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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
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逃亡


 21


 クラミドが逃げる日はあっという間にやってきた。

 冒険者が10人揃ったら始めよう、というグエンリンの言う通り、グエンリンとクラミドを含めた冒険者が10人揃った日、クラミドの逃亡計画は始まった。

 他の、8人の冒険者にも逃げる算段は告げている。逃げ切れる、というグエンリンの言葉を全員が信じていた。

 仮面の男が部下を引き連れやってくるのをじっと待つ。

 扉が開くのはそのタイミングしかない。

 全員が息を潜めるなか、扉が開く。

 仮面の男は一歩を進める前にその機微に気づく。敵意とは違う、決意のような視線が、男へと降り注いでいた。

 それでも男は歩を進める。事実、仮面のなかで男は笑っている。楽しむように。

 扉が開き切り、男が中に入った瞬間、冒険者たちは突撃した。

 仮面の男の後ろには護衛の仮面がふたり。屈強な護衛には違いないが10人の突撃を押さえ込めるはずがない。

 グエンリンの説得には説得力があり、誰も躊躇うことはない。

 躊躇わず、突撃する。

 クラミドを除いて、グエンリン以外知りえなかったが、これは全員の逃亡計画ではなかった。

 クラミドだけの逃亡計画だった。批難を浴びることは間違いないが、他の8人は実験体になって処分されるだろう。

 そういう算段だった。

 グエンリンの誘導による突撃で、護衛や仮面の男が圧倒され押し潰されるなか、わずかに生まれた隙、空いた空間をくぐり抜け、クラミドは通路へ出た。

 そのまま、距離を離すべく走り出す。仮面の男たちはそれに気づけても、突撃に押し潰されていて何もできない。

 クラミドは距離を取ったあと、グエンリンを振り向く。

「――逃げろ! そして生きるんだ!」

 グエンリンの声が聞こえ、大きく頷く。

 他の冒険者も通路に出て、左右に散っていく。唯一、グエンリンだけが動かない。

 一番最後に逃げ出した冒険者が護衛に捕まり、まるで拷問のように壁に叩きつけられた。

 気絶させてあとで回収するのだろう。

 クラミドは再度走り出した。出口への通路はグエンリンに教えてもらった。

 グエンリンは実験室に行くまでの過程で、研究者の話を聞いたり、どこに何があるかを興味本位で聞いたりして出口を割り出したのだという。

 今はそれを信じるしかなかった。

 信じた道を進む。不安はある。護衛の仮面に見つかればおそらく勝てないだろうし、研究者の仮面に見つかれば脱走がばれ、増援を呼ばれる。

 その前に、その前に、急く気持ちを抑えながらクラミドは出口へと辿り着いた。

 途端、クラミドの意識が揺らぐ。

 夢の終わり。喪失していた記憶から目覚めを告げていた。

「思い出した……何もかもすべて……」

 エリマは懐かしい、けれど思い出したくなかった記憶を思い出して涙を流した。


 ***


 ただ、クラミドにさえも知らない記憶の続きがあった。

「うまくやったようだね、グエンリン」

 仮面の男が遠くを見つめていたグエンリンを褒めた。

「怪しまれることはなかったでしょうか」

「疑うことはないでしょう。キミのことをあの子は信じきっていた。何も疑うことなく出口へと進んでいったよ」

「良かった。彼女の逃亡すらも、この計画の一部なのでしょう」

「ああ、そうだとも。でも良かったのか。キミもともに歩むことはできたのだよ?」

「そんなの耐えれませんよ。彼女がいる以上、ボクはこのなかで一番になれない。せっかく一番になれたのに、二番になんてなりたくない」

 グエンリンを突き動かしていたのは劣情だった。

 具体的に言うのならば、彼に蠢くのは嫉妬だった。

 新人の宴でのグエンリンの成績は同世代では二位で、上には当然ながら一位の冒険者がいた。名をステシアと言った。

 ステシアはグエンリンが好きだった女の子と付き合い始め、グエンリンは一歩及ばなかった。

 グエンリンが欲しいと思っていた武器もステシアに先に買われたり、グエンリンが苦労してレベルアップをすればステシアはやすやすとレベルを上げたりと常にステシアに先を行かれた。

 何をやってもグエンリンはステシアを追い越すことができない。

「グエンリンは優秀だけど、それでもステシアには勝てない」

 陰でもそう言われ、グエンリンは常に二番手だった。

 ゆえにグエンリンに嫉妬が芽生えるのは容易いことだといえた。

 そんななか、グエンリンはステシアとともにこの実験場に捕まり、グエンリンだけが生き残った。

「キミは優秀な素材だね」

 言われた途端、ステシアに唯一勝ったという優越感がグエンリンを支配していた。

 それでもグエンリンはどこかにステシアを本当に越えられたのだろうかという疑問があった。

 あり続けた。

 お互いが生き残り、競い続けたとき、自分がステシアが追い越す可能性はあったのだろうか。

 その疑問がしこりとなってグエンリンの中に残り続けた。

 それでも彼の気持ちは氷解する。魔法の言葉によって。

 可能性に制限のない世界。

 それはグエンリンの理想だった。

 ステシアを追い越せることさえも可能だと証明できると思った。

 その理想のためなら、なんだってする。なんだってするのだ。

 だから、言われるがままグエンリンはクラミドを逃がした。

 一位になり得るクラミドを逃がした。自分がその籠のなかで一位であり続けるために。

 仮面の男の思惑など何も知らない。わからなくていい。

 籠の中の鳥たるグエンリンはその籠の中で永遠に一位であれば、それでいいのだ。

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