欲望
14
アリーン・ジェノバ・リーグにとってその時までは幸せだった。
いやその時ですら幸せだった。
アリーンは本当はあの時――PKに失敗したときに黒騎士に殺されるはずだった。
本当ならあそこでアリーンの人生は終わっていた。
何の因果かアエイウが気に入られ、思いもよらぬ日々が始まった。
けれどそれはアリーンにとっては不幸なことじゃなかった。
何度も裏切られ、その時に人を殺した感覚が忘れられずPKにまで堕ちたアリーンにとってはアエイウたちとの日々は温かみのあるものだったのだ。
今ではランク5になり、アエイウにも戦力として認められている。
こんなに幸せでいいのだろうか。常々そんなことを考える。それでも幸せだからいいのだと結論づける。
今日もそうだった。幸せな日常が続いていく。
そうしてその時がやってきた。
幾許か時間は巻き戻る。
***
アエイウは弟子が九人もできたことに満足していた。
それも全員が女。ハーレムに近づいた、と笑みが自然と溢れる。
正確に言えば6人はエミリーとアリーンの弟子だが、ふたりは文句一つ言わない。
酒場に人数分の寝床を作ろうと一足先に戻ったミキヨシを置いて
アエイウは即興で作ったボロ小屋で一休みしていた。建築の知識もないため、強風でも崩れそうなぐらいボロボロだった。
こういうとき、エミリーよりもエリマよりもアリーンは甘えん坊だ。
アエイウもそれが嫌いではない。
アリーンはアエイウの肩にもたれかかり、まるで猫のように体を寄せる。
その瞬間、それは一瞬で起きた。
小屋が破壊され、一瞬で背中からアリーンの胸が貫かれていた。休んでいたからか防具も装備せず肌着程度だったのも災いした。
アリーンは死んだ。
彼女の命はそこで潰えた。
あっさりと、随分と容易く。
「マジやばーい」
アリーンの死に対してではなく、アエイウの露出した上半身を見て、その筋肉隆々な姿を見て、小屋の外にいた女は少しばかり興奮する。
「殺すにしても慈悲が必要だったと思いますが?」
金歯が光るその男が持つのは大きな魔法筒。小屋を壊したのはこの男だった。
「てめぇの感想なんてどうでもいいから、さっさと目的を達成するやし」
感想を述べるふたりに呆れる男の剣にはアリーンが突き刺さっていた。
アリーンはピクリとも動かない。
「ステゴ。あなたはなんてもったいないことをしたのか理解しておりますか。私が慈悲を与えてからでも遅くはなかった」
「黙れよ、ノードン先生。説教すんな」
「マジやばーい」
「まあでもいいでしょう。慈悲を与えるにふさわしい方はまだいます」
3人が淡々と会話するなか、アエイウもそして他の12人も呆然としていた。
実力者がわかるのかランク1の冒険者たちはその3人を見て明らかに怯えていた。
「何をやりやがったああああああああ!!」
アリーンの死を未だ受け入れられないアエイウはアリーンを殺したステゴのものへと爆走していた。
「エリマ、エミリー、援護しろ!!!!!!」
小屋が倒れた衝撃でぐったりしているミンシアと怯えている9人を守らせるようにそう指示を飛ばすと、いつの間にか赤鬼外套を羽織ったアエイウは長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕を振り下ろしていた。
「マジやばーい」
アエイウの大きく長い剣に、女――ウルが興奮。興奮成分全開でウルが疾走。
「援護はいらねぇやし。役目を果たせやし」
ステゴはウルにそう言うと、アリーンに突き刺したままだった剣を乱暴に抜く。アリーンから飛び散った血がステゴへと付着する。
「乱暴に扱うんじゃねえ!」
「黙れやし?」
挑発するようにステゴはアリーンの死体を蹴飛ばした。
「そっちが黙りやがれえええええええええええ!」
挑発に乗ったアエイウがステゴへと向かっていく。
