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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
239/874

馬車


 17


 エミリーは業者にお金を渡し、マンズソウルへと急ぐ。

 街道沿いは人の通りが多く魔物が少ない、やや安全な場所といえた。

 それでも半日はかかる。

 エクス狩場から、マンズソウルまで直線距離は短いが、その間にはハンデル中海が存在する。

 比較的近いアメリアからは東クレアデス海を通過する船が出ているには出ているが、向かう先はエンドレシアス。そこからまた馬車を使う必要があった。

 その手間と、費用を考えると馬車一本でマンズソウルに向かったほうが経済的には適していた。

 レシュリーのように誰もが大金持ちではなく、アエイウたちは飛空艇を持ってはいない。

 とはいえ、馬車を使うとなると、フレージュ、レスティア、ユグドラ・シィルを通過しなければならない。

 大草原を突っ切れば速いが、冒険者でもない人間が通過できるはずもない。エミリーひとりでは通過の手助けにすらできない。

「お嬢ちゃん、何を焦ってるか知らないが、急がば回れ、だぜ?」

 馬車業者のダンディなおじさんがぐッと親指を突きたてる。

 アエイウの言いつけを守って極少布防水着を今なお着用するエミリーの姿に見惚れ、格安で引きうけたそのおじさんは横目でちらちらとエミリーの姿を見つめる。

 表情は少しもの悲しげ。薄幸の美少女という風体をかもし出していた。

 そんなエミリーを見て色々と妄想しながら、それでも安全運転、高速移動で馬車は街道を走る。

 おじさんの妄想パワーもあってか、予想よりも早くマンズソウルについた。

「ありがとうございました」

 おじさんにお礼をいい、エミリーは急いでマンズソウルへと入る。

 扉が開くとエミリーの水着姿に幾許かの男が注目してしまう。

「おうおう」

 エミリーが入ってきたことに気づいた、ひとりの男が荒れくれ者のように近づき、

「あんたは確かあのハーレム男んとこのひとりじゃないかよ」

 舌をなめずった。

 シッタ・ナメズリーだった。

「こら、そういうことを言うもんじゃないよ。エミリーさんだったよね? そんなに急いでどうしたんだい?」

 シッタを嗜め、フィスレが尋ねる。シッタとフィスレは朝一にマンズソウルを拠点として、弟子の経験値稼ぎ(レベル上げ)をしていた。

「レ、レシュリーさんはおられますか?」

「レシュリー? 見てないよな?」

 舌なめずりして隣のフィスレに問う。「ああ」と短く返事。

「もう夕方になるし、そろそろこっちに来てもよさげだが……」

「アイツのことだ、マンズソウルには寄らないでとっととハルグとかに行ってるんじゃねぇの?」

「それはどうだろうね……そもそも……」

 そう言った頃にはエミリーは消えていた。

「あの子はどこ行った?」

「さっき、出て行きましたけど……」

「キミが余計なことを言うから……もしかしてハルグに」

「何かやばいことでもあるのかよ?」

「ハルグは一応、娯楽都市だ。冒険者が初めて訪れる街だから安全ではあるけど……エミリーさんはあんな格好だ」

「そういう商売だと思われてもおかしくない、ってか」

「それに……レシュリーくんの飛空艇はここに停泊している、ということはここで待っておけば出会えるはずだろう」

 フィスレは糾弾する。しかもまだ止まらない。

「しかも我々もレシュリーくんの飛空艇がここにあるから、ここに留まっているんじゃなかったのかい? キミはそんなことも忘れたのかな?」

