捜索
9
「であんたに弟子ができたところで私たちも探さなきゃね」
イロスエーサはどうするの? 続けてそう尋ねたアリーの言葉で僕は気づいた。
「そっか。イロスエーサはこの子を弟子にしたかったんだっけ?」
「見に来ただけであるよ。もちろん、欲を言えば弟子にしたかったであるが……気になさらぬな」
そう言ってイロスエーサは、手をぐるりと回してどこからともなく作り物の花を出す。
「元奇術師の冒険者としては札を使う冒険者に何かしらしてあげれるかもしれない、弟子にしたい理由はその程度である」
その程度、とイロスエーサは言ったけれど、それだって大した動機だ。大抵の冒険者が弟子を取るのは鮮血の三角陣で必要だからだ。
もちろん、鮮血の三角陣を生存した弟子は次のステップへ進めるので、双方にメリットはあるのだけれど、それでもイロスエーサのように弟子に何かをしてあげたいと思う人は少ないはずだ。
「その意志は僕が継ぐよ。もちろん僕には奇術なんて使えないけど、札を投げるんだとしたら……球を投げる僕にも通ずるものがあるだろうしさ」
「そうであるな。某はそもそも本来急いで弟子を取るつもりもなかったであるから。できなかったらできなかったであるよ」
「けど私たちはそうはいかないのよね」
「そうでござるな」
どうしてか、は言わなかったけれど、疑問がる表情が出ていたのかもしれない、
「呆れた」
とアリーは言った。
「あんたに弟子ができた以上、私たちに弟子ができなかったら、追い越されるじゃない」
そんなの気に食わないわ、とアリーは皮肉たっぷりに笑った。まだ焦りはないようだった。
「とはいえ、選択肢は狭まったでござるからな。少しばかり焦りがあるでござるな」
「まあいいわ。善は急げって言うし、早速探しに行くわよ」
「急がば回れ、とも言うでござるが……いやはや、どちらにしても今日中に一人は見つけたいでござるな」
「レシュ。あんたは弟子ができたんだし……留守番ね。暇なら祭りを堪能したり修行したりしてなさいよ」
ついて行く、という提案よりも先にアリーにそう言われてしまう。
けど確かに弟子ができた僕がいると邪魔かもしれない。
というか弟子を置いていくわけにもいかないし、それだと大所帯になる。
そうなると確実に邪魔だなあ、と思いなおして、
「分かったよ」
惜しみながらそう答えた。
僕が納得したと見るや、アリーとコジロウは外へと出て行く。
「弟子がすぐにできるなんてやっぱりレシュはすごいの!」
様子を見ていたルルルカがアリーがいなくなった途端、話しかけてきた。
アリーとのキスを見て以降、どこか遠ざかっていた距離は、今の様子を見る限り僕の勘違いだったのかもしれない。
それともこの半月の間に何かあったのか。
「姉さん、アタシたちも行きましょう」
「そうね。それじゃあレシュ、また会いましょう」
そう言ってルルルカたちは去っていく。
「オレたちもとっとと行くか」
「そうだな」
舌なめずりした後に同意の声が聞こえる。シッタとフィスレも席を立ち、新人を勧誘に行くようだった。
こうしてみると意外とライバルは多い。
自分が幸先よく弟子ができたのは運が良かったんじゃないだろうか。
「今年の新人は何人か知ってる?」
「ええと……確か百人だったよね……」
自信なさげにデデビビが答えるとアテシアが盛大に頷いた。おそらく間違いないだろう。
「とすると残り九十七人」
シッタ、フィスレ、ルルルカ、アルルカ、モッコス、モココルの六人全員に弟子ができたとすると十八人減って、七十九人。
アリーとコジロウに弟子ができるのか少し心配になってきた。
いや……けどアリーとコジロウは僕よりもしっかりしているし、きっと大丈夫だろう。
「あの、どうかしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
不安げな表情に、心配させてしまったのかもしれない。
「それよりも、修行行こうか。それともお祭り行く?」
「修行、でいいよね?」
デデビビがアテシアとクレインの意見をまとめるように言うと、ふたりは頷いた。
「DK、わたくしたち全員がランク0の上限レベルまで達していますのよ? 経験が入らないのではなくて?」
「……ん? そんなことはないよ。上限レベルに達していても経験は蓄積されるし、それに今のキミはランク1だよ?」
そう指摘するとアテシアの顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。
「勘違いは誰にだってあるよ」
ぽんぽん、と師匠らしく頭を軽くなでて、
「それじゃあ行こうか」
と原点草原へと歩き出した。
その道中、三人に買っておいた保護封を渡しておく。僕が大陸に渡るまで、その存在を知らなかったように三人もその存在を知らないようだった。僕がネイレスに教わったように簡単に説明をすると、三人は――特にデデビビとクレインは目を輝かせて、それを聞き入っていた。
「さて、こっちだよ」
原点草原についた僕は、かつてアリーにつれて行かれたように、原点草原レベル1を目指す。今の僕ならレベル5まで到達できるけれど、ランク1の冒険者が三人いるため無理はできない。
