実験
20
「ボクたちは実験体なんだよ」
クラミドが目を覚ましたあと、おそらく真実を知りたがっているであろう彼女にグエンリンは語りだした。
「あいつらはボクたちを使って、冒険者の制限を解除する薬を開発しているんだ」
「制限の解除……?」
「うん……詳しくは分からないけど、ボクらはランクによってレベルの上限が決まってるし、才覚のあるとなしで、ステータスの伸びも違ってくる。ボクらは生まれたときから、もうすでに優劣があると言っていい」
それは能力値だけじゃなくて容姿にも言えることだけど……とグエンリンは自分とクラミドを比較して言った。
「それが彼らにしてみれば可能性を制限されているように見えるらしい。レベル1はレベル100に勝てない。今はそういう世界だ。そういう世界を彼らはぶち壊したいみたい」
「でもそれは努力せずに勝つってことじゃない。努力して勝つから冒険者は面白いんじゃないの?」
「でも勝てない相手もいる。絶対に勝てない相手も。そこで挫折するよりはボクはいいように思う」
「でもそんなことしたら、そこまでに至った努力と費やした時間が無駄になるわ」
「そんなことを言ったら努力をした弱者は努力をし続ける強者にいつまで勝っても勝てない」
そんなことが可能になるのはステキなことだと思わないかい? グエンリンはそこで本音を漏らした。
「私には納得できない」
「そっか。それでもいい。どうせここからは逃げ出せない」
「それはあなたの意志には反しないの?」
「どうして?」
「だってあなたは可能性を制限しないほうに賛成なんでしょう? なんで逃げれないだなんて、可能性を狭めるの?」
「それは……」
確かにそうだ、とグエンリンは思ってしまい、それがなぜかおかしくて笑った。
「一本取られたね。ボクは逃げ出せないから逃げ出さないんじゃないんだ。最初はイヤイヤだったけれど、今は彼らの意志に賛同しているんだと思う」
「あなたは変わり者だわ」
「そうかな。可能性が制限されない可能性に、未来に夢を見ているだけだよ」
「それは違う。誤解しているわ」
「どういうことだい?」
「私は可能性が制限されているだなんて、思ってないもの」
クラミドは言った。
グエンリンはそういう風に考えたことはなかった。そう思った瞬間、グエンリンにとって、クラミドは眩しい存在に見えた。
「キミは逃げ出したほうがいい。いや、逃げ出すべきだよ」
「あなたは逃げ出さないの?」
「……逃げ出さない。逃げ出す意味がない。言ったろう、ボクは賛同しているって」
「だったら、成功させるために私を引き止めたりしないの?」
「ボクは賛同しているけれど、協力しているわけじゃない……」
「難しい立場ね」
「うん、難しい立場だ。でもだからこそキミを逃がす手伝いもできる。キミは逃げ出したい?」
「逃げ出したい……。あんなふうになりたくないもの……」
クラミドの脳裏に浮かぶのはシシハッザールやミジリカの意識のない虚ろな姿。
「あんなふう、ってなんだい?」
「知らないの。あいつは、あの仮面の男は私を『廃棄処分室』の前に連れて行ったわ」
そこには意識のない仲間たちがいた、とクラミドは伝える。
「廃棄処分室……!?」
「知らなかったの?」
「ああ。ボクが他の冒険者のことを聞いたときにはもう帰したと言っていた」
「それを信じた?」
咎めるようにクラミドが問いかけると、ゆっくりとだがグエンリンは首肯しかけ、そして否定した。
「ううん。どこか嘘だと思った。信じられないと思っていた。でも……」
仮面の男の考えに賛同したグエンリンは疑うことをしなかった。
「ならますますキミは逃げるべきだ」
「あなたはそれでも逃げないの」
「ああ。制限のない世界はやっぱりボクの理想でもある」
だから非道な実験でも、利用されているとしても逃げない。グエンリンの決意は固い。
洗脳に似ている、とクラミドは思った。
実験を繰り返すたびに、わざとそういう内容を聞かせ、それが理想なのだと刷り込ませた。
今のグエンリンがそういう状況にあると判断したクラミドはグエンリンの説得を諦めた。
もはや言葉も通じないがそれでも逃がす手伝いをしてくれるというのだから、それだけでも感謝するしかない。
「じゃあ逃げる手はずを整えようか」
グエンリンは不敵に微笑んだ。その笑みが何を意味しているのか、クラミドには読めなかった。




