奇襲
11
力を見せつけてやろう、と言い出したのは誰だったか。
ビジュアルやらアピールやらで師匠を作ったところで、自分たちより弱ければ意味がない。
もちろん、ランク、レベルともに新人のほうが弱いに決まっているが、戦ってもいないのに、強さが分かるわけもない。
強い冒険者の弟子になりたい。
物陰に隠れる四人の想いは等しくそれだった。
きっちりと自分たちの力を見てもらい、そのうえで師匠の力を知り、弟子になりたい。
下手をすれば嫌われ、弟子にしてもらえないかもしれない。
辻斬りのようにPKのように、いきなり物陰から襲うのだから、それも致し方ないと思っていた。
正々堂々、勝負を挑み力を見てもらうのはアピールになってしまうと四人は考えていた。
不意打ちも考え方によってはアピールだと四人は気づかない。
ひとりは物陰に、ひとりは屋根に、ひとりは路地裏に、ひとりは茂みに身を潜め、大陸から来た師匠候補を待つ。
「ここにいたのね。ってイロスエーサはいないの? ってか、その子は……?」
「弟子でござる」
「……なんでユテロがいるんですか。雀斑だらけで美しくないし、胸も小さい。オレの美学に反します」
「あなださまの美学なんて知ったこっちゃないべ。わだしはお師匠様の弟子になったんだべさ」
「イヤなら弟子やめてもいいわよ、ジョレス」
「いいえ、やめません。途中で投げ出すのもオレの美学に反します」
「まあ、それならそれでもいいけど、一緒にいることも多いし仲良くしなさいよ」
「それが四刀流への途方のない努力のひとつというなら善処します」
「ユテロは文句はなさげでござるな」
「あだしに好き嫌いはないだ。でも一方的に言われて腹は立てておりますだ」
そんな声が聞こえながら、四人が待ち伏せる通路へと師匠候補がやってきた。
どうやらもう弟子をひとりずつ作っているらしい。
ジョレスとユテロ。
どちらも実技の成績はよくなかったはずだ。
ジョレスは女子人気が高く、ユテロはかくれんぼの鬼になると滅法強い。
その程度の特徴しか四人は把握していない。
どうする? 奇襲するか?
四人が迷い、それでも意思疎通をしようと目配せするよりも早く、
「誰かが隠れてんべ」
ユテロがいち早く気づく。
かくれんぼのときもそうだったが、どんな察知力を持っているのか。
「奇襲を目論むとはオレの美学に反しますね。美しくない」
「立派な戦術ではあるけど」
警戒されては奇襲の意味もない。
一度退くか、と物陰に隠れていたひとりが考えていた矢先だった。
屋根に隠れていたひとりが飛び出していた。
手に持っていたいるのは魔充剣。魔法剣士の女だった。
左目は水色の髪の毛に隠れているが、見えている右目からは殺意が放たれていた。
魔充剣には魔法剣が何ら宿されてないように見えた。
「ここはオレの腕の見せどころ!」
「【硬化】が宿ってるかもしれないから気をつけて!」
師匠候補のひとり――アリーの声が飛ぶ。
四人も接近されてようやくアリーとコジロウであると気づいていたが、ひとりが飛び出た以上、戦うしかない。
これだからアイツは加えたくなかった。
奇襲を企てた三人のうちのひとりが急遽加わった女についてぼやく。
新人のなかでも周知の戦闘狂が、今まさにアリーに襲いかかり、ジョレスが対抗しようとしている女だった。
「ミセスに続け!」
ヤケクソのように路地裏の男が叫び、
「燃えろ、萌えろ、轟々と、囂々と――」
紅蓮石の炎樹杖〔火のノニトン〕をかざし、詠唱を開始。
火属性の魔法の威力を高めるそれを用いて詠唱するのはもちろん、火属性の魔法だった。
「路地裏にいるべだ」
ユテロが指摘するよりも早くコジロウが走り出している。
「くそ、やるっきゃねぇです」
茂みから、そして物陰から棒を握りしめた男と
「……」
短剣を握り締めた男が飛び出す。
短剣を持つ男はまるで一般人がお金を略奪するときのように、口元をスカーフで覆っており、奇襲がばれたというのにどことなく冷静に見える。
対照的に棒を握り締めた男――癒術士の男は急いで飛び出した様子から焦りが見てとれた。
ふたりが飛び出したのは同じ方向だ。
詠唱阻止を企てるコジロウの阻止だ。
ぎぃ、ぢぃぃいん!
ジョレスの三日月剣〔不可思議グランブル〕と魔充剣ユラックマがぶつかる。
通常よりも大きく響いたのは魔充剣に何も宿っていなかったからだ。通常の剣よりも軽く、耐久度のない魔充剣が、通常の剣とぶつかればそうなるのは一目瞭然だった。
大きく魔充剣が撓る。
ジョレスにとっても予想外の展開。【硬化】しているという目論見が外れた形だ。
「ひひっ!」
着地したかに見えたミセスは、そのまま縦に空中一回転。片足で着地して素早く前転したのだ。
前転したまま、再びミセスはジョレスへと斬りかかる。
「ええい、美しくない」
防戦一方はジョレスの理想ではない。三日月剣は通常の曲剣よりも、反っている。両刃でもあるため、鎌のように刈り取ることも可能だが、それも今はできそうもない。
「美しく、ない」
ジョレスはミセスの容姿にも難癖をつける。端麗な顔立ちではあるが、美容に興味がないかのように、髪の毛はぼさぼさだった。
「ひひっ!」
魔充剣を本来の用途に用いず、つまり何の魔法も宿さず戦うミセスに押されているのも気に食わない。
「穿て、レヴェンティ!」
冷静さを欠きはじめていたジョレスと、その隙を突いて攻め立てるミセスの、僅かしか開いていない隙間を、詰めればジョレスが傷を負う可能性があった、その隙間を、一筋の雷光が通る。
ジョレスがその美しさに感動して、ミセスがその技術に驚いて足を止める。
「本当の戦闘で、そんなに足を止めていたら命取りよ」
アリーがふたりの間に入り込み、ミセスの、そしてなぜかジョレスにそれぞれ剣を当てる。
「喧嘩両成敗ではないけれど、ふたりともそこまでよね?」
ミセスを見やり、ジョレスを見る。
ジョレスはおとなしく剣を降ろしたが、ミセスはアリーがジョレスを見た瞬間に、正確にはその眼球運動を見て、わずかにすり足。
バク転して、アリーへと切りかかっていた。
ジョレスが防いだときとは違い、確実に魔法が宿っていた。
魔充剣に展開される紫電の輝き。
いち早く気づいたのはジョレスだった。対面している以上、反応は早い。
けれど気づいてから動き出したのでは遅すぎるぐらいだった。
すでに振り下ろされた魔充剣はアリーへと直撃しようとしていた。
「それを私が読んでないとでも、思った?」
ミセスをはっきりと捉えて、アリーは言った。
けれどアリーはミセスへと向けていた魔充剣レヴェンティを振り上げてもいない。
瞬間――ミセス持つ魔充剣ユラックマの軌跡に割り込んでくるものがあった。
応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕。
アリーの三本目の剣が、ミセスの攻撃を防いでいた。
「う、美しい」
自分が理想とする四刀流とは違うが、それでもアリーなりの三刀流を目撃して、ジョレスは自分の判断が間違っていなかったと確信する。
アリーはミセスの腹を蹴り上げ、
「飛べ、レヴェンティ」
【微風】を展開してミセスを建物の壁へとぶつける。
気絶したミセスを見て一言つぶやいた。
「気に入ったわ」