「こんなところがあったんですね」
「うん。ランクがあがらないと入れない場所、らしいよ。僕もアリーに初めて連れて行ってもらったときは驚いた」
レベル1はレベル2のように明らかに景色が変わる、という変化がないため、パッと見は原点草原レベル0、つまり、デデビビやかつての僕が修行した場所と変わりがないように見えた。
「ムィィ!」
アテシアの肩に止まるムィが嘶き、敵の発見を告げる。それからしばらくしてその姿を視認する。
草原の茂みに隠れながら接近していた魔物をムィは僕たちよりも先に発見していた。
その索敵能力に驚きつつ、他の三人に一歩遅れて戦闘態勢。
ムィの鳴き声が戦闘の始まりだとデデビビたちは理解していた。
僕がわずかに後退して、三人の出方を窺うよりも早く、ムィが突撃、アテシアも続いていた。
「気をつけて」
「Wですわ」
姿を現した敵はサンセットと呼ばれる体毛が黄色い熊そっくりの魔物。
生息地は主に草原と言われているが、世界中のどこにでも現れる神出鬼没の熊だった。本来ならこういった熊のような四足獣が生息していないはずの密林にでさえ出没する。
体格は大きいが身を屈めて、匍匐前進のように進むため、ある程度伸びた草原の茂みになら隠れることができた。
アテシアが、自身のほうに向かっていると理解したのだろう、サンセットは身をかがめるのをやめ、全速前進。
その巨躯を利用した突進こそが自分が繰り出せる最大威力だと知っているのだろう。
アテシアは跳躍するとそのまま飛行していたムィがアテシアを捕まえる。
「空が飛べるのか……」
僕は思わず声を出してしまう。魔法なしに飛行でき、しかも獣化などと違って変身する必要もないからある程度自由がきく。
魔物使士でも同じことができそうだけれど、あっちは自身が魔物使士ということもあり、威力に欠ける。
アテシアは確か盗士だったか……だとしたら副職によってはかなりの戦術を生み出せるだろう。
未知の戦い方に、僕たちにはできない戦い方に胸が躍る。
サンセットは飛行したアテシアを無視し、直線距離で近い、クレインへと向かっていく。
「フォローは?」
僕よりも先にデデビビが言う。
「大丈夫! ボクひとりでやってみるよ」
震える声を抑えつけ、クレインは言った。怖がりの印象があったけれど、勇気を出すという行為は知っていて安心する。
「だったらデビ、キミは……」
「上ですよね、分かってます!」
すでにデデビビ――デビは札を展開していた。札術士の戦い方を僕は間近で観察する。
「クレイン、そいつの爪には気をつけて」
サンセットの持つ爪には麻痺毒があったことを思い出して警告。
ついでにデビも気づいていなかったクレインの頭上へと【速球】を放つ。
木陰に隠れるようにいた、その鳥の名前はラリラリと言った。庭名は睡眠小鳥。庭名が体を表すように、ラリラリは冒険者に眠気を誘発する。容貌はカワセミのような彩のある小鳥に似ており、止まっていればただの動物のようにしか見えない。
しかしひとたび歌い出せば、眠気により体がだるくなり、やがて眠ると、ラリラリは猿のような体躯の魔物に変身し、冒険者をいたぶるのだと言われている。
僕たちにも倦怠感に似ただるさがまとわりついていた。
サンセットの出現で視線がそちらに向かっていたのが災いしたのか、頭上には大量のラリラリがいた。
救いなのは、たくさんラリラリがいて、眠気がこの程度というところだろう。すぐに寝てしまうのであれば、この魔物は強敵がすぎる。
それでも原点草原レベル1程度に出現するってことは、ランク1の冒険者が多少手間取っても倒せる程度とも判断できる。
デデビビが頭上のラリラリめがけて札を7連射。それぞれの札の色は違うが、ラリラリは一撃で葬られた。
赤色の札なら炎が、黄色の札なら雷が発生していたことで、色が属性に対応しているのだと気づく。
仕組みはまだ分かりきってないけれど、慣れれば応用がかなりきくのではないかと勝手に判断。
そんなときだった、強烈の殴打音が鳴り響く。
視線をサンセットのほうへと戻すと、サンセットが気絶していた。
一瞬だけれどクレインが杖で殴っているのは見えたけれど、なんて威力だ。
確かに剣士系の職業に転職すれば、かなり強くなるのは間違いない。
けれど本人は魔法士系の職業のままがいいようだし、このままでも十分に戦力になるような気もしていた。
「TGNですわ。SSS?」
後続のサンセット、残っていたラリラリを倒したアテシアが僕たちの前に降り立ち言う。
「そういえばレシュリーさんも、アテシアの言葉が分かるんですか?」
「分かるよ。フツーなことじゃないの?」
「フツー、分かりませんよ。ボクだって今でも分からないことがあるのに……」
「そうかな。デビも分かってないの?」
「いえ、僕も最初から分かっていましたよ」
「何か共通点でもあるのかな?」
「あったら、僕は嬉しいですけど……」
デデビビが嬉しそうに頬を赤らめた。
「HSNですわ!」
「分かった、分かった。僕が先頭じゃないと先には進めないよ」
そう言って僕たちは原点草原レベル2へと足を踏み込む。




