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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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躊躇

 22


「ようやく目覚めたようですね、エリマ……いやクラミド」

 いつの間にか寝台に寝かされていたエリマにブラギオは優しく声をかけた。

「わたしはエリマよ」

「そうですか。まあ私としてもそんなことは些事でしかない」

 ブラギオは興味をなさげに言い放った。

「……聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「仮面の男はアンタよね、ブラギオ。グエンリンはどこに?」

「その通り、当時仮面を被り、あなたがたを拉致したのは私です」

「グエンリンは……!?」

「薄々気づいているのでしょう、彼は実験体だ。ひとつの実験が終われば、次の実験に使われる。商人たちが化粧品の副作用の実験に使うネズミども(モルモット)と変わりませんよ」

「じゃあ、グエンリンは……」

「彼のおかげで実験は捗り……私の夢も一歩近づきました」

 懐かしげにブラギオは語る。

「可能性に制限のない世界……」

「ええ、おかげさまであと一歩ですよ」

「今更、わたしを浚ったのは……実験の続きをするため?」

「ある意味そうです」

 エリマの質問にブラギオは答える。

「グエンリンによってすでに薬のほうは……DLCは完成しているのです」

「じゃあ、わたしに何を?」

「DLCは完成しても、その薬に耐えれなければ意味がない」

 ブラギオは言った。

「レベルを強制的に底上げした社員に使用してみましたが、彼は強化されても自我を失った。まあ自我を失ったとしても暴れるわけではなく、単調な命令しか聞かない傀儡になったとでも言いましょうか……。それでは意味がないのです」

 ですから、とブラギオは続ける。

「あなたには私たちとともにランク7になったのち、DLCを打たせていただきます。そうして異常がなければ……おそらく異常は出ないと思いますが、そうすれば可能性に制限のない世界が誕生するのです」

「わたしは実験体というわけね」

「ええ。今も昔もね」

 エリマに拒否権はなかった。人質がいる。手荒な真似をされている可能性はあるけれど、それでも生きているはずだ。

 ならば助けなければならない。そういう想いがあるからエリマは逆らえない。

「誘拐がばれて捕まればよかったのに……」

 やつあたりでそう言い放つと、ブラギオはくすりと笑った。

「当時の捜査の目は、キムナルに向いていましたからね。あれほど姑息で狡猾な男はいませんから利用させてもらいました」

 その言葉だけでエリマは理解してしまう。エリマが誘拐される前後のキムナルの名称は監禁王子。束縛王子と後に呼ばれるようになる前にはそう呼ばれていたのだ。

 そしてキムナルはその証拠をついに掴ませなかった。傍にいたヴィクアもいたはずだが捜査が及ぶときにはどうにかして隠蔽したのだろう。

 捜査が入る日をブラギオがキムナルに教えたに違いなかった。

 嫌味も通用せずため息ひとつ。

 早く助けに来い、と自分の弟子であるアエイウがやってくるのを祈るばかりだった。


 ***


「本当に、本当に良いんですね?」

 クレインが念を押すように僕に尋ねていた。

 ジャイアントを退け、ネイレスたちと合流した僕たちは遊牧民の村に辿り着いていた。

 そうして副職屋で8人に副職をつけるように促すと、クレインが尋ねてきたのだ。

 クレインも迷惑をかけないようにしたいという思いがあって、だから自分の希望通りにしないほうがいいのかもしれないと葛藤があるのだと思う。

「好きにしたらいいよ」

 自分のしたいようにさせるのが、クレインにとっても正しい選択だと思う。

 魔法士系の職業になって、魔法が使えないまま戦う姿勢(スタイル)も、転職して戦うのもクレインの自由だ。

 僕としては後悔するにせよ、しないにせよ、憧れの職業になったほうが頑張れるような気がするけれど、それは伝えない。

 師匠らしくないかもだけど、師匠だからこそ、判断はクレインに任せようと思っていた。

「自分で考えて、結論を出すんだ。僕はどんな選択でも文句はない」

「分かりました」

 自分のなかではすでに決めているんだろう、クレインは僕の言葉に頷いて副職屋に話しかけていた。

 それを見届けて外に出るとデデビビが建物の横で座っていた。

「クレインは大丈夫でしたか?」

「うん。というか最初から決めていたけど、僕たちのことを想ってのことだと思うよ」

 優しい子だ、と続けると「僕もそう思います」とデビはつぶやいた。

「キミは特別職で副職はつけれないけど、羨ましいと思う?」

「そりゃ羨ましいですよ。僕はレシュリーさんのような投球士を目指すつもりでしたから、薬剤士になるつもりだったんです」

 わずかに声が震えていた。涙を堪えているようにも思えた。

 強制的に特別職になり、少し照れるけれど目標としていた僕と同じ職業になれなくなったその胸中は複雑なものがあるんだろう。

「気休めかもしれないけれどキミはキミなんだよ。札術士という唯一を手に入れてもキミはキミだ。キミが……なんというか僕のようになりたいと思うなら、強く生き続けなきゃ。もしかしたらまた世界改変が起こって、特別職でも転職できるようになるかもしれないし」

 支離滅裂かもしれないけれど励まそうとすると、デビは笑った。

「ありがとうございます。大丈夫、僕は頑張りますよ」

「そっか。なら良かった」

 そうやって話していると、副職屋の中からアテシアたちが出てきた。

「おっ、全員が無事に副職を決めたみたいだね」

AM(当たり前)ですわ」

「色々迷ったでス」

「確かに……どれになったらいいか全然わからねぇわけです」

「でも決めるには決めたんでしょ?」

 僕が尋ねると

「……直感で決めろ、とは言われていた」

「美しくないやり方かもしれませんが、これまた案外そうやって決めると美しいものです」

「ひひっ。にしては随分と迷っていた」

「んだ。ジョレスが一番遅かっただ」

「それをレシュリーさんの前で言うのは美しくない!」

 全員がすっかり馴染んだのが、そういう軽口も飛ぶ。

「クレインも決めれた?」

「はい」

 クレインの顔には迷いがなかった。

「じゃ、アリーたちのところへ戻ろうか。きっと美味しい料理が待ってるよ」

 この場にアリーとコジロウはいなかった。

 メレイナの料理に舌鼓を打つ僕が気に食わなかったのか、私も作ると言い出したアリーは弟子たちが副職をつけるのを僕に押しつけ、自分はコジロウとともに料理を作ると意気込んだのだ。

 僕はアリーの料理を食べたことがないので実は楽しみだった。

 僕は弟子たちを連れだってアリーたちの元へと引き返していく。

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