空中庭園でエミリーが傷ついたときにブチ切れた以上に段違いにブチ切れたアエイウは、ウルやノードンのことなど眼中になくステゴのみを狙っていた。
聖剣士ステゴ・ザ・ウォルフはその粗暴で粗雑、単純な太刀を冷静に長剣で受け止める。
両手剣でもあるその長剣は長大剣と比べてしまうと長さは見劣りしてしまうが、それなりに長さがあった。
刀身はレイピアのように細長く、二段階に分かれた柄が特徴で、その柄の後ろにはアンバランスにも見えるほど膨らんだ柄頭があった。
馬に騎乗している冒険者ですらもその長さゆえに刺突殺できるその長剣は、アリーンを強襲し死に到らしめるほどの威力があるともいえた。
ステゴが持つ長々細刺剣〔同時斬りヤスツナ〕が受け止めた拍子に撓る。ステゴはそれを利用して長大剣を受け流す。
「あんまり長引かせるな、ともいわれているやし。見せてやるやし、DLCのそのほんの一端を」
半歩下がりステゴは長々細刺剣に煌く粉を振りまく。
ステゴは聖剣士だが聖剣を持っていない。魔法剣に魔充剣が必要なように聖剣技にも聖剣が必要である。
アルも聖剣を持っていないが、聖剣士にとって聖剣を持たないというのは稀有。
もちろん【収納】して隠しておけば切札と成りえるが、わざわざ不利をさらして戦うのであれば〈逆境〉のような才覚がある冒険者ぐらいだ。
すなわち聖剣士であるのに聖剣を使っていない時点で、聖剣技を持っていないと仮説が立てられる。受け流されてもなお、アエイウは突撃。
「【聖々導々】!」
わざと声に出してステゴは長々細刺剣を降り抜く。
冷静さを失っているとはいえアエイウも長々細刺剣〔同時斬りヤスツナ〕が聖剣ではないと分かっていた。聖剣技を繰り出したところで、その技が発動しないことも。
聖剣技は自分自身に癒術の有利な効果を与え、相手に不利な効果を与えつつも傷を負わせる剣技だ。
アエイウだってそれを理解していた。だから、信じられなかった。理解していたからこそ信じられなかった。
【魔壁守鎧】と同様の効果がステゴに及ぼされていたからだ。
もちろん、魔法の使えないアエイウにその効果は無意味だが、それを抜きにしても聖剣技の威力は下手な剣技の上を行く。
聖剣技が発動している。戸惑うアエイウの心臓めがけて光り輝く長々細刺剣が突撃していった。
間にあわない、冷静さを欠いたなかでもそれは理解できた。
おそらくそれは本能だった。
アエイウは突撃の勢いを殺さないように長大剣を捨て、剣を握っていた右腕をそのまま、長々細刺剣に突きたてた。掌から長々細刺剣が右腕を貫いていく。
同時に【肉体再生】を展開。修復されていく筋肉繊維が長々細刺剣の勢いを殺していく。
結果、アエイウの心臓に到達するよりも早く、長々細刺剣は止まる。
いやわざと止めたのかもしれない。
「ひゅう♪ お前やるやし。ちなみにこれを振り掛けるだけで聖剣に早変わりするやけど、これが本気だと思わないでほしいんやし」
早々に種明かししてステゴはあっけらかんとそう伝えた。まだ実力を隠していることを伝えたいらしい。
「でお前はどうするんやし?」
その問いかけはアエイウに選択を迫っていた。
ノードンとウルがエミリーとミンシアを捕まえていた。
何も言わないながらも、安易に抵抗すれば殺すと訴えかけていた。
「何がしたいんだ、貴様らはぁあああああ!」
怒りのままアエイウは叫ぶ。
「エリマ・キリザードを渡せ。やがてやってくるDLCの時代のために。それがオレたちの要求やし」
DLC。それはブラギオ・ザウザスの欲望をかなえる道具。
ステゴが使った煌く粉はその第一歩にも満たない実験体。本格始動するDLCの試作品。
DLC『唯一例外』。
それはその職業でさえあれば、魔充剣でなくても魔法剣が使え、聖剣ではなくても聖剣技が使える、唯一の例外を作り出すものだった。