「そういや、そうだったZE!」

「ジョーくんの真似をしてごまかすのは止めよう。とにかく、追いかけるべきじゃないかい?」

 同意したシッタはすぐに酒場を飛び出した。

 シッタの速度なら、エミリーよりも三倍以上速い。

「って、姿が見えねぇな」

 さほど時間は経ってなかったはずだが、エミリーの姿はない。

「どうなってやがる……」

「馬車を使ったのかもしれないなあ」

「そんなに都合良く馬車がいるかよ」

 というシッタの言葉とは裏腹にマンズソウルの近くに馬車はいた。

 あのダンディーなおじさんの馬車だ。もう一度エミリーの姿が見たい、そう思ったダンディーおじさんは近くで道草を食っていたのだ。

 そんなおり、エミリーの声が聞こえたダンディーおじさんはエミリーのハルグに行きたいという要望を無料で聞いたのだった。

 マンズソウルから馬車を使えばハルグはあっという間だった。

 シッタが見つけられないのも当然ともいえた。

「何にせよ、追いかけよう」

 フィスレとシッタは弟子たちに経験値稼ぎを命じると風の如く走っていく。


 ***


 僕たちはマンズソウルに立ち寄ることもなく大草原へとその一歩を踏み出した。

 踏み出した途端、近くを歩いていたジャイアントが僕たちを見つける。

 ドシンドシンと巨人が近づき、僕はにやりと笑った。

 一年前とは違う。恐怖心はなかった。

 それはもちろん、僕にアリー、コジロウだけで、弟子の9人は違う。

「いきなり、美しくない」

 腰巻だけのジャイアントを見てジョレスが怯む。

「マジで行くんでス?」

「しゃんとしなさい。私たちがいるから死にはしないわ」

「怪我する前提じゃねぇですか……」

「ケガはするものでござるよ」

「んだべ。母ちゃんもケガして強くなったって言ってただ」

 とコジロウに同意するユテロも、強がっているだけで恐怖に体を震わせていた。

「行っていいのですわね?」

「ひひっ、面白そう!」

「キミたちは相変らずだなあ」

 アテシアとミセスの声に、クレインが呆れる。

「でも面白そうだっていうのは分かる気がするけどね」

 デデビビがミセスの言葉に共感して、

「お願いだから、ミセスみたいな戦闘狂だけにはならないでね?」

 クレインに釘を刺されていた。

 各々が感想を呟いているうちにもジャイアントは咆哮し、こちらに向かってくる。

 ジャイアントは個体数が少ないぶん、増援は少ないが、身体が大きい=倒すのに時間がかかる、と思ってもいい。

「これを倒したら遊牧民の村を目指すよ」

 僕たち3人が見つめるなか、9人の弟子たちは武器を取り出してジャイアントへと向かっていく。


 ***


「私という天才が、弟という天才と一緒に倒してきたわ」

 眼前の男に、[一本指]ラッテ・ラッテラは答える。

 天才はそう何人もいませんよ、男はそう思ったが口に出さない。

「そうですか」

 口に出したのは淡泊な返事。もはや興味ないという解答。

「これで、弟たる天才も十本指に名を連ねられるのよね?」

「いえ、それはもはやできませんよ」

 男は否定して、ラッテが怒るだろうと推測した。

「どうして? 私たる天才と約束したじゃない。世界の難敵たる魔物をどれでもいいから三匹倒せば、弟たる天才も十本指に入れるって」

「ええ、確かにあの時には言いましたが、もはやあの時とは状況が違うのですよ」

「どう、違うっていうのよ?」

「かなり違いますよ。冒険者を活動休止していたアルフォードとリアネットのふたりは邪教を打ち滅ぼし、冒険を再開。レシュリー・ライヴは他の十本指と共闘し、空中庭園の仕組みを変えました。それもわずか数日で」

