経過
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二日目。
ミジリカとグエンリンがつれて行かれた。
グエンリンだけが帰ってきた。
三日目。
新しい冒険者がひとりやってきた。クォールという気さくな少年。
クォールはその日のうちに他の冒険者と連れて行かれた。
誰も帰ってこなかった。
四日目。
今日は誰も来なかった。
それとなくクラミドはグエンリンに尋ねてみた。
「ごめん」
グエンリンは何も語りたくないとクラミドに謝った。
五日目。
出された食事に初めて手をつけた。
グエンリンに説得されてのことだが、本当は自分が生きていることが辛く食べたくなかった。
それでも一口食べた途端、粗末でもおいしいと思ってしまい、クラミドは泣いた。
それから仮面の男がやってきて他の冒険者とグエンリンが指名される。
クラミドの番はまだ来ない。
六日目。
グエンリンだけが帰ってくることに、ひとりの冒険者が不審感を持つ。
不審感を持ったのはヘレッツという粗暴な冒険者。
それは喧嘩にまで発展し、ヘレッツがグレンリンを一方的に殴り続けた。
ヘレッツが連れて行かれ、そうして帰ってきた。
以降、ヘレッツはグエンリンを殴らず、何も語らなかった。
「よくあることだよ」
グエンリンは哀しそうに言った。
七日目。
ヘレッツが連れて行かれ、帰ってこなかった。
八日目。
新しい冒険者が補充された。
食ってかかったひとりの冒険者がシシハッザールのように連れて行かれた。
そうして帰ってくることはなかった。
九日目。
グエンリンが連れて行かれ、戻ってきた。
どうして自分は選ばれないのだろうとクラミドは思った。
誰しもが仲間の冒険者が連れて行かれたあと、戻ってこないことを知ってもう死んだのだと噂していた。
だからクラミドも楽になりたいと思っていた。
連れて行かれれば死ねる。楽になれる。早く死にたい。
十日目。
「それじゃあ、キミにしようか」
気まぐれのようにクラミドがようやく指名された。
グエンリンは心配げな表情で連れて行かれるクラミドを見送った。
***
クラミドに抵抗の意志はなかった。
大人しく仮面の男についていく。
それじゃあつまらないと言わんばかりに男は少し遠回りをすることにした。
その通路には窓があり、そこから通路に隣接した部屋が見れるようになっている。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
その部屋から声が聞こえる。
それは男にとっては些細な悪戯。クラミドにとっては恐怖の出来事だった。
そこにはシシハッザールがいた。
ミジリカもいた。
気さくなクォールもグエンリンと喧嘩したヘレッツもいた。
誰も彼も生気が抜けたように立ち尽くし、虚空を見上げている。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ただそれだけを叫び、何を考えているかも分からなかった。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
その部屋は『廃棄処分室』と書いてある。
男は何も言わなかったが、それを見たクラミドの怯えは別のものに変わり、そして逃げ出そうとした。
それが見たかったと言わんばかりに男は仮面のなかで顔を歪め、表情の見えない仮面をしたふたりの護衛がクラミドを押さえつける。
押さえつけられたまま、男は正規のルートに戻り、研究室へと向かった。研究室では数人の白衣の仮面が待っていた。
死ぬ覚悟をしていたはずのクラミドにはすでに抵抗の意志、生きる意志が宿っている。
そうでなくてはならない。そうでなくてはならないのだ。
仮面の男は胸中で訴えかける。
抵抗するクラミドを部屋に備えつけている寝台に固定する。
室内にある唯一の照明はその寝台だけを照らしていた。
「始めてください」
男の言葉で、白衣の男たちは動き出す。
とはいえすることは簡単だった。
暴れるクラミドを寝台で抑えつけ、その腕に注射を打つ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
クラミドの全身に何かが廻り、激痛が迸る。
大抵の人間がそれに耐えれず廃人になってしまう。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
生きる生きる生きる生きる生きる。
クラミドの意志が叫びになって抵抗を示す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――」
その叫びは意志なき人形になってしまったかのように、唐突に途切れる。
「失敗ですか……?」
「いえ、今までにないほどに安定しています」
寝台の周囲にある機械に表示されたデータを見て、白衣の仮面が告げる。
「これは……これはぁ!」
仮面の男は歓喜に叫ぶ。白衣の男を押しのけ、そのデータを食い入るように見つめた。
「やはりグエンリン以上の逸材でしたか……彼女の名は? 名前はなんというのです?」
「資料にはクラミド。クラミド・S・キンギィとあります」
「なるほど。覚えておきましょう。かわいい、かわいい実験体です」
それはただの素材から名のある実験体に変わった瞬間だった。
気絶したままのクラミドはそのまま元の部屋に戻る。
グエンリンは安堵と不安の入り混じった表情で気絶したクラミドを見ていた。




