティ状にしたものですよ?」

 想像の斜め上をいく答えだった。

「つまりどういうことってぇんですか?」

「これをB級グルメっていうのかもしれないな」

(バイオレンス)ということですわね!」

「つまりどういうことだべ?」

「……魔物の肉を食べることは別に珍しいことじゃない。オレもよく食べる」

 マムシがあっさりとネタばらしする。

 魔物によっては肉が食べれるということを知識としては知っていたけれど、食べたのは初めてだった。

 滋養蚯蚓(エナジーウォーム)強壮鼠(タフネスラタ)

 どちらもランク0で倒せる敵ではあるものの大量に現れることも多く、エナジーウォームは土壌を腐らせ、タフネスラタは畑を食い散らかす。

「……だが、こんなに美味い調理方法は見たことがない」

 あまり喋らないマムシが饒舌に語る。

「分かります? これはですね……」

 とメレイナが嬉しげに語り始めた頃だった。

「レシュリー、時間が来たみたいよ」

 アリーがそう告げた。

 どういう意味かは理解できていた。

 東方の空中庭園から煙が上がっていた。

 それは報告の狼煙。

 ヤマタノオロチの首が一本でも湖から顔を出したときに上がる狼煙だった。

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