 正確にはリアンは捕まっていただけで、邪教を倒せたのはレシュリーの力が大きいが、男はそれを隠していた。

 情報を何も知り得ないラッテには真実は分からないからだ。

「あなたの弟は何ヶ月もかけて世界の難敵をたった三匹倒しただけでしょう? しかもあなたと共闘して」

 たったそれだけで、十本指になれるはずがないですよ、と男は続ける。

「じゃあ、次は……次はどうすればいい? 天才たる弟が、十本指に入るには?」

「欠員が出れば、あるいは選ばれるかもしれないですねぇ」

「欠員……?」

「そうです。あなたは落第者レシュリー・ライヴが十本指に選ばれたときに、私に抗議に来た。納得がいかない、と」

「その通りよ。それは今も変わらない。彼に何かを成し遂げれる力量があるとは思えない」

 見てもないくせに、何も知りもしないくせに、と男は思いつつも、驕りとブラコンで形成されているのがこの女――ラッテなのだ、と男は知っていた。

「彼を持ち上げすぎている」

 その言葉に男は少し笑う。お前は弟を持ち上げすぎている。いや、自分自身も持ち上げすぎている。

 ふたりとも天才の才覚を持っていないくせに天才を呼称するのだ。むしろ詐称か。

 それが面白くて男は笑う。

「なら簡単です。レシュリー・ライヴを倒して欠員を作ればいい。その近くにはアリテイシアとコジロウ、ふたりの十本指もいます。倒せば弟のご友人である双子も十本指に入れると思いますよ? 彼なら数日のうちに空中庭園にやってきます」

「欠員、っていうのはそういうことね……分かったわ。癪だけどその提案にのってあげる」

「それと、あなたがたが負けるとは思ってはいませんが」

 男は思ってもないことを言って言葉を続ける。それは相手のプライドを傷つけないためのお世辞でしかない。

「これも差し上げましょう」

「これは?」

「あなたの欲望をかなえる薬といったところでしょうか。いざ、となったら使ってください」

「一応もらっておく。けど副作用とか……」

「ですから、いざとなったらです」

 あるともないとも言い難い言葉だったが、それでもラッテは貰っておく。

 使う気はないがお守り代わりだった。

「見てなさいよ。私という天才の活躍を」

 ええ、と頷いた男だったが見ているつもりはなかった。その頃にはもう男は高みを目指しているだろうから。

 ラッテが去ると入れ替わりに、違う男が入ってきた。その後ろには数人の冒険者の姿。ひとりは縛られて担がれている。

「無事に連れてきたやし、ブラギオ」

「見れば分かりますよ。ご苦労さまです」

 その男――ブラギオはステゴを労ったあと、

「――そしてお久しぶりです、クラミド」

 エリマの顔を見てそう言った。


 ***


「そんな名前じゃない……」

 エリマは睨むが、ブラギオは怯まない。

 エリマは自由に歩けるものの、いまだ手は拘束されている。

「そんな名前ですよ。あなたはステゴから聞いていたのではありませんか? 失った記憶のことを」

「……っ! その名前が関係あるっていうこと?」

「ええ。あなたの本名はクラミド・S・キンギィと言って、私がかつて行っていた実験の被験体で、最後の生き残りです」

「被験体……? 生き残り……?」

 まるで催眠が解ける前兆のように言葉をつぶやいたエリマに襲いかかってきたのは頭痛だった。



 ――逃げろ……そして……生きるんだ……。

 優しい声と優しい顔が脳裏に浮かびエリマはそのまま倒れた。


「おいおい、どうなってるんやし……」

「マジやばーい」

「大丈夫ですよ。私がエリマの――いえ、クラミドの本名を告げたとき、記憶を思い出すようにしていただけですから。脳に極端に負荷がかかって気絶したのでしょう」

「とりあえず、どっかに寝かせておきゃいいやし?」

「ええ、頼みます。目覚めた頃には全てを思い出していることでしょう」

「それでは私はこの人質を連れて行きますよ。慈悲を与えねば……」

「ほどほどに。記憶を思い出してもクラミドはきっと従ってくれませんから。そのときに正常な人質がいなければ、私たちの計画はスムーズにはいきませんから」

「承知しています」

 言ってノードンはいち早く自室へと向かっていった。